「バラーク・オバマ」 という名前。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。


  オバマ・ジュニア



〓うっふんふん~…… 「バラーク・オバマ」 とは変わった名前ですね。フルネームは、


   Barack Hussein Obama, Jr.
         [ bə'rɑ:k hu'seɪn oʊ'bɑ:mə ]  [ バ ' ラーク フ ' セイン オゥ ' バーマ ]

         「バラーク・フセイン・オバーマ・ジュニア」


です。 Jr. が付くんですから、父親の名前は、そう、

   Barack Hussein Obama, Sr.
         「バラーク・フセイン・オバーマ・シニア」


ですね。もちろん、子どもに自分と同じ名前を付けてしまうまで、彼の名前には、当然、 Sr. (Senior) は付いていません。




〓父親はケニア人でした。まさに “ブラック・アフリカ” の出身者です。



   オバマ・シニア


〓バラーク・ジュニアの母親である “ミルクのように白い白人であった” シャーリー・アン・ダナム Shirley Ann Dunham と、父親である “ピッチ pitch のように黒い黒人であった” バラーク・オバマ・シニアが知り合ったのは、ハワイの大学でした。シニアは留学生だったんですね。
〓ジュニアが、わずか2歳のおりに、両親は離れ離れになり、のちに離婚してしまいます。そののち、母親のアンは、やはり、インドネシアからの留学生であった 「ロロ・ストロ」 Lolo Soetoro と再婚します。
〓母と子は、ロロ・ストロの帰国とともにインドネシアに渡り、バラーク・ジュニアは、6歳から10歳までのあいだ、ジャカルタの学校に通います。彼が、通ったのは、主として、インドネシア語で授業をおこなうムスリム系の学校でした。



   ストロ一家


〓「バラーク・オバマ・ジュニア」 は、しばしば、イスラーム色を払拭しようとして、かえって不自然な表現をおこなっています。父親のバラーク・オバマ・シニアは、ムスリムとして育てられたが 「無神論者 atheist だった」 とか、自分はムスリムの学校に通ったことはないとか……

〓それだけ、米国では 「イスラーム」 というものが、絶対的に不利なんでしょう。



〓バラーク・オバマ・ジュニアを攻撃するための 「ネガティブ・キャンペーン」 には、しばしば、イスラームがらみのものがあります。それが、また、名前にからむもので、

   その発想、そして無知であることはサルのごとし

です。
〓たとえば、

   Barack Osama

と言う呼び方は、オサマ・ビン・ラディンに掛けているものでしょうが、 Osama というのが、

   أسامة  ʼusāma [ ウ ' サーマ ] 「美しい顔立ちのライオンの子ども」

というアラビア語の名前であるのに対し、 Obama という姓は、父親の属していた、ケニアにおけるルオ族の氏族名なのです。

〓アフリカ大陸の北半部の内陸の中央部、すなわち、その大部分がサハラ砂漠である地域に、

   ナイル・サハラ語族

という言語群があります。そのうちの 「サハラ語派」 と呼ばれる言語群に、オバマ・シニアの出身民族であるルオ族が属しています。
〓日本人に、ほとんど、なじみのない言語群ですが、そのうちでも、

   マサイ族 ―― マサイ語

は、かなり知られているんではないでしょうか。同じ語派に属するのが 「ルオ諸語」 Luo Languages です。
〓この言語を話す民族は、スーダンの南部から、ウガンダを縦断し、ケニア、タンザニア北部にまで広がっています。
〓ケニアには、1990年代なかばで、300万人以上が住み、ケニアの人口の 13%を占める、同国内で第3位の民族です。
〓ケニアで話される 「ルオ語」 は、ルオ諸語の中の、

   Dholuo ドルオ語

です。バラーク・オバマ・シニアの母語は、このドルオ語でした。
Obama という氏族名も、当然、ドルオ語の語彙であるハズですが、残念ながら、ルオ語、ドルオ語に関する資料は、インターネットでもほとんど手に入らず、どのような意味なのかはわかりません。


〓バラーク・オバマ・ジュニアの 「ケニアの祖父」、つまり、父方のおじいさんは、その名を、

   Hussein Onyango Obama 「フセイン・オニャンゴ・オバマ」

と言います。つまり、父親の名前、

   Barack Hussein

と言うのが、ムスリムの名乗りの習慣における、「ナサブ」 نسب であることがわかります。固有名詞学で言うところの 「父称」 (ふしょう) ですね。ロシア語の 「~オヴィチ」 -ovich、英語の 「~ソン」 -son のタグイです。「~の息子」 という言い方ですね。
〓ムスリムの名前では、

   本人の名前 ― 父親の名前 ― 祖父の名前

というぐあいに並べます。ですから、この家系は、

   Barack ← Hussein ← Onyango

とつながって来たことがわかります。
〓バラーク・オバマ・シニアは、自分の子どもに、自分と同じ名前を付けてしまいました。その意味では、彼は、

   無神論者というより、イスラームの伝統を厳格に守るような人ではなかった

と言えそうです。
〓バラーク・オバマ・シニアは、1982年、故国ケニアのナイロビにおいて、2度目の飲酒運転事故を起こして亡くなっています。3人の妻、6人の息子、1人の娘が残されました。



〓やはり、ネガティブ・キャンペーンで、バラーク・オバマ・ジュニアのミドル・ネームである、

   Hussein フセイン حسين
 
をヤリ玉にあげる者がいるようですが、これも、まったくナンセンスです。英語においてはミドル・ネームでしょうが、本来は、ムスリムの 「ナサブ」 にすぎません。つまり、

   おじいさんの個人名

にすぎない。しかも、日本語で言えば、

   ヒロシ、ヤスオ

なみに、どこにでも転がっている名前で、この名前に “特別な意味を見出す” などというのは、「自分の無知を看板に掲げて宣伝するようなもの」 です。
〓それに、何度も言うように、非イスラーム圏における、

   フセイン大統領

という呼び方は、ムスリムにしてみれば “フンパンモノ” の呼び方であり、

   「フセイン」 は 「サッダーム」 の父親の名前

です。

   「小泉孝太郎くん」 をつかまえて 「ジュンイチロウ」 と呼ぶのに等しい

行為なのですね。

〓つまり、たとえ、ネガティブ・キャンペーンとはいえ、

   Hussein なんぞ持ち出すなんて、国際感覚ゼロ

と判断せざるをえません。



〓最後に、Barack という名前に付いてですが、一部には、『旧約聖書』 を引っぱりだして、


   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   בָרָק baraq [ バ ' ラく ] 「いなづま」。古ヘブライ語
   ברק barak [ バ ' ラック] 現代ヘブライ語音
      Barak [ 'bɛərək, 'beɪrək ] [ ' ベァラック、' ベイラック ] 英語音

   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



という名前だとする説があるようですが、当人によれば、 Barack という名前は、聖書に由来するのではなく、スワヒリ語だそうです。
〓そりゃあそうでしょう。ケニアからやって来た、ムスリムのルオ族の青年が、旧約聖書の Baraq を名前にいただいている、とは考えにくい。

〓しかし、スワヒリ語である、というのも、若干、整合性に欠ける部分があります。つまり、

   Baraka [ バ ' ラーカ ] 「天の恵み、幸運」。スワヒリ語の “女子名”

という女子名は存在するのです。これは、アラビア語の

   بركة baraka [ ' バラカ ] 「天の恵み、祝福」。アラビア語

を借用した単語であり、ヨーロッパの言語のように、

   Baraka 女子名 ―― Barak 男子名

というぐあいに、語末の母音の有無で、男女のペアがつくれる筋合いのものではありません。

〓あるいは、ルオ族では、そのようなペアをつくるのかもしれません。


〓バラーク・オバマ自身は、 Barack の意味を “blessed” 「祝福された」 である、と言っています。
〓すると、あるいは、アラビア語の

   مبارك mubārak [ ム ' バーラク ] 「祝福された」。アラビア語

などと関係があるのかもしれません。この語は、エジプト第4代大統領、「ムハンマド・ホスニー・ムバーラク」 の “家名” ですね。
〓スワヒリ語を経由するにせよ、しないにせよ、アラビア語に起源があるのは間違いないでしょう。

   Barack という名前は、
   「天恵、祝福、幸運」 もしくは、
   「祝福された」 という意味

と言えます。