まったくその通りで、逆にある程度の量、洋楽を聴いてると、英語が理解できたとしても英語の歌声はまず「意味」より「音」なんだ、ってわかってくるんだよね。楽器の一種としての声。
そして、その価値基準みたいなものに染まってから邦楽を聴くと、「意味としての言葉の発音」をハッキリやりすぎてしまって、「音」としての性質をダメにしてることがわかってくる。
昔2ちゃんねるかなにかで書いてる人がいたけど、その人はディープパープルのレコードが発売された時、クレジットに「歌と演奏:ディープパープル」と書いてあるのを見てトホホとなったらしいんだけど、本当に日本は「歌と演奏」の文化なんだよな。両者は切り離されてる。
俺の価値基準から言えば、そんなに「意味」が独立してしまうんなら、何も音に乗せないで演説でもすりゃいいじゃんかと思うんだが。
http://anond.hatelabo.jp/20090308195050 一見頭がおかしい暴論だけど、比較的日本人は詞や声に重きを置く文化であるような気はする。 和歌っつうくらい、歌とは詞だった。 俺らがことあるごと...
まったくその通りで、逆にある程度の量、洋楽を聴いてると、英語が理解できたとしても英語の歌声はまず「意味」より「音」なんだ、ってわかってくるんだよね。 そして、その価値基...
「自分は正しいことを言っているのに、馬鹿どもに反論され続ける」と、みんな管巻くおっさんと化しちゃうんだよ
そうかな。俺的には意味より韻のような気がする。 もちろん音でも韻を踏むが、それに加えて語でも踏む方が分かりやすかったりバリエーションが増えたりする。 つまり、音色、和音、...
音にあわせて踊ったり出来ないのに、歌うのは好きってのは、詩吟の延長なんじゃなーかなって思う。 音楽に熱い国民性であるような気はする。 音楽でこんなに議論が出来るんだもの。...