2015-12-04追記、2017-07-14追記、2022-01-09追記。
【例題】新たに成立した法律や改正された法律が、施行以前の法律関係に適用されるか。
[刑事実体法:遡及処罰は不可]
○憲法上の原理として遡及処罰禁止
・行為時に不処罰だったものを遡及処罰することは禁止される(日本国憲法39条前段)。この派生として、行為後に刑が加重されたとしても、軽い行為時法にて処罰されることになる(刑法6条)。
・以上の原理は、「行為者の予測可能性確保」という自由主義的発想に基づく。
○行為後に刑が廃止された場合の処理
・さらに刑法6条によれば、行為後に刑が軽減又は廃止された場合でも被告人には軽い裁判時法が適用される。刑事手続上の処理としては、裁判時までに刑が廃止されたときには免訴判決を宣告する(刑訴法337条2号)。
・この処理は自由主義原理では説明できず(行為者は軽減前・廃止前の刑罰を覚悟している)、むしろ「後法優越の原理」から説明されよう(533年に施行された学説彙纂(Digesta)にも「後法は前法を破る」として収録されている)。さらに「なぜ後法が優先されるべきか?」と問えば、後法はヨリ現実・実態に即しており合理的である、と説明できる。別の観点として、国家が刑罰権を軽減・放棄した以上、過去の犯罪評価についても同様に扱うべきだ、との思想ともいえる。
・他方、廃止法や新法の中に「罰則の適用については、なお従前の例による」との経過規定が置かれていれば、依然として処罰可能となる。先の説明と平仄を合わせれば「後法も過去の犯罪行為は免責しない旨を明確にした」「過去の行為については刑罰権を放棄していない」などと経過規定を正当化できようか。もっとも、高山佳奈子は「法律による評価が変化して刑が廃止された場合に、経過規定を設けることは許されない」と主張する。実務例として、1995(平成7)年刑法口語化(平成7年5月12日法律91号)の際、原則として施行前の法律関係は「なお従前の例による」としつつも(附則2条1項本文)、廃止された尊属殺人・尊属傷害は経過規定から除外されて遡及的に廃止された(同項ただし書)。
[刑事手続法:遡及適用可能だが批判アリ]
○問題の形式
・典型的には、公訴時効が進行している犯罪につき、時効の期間延長・廃止を内容とする改正法を遡及適用できるか、という形で問われる。なお、このような改正の際、「それまでの犯罪行為には依然として前法(=公訴時効が短い)を適用する」との経過規定を設けることは当然可能である(従前の被疑者に不利益なし)。
・実務の立場は、「訴訟法規が改正された場合には、特段の経過規定がない限り、新法が適用される」との見解であろう(吉田雅之=当時法務省刑事局付検事)。有斐閣法律用語辞典や団藤重光も同様。例えば吉田は次のように説く(p49;特に実質論の部分は論証のお手本。ドイツ憲法裁判所の議論を踏まえているのかもしれない):「同条(憲法39条)が禁止しているのは、実行の時に適法であった行為を後から処罰することや、刑罰を後から重く処罰することであると考えられるところ、公訴時効の定めはこのような場合に当たらない。実質的に見ても、同条の趣旨は、犯罪を犯した場合の刑罰に関して事前に告知し、行為者の予測可能性を保障しようとするところにあると考えられるが、公訴時効の有無やその期間は、行為者が罰則に関して通常予測する対象に含まれているとは考えられない上、仮にそのような予測ないし期待をしていたとしても、自己の行為の違法性を認識していながら、一定期間が経過すれば時効によって処罰を免れると考えてあえて違法行為に及んだ者のそのような予測ないし期待は、保護に値しないと考えられる。」。
・しかし批判説もある。西田典之は憲法31条を根拠に遡及的変更を否定する。小林充や条解刑事訴訟法も遡及否定説に理解を示すか。
○近時の公訴時効の改正について
・2004(平成16)年改正法(平成16年12月8日法律156号)は、重大犯罪の公訴時効を延長した。この際、施行前の罪については従前の例による旨の経過規定が設けられた。後述の2010(平成22)年改正法との違いは「将来に向けて効果的な刑事政策の実施を図ることに主眼を置いた」とされる(もっとも、そのような「違い」が正当化できるのか疑問)。
・刑訴法は、さらに2010(平成22)年改正法(平成22年4月27日法律26号)において、「人を死亡させた犯罪」につき公訴時効の廃止・延長をした。遡及適用の有無については、次のように整理されている。
[1]改正法施行時(=平成22年4月27日)に公訴時効が完成しているものについては、改正法は適用しない(=公訴時効完成を認める)。吉田曰く「既に時効が完成した事件を、事後的に時効が完成していないものとして取り扱うことは、いったん処罰を免れた行為を、改めて処罰できるようにするものであり、被告人の地位を著しく不安定にし、行為後にいったん適法となった行為を遡って処罰するに等しく、遡及処罰の禁止を定めた憲法39条等の趣旨からして相当でないと考えられたため」。先の見解と整合させれば、公訴時効完成を待ち望んでいる行為者は保護に値しないが、現に時効完成により「もはや訴追されない」と至った者の立場は守られるべき、との理解か(この場合分けは説得力を感じる)。
[2]改正法施行時に公訴時効が完成していないものについては、「訴訟法規は新法適用」ゆえ改正法が適用される。
○2015-12-04追記:最一判平成27年12月3日刑集69巻8号815頁
平成9年4月13日;強殺発生、公訴時効スタート(当時刑訴法では15年)。
平成16年;刑訴法改正により公訴時効は25年に延長されるが、経過規定が設けられたので従前の例のまま。
平成22年;法改正により、遡及的に公訴時効廃止。
平成24年;当初公訴時効期間である15年が経過。
平成25年5月22日;訴追。
・争点となった2010(平成22)年改正の遡及適用(附則3条2項)の合憲性につき、第一小法廷(櫻井龍子、山浦善樹、大谷直人、小池裕)は次のように合憲判断をした。
[1]公訴時効の意義は、「時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規」によって「処罰の必要性」と「法的安定性」を調和させる点にある。
[2]平成22年改正法は、上記趣旨実現のために公訴時効期間の廃止延長をした(≠違法性評価ではない、責任重さの遡及的変更ではない)。
[3]公訴時効未完成の罪について(新法の)遡及的適用をしても、被疑者等の法律上の地位を著しく不安定にすることではない。
→∴公訴時効撤廃の遡及的適用は、憲法39条・31条に違反しないし、その趣旨にも反しない。
○2017-07-14追記:2017(平成29)年改正によって性犯罪が非親告罪化された(平成29年7月13日施行)。刑法の一部を改正する法律(平成29年6月23日法律72号)は、改正法施行前に発生した強姦罪等につき、実体的処罰については「なお従前の例による」としつつ(附則2条1項)、施行後は(告訴されないことが確定しているものを除き)告訴なく訴追可能としている(附則2条2項)。ここでは、以上に述べた「実体的な遡及処罰は不可」「手続面(告訴のような訴訟条件)での遡及はOK/ただし不起訴が確定している地位は保護」が書かれている。
[民事法・行政法:遡及適用可能だが既得権へ配慮されることも]
○一般論
・刑事法以外の分野では「遡及適用可能」と説かれる。既得権尊重・法的安定性から「不遡及」と処理されることも多いが、立法者が遡及処理を選択した場合、当該処理を争うことは難しいか。
・とはいえ、事実関係は現行法を前提に常に動いていくのだから、何らの制約なく遡及OKとするのに疑問もある(私見)。※2022-01-09追記:我妻160-1参照。
○遡及の例
・民法の一部を改正する法律(昭和22年法律222号)4条「新法は、別段の規定のある場合を除いては、新法施行前に生じた事項にもこれを適用する。但し、旧法及び応急措置法によつて生じた効力を妨げない。」
・自作農創設特別措置法改正による出訴期間の短縮(最大判昭和24年5月18日民集3巻6号199頁)
・民法施行法1条「民法施行前に生じたる事項に付ては、本法に別段の定ある場合を除く外、民法の規定を適用せず。」
・国家賠償法附則6項「この法律施行前の行為に基づく損害については、なお従前の例による。」
・車庫法改正による車庫届出制拡大〔軽自動車も対象に含むようになったが、新規購入車に限定〕
○旧法(とそれを是認してきた旧判例)への信頼に配慮?
・民法の一部を改正する法律(平成25年12月11日法律94号)附則2項;「この法律による改正後の第900条(※最大判平成25年9月4日民集67巻6号1320頁を受けた法定相続分における非嫡出子差別の廃止)の規定は、平成25年9月5日以後に開始した相続について適用する。」
・法務省民事局によれば「相続人に嫡出子と非嫡出子の双方がいる事案」は、次のとおり処理される;(ア)平成13年7月1日~平成25年9月4日までに相続開始した事例;この間に確定的になった法律関係には違憲決定の影響なし。平成25年9月5日以後に遺産分割されるものは違憲決定(=新法と同内容)にしたがった処理。(イ)平成25年9月5日以後に相続開始した事例;新法適用。
○2017ー07ー14追記、2022-01-09追記;2017(平成29)年にいわゆる債権法改正となる民法の一部を改正する法律(平成29年6月2日法律44号)が公布され、2020(令和2)年4月1日から施行された。
・その附則では経過措置が設けられ、施行日(=2020年4月1日)前の法律関係の多くが「なお従前の例による」「(新法は)適用しない」とされている。
・他方で、次のような遡及(的)適用もある;
[1]施行日前の定型取引にも(書面による反対の意思表示がない限り)新法548条の2等が適用される(附則33条)。
[2]施行日前賃貸借契約を施行日以後に更新する際には新法604条2項(=最長50年 ※改正前は20年)が適用される(附則34条2項)。
[3]施行日前の人身不法行為であって施行日までに旧時効期間3年が完成していないものは新法724条の2(=5年)が適用される(附則35条2項)、など。
林修三『法令解釈の常識〔第2版〕』[1975]pp165-172
四宮和夫『民法総則〔第4版〕』[1986]p15
団藤重光『刑法綱要総論〔第3版〕』[1990]pp75-83
荒井達夫「遡及適用と経過措置」立法と調査195号[1996] ※2017-07-14追記
『法律学小辞典〔第4版〕』[2004]pp1110-1111
我妻榮(遠藤浩・川井健補訂)『民法案内1 私法の道しるべ』[2005]pp158-64 ※2022-01-09追記
『有斐閣法律用語辞典〔第3版〕』[2006]p587,1281
宇賀克也『行政法概説1』[2006]pp15-18
西田典之『刑法総論』[2006]pp48-50
『条解刑事訴訟法〔第4版〕』[2009]pp496-500
吉田雅之「「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」の概要」ジュリスト1404号44頁[2010]
『注釈刑法第1巻』[2010]pp47-51〔高山佳奈子〕
『新基本法コンメンタール刑事訴訟法〔第2版〕』[2011]pp298-299〔岩橋保〕,pp507-510〔河原俊也〕
法制執務用語研究会『条文の読み方』[2012] ※2017-07-14追記
『リーガル・マキシム』[2013]p76〔吉原達也〕
小林充原著・植村立郎監修・園原敏彦改訂『刑法〔第4版〕』[2015]p11,15
潮見佳男『民法(債権関係)改正法案の概要』[2015] ※2017-07-14追記