自動運転に必須とされるクルマの「目」だ。レーザー光線を使って周囲を詳細に測定し、どこにスペースがあるかも把握する。自動車大手が採用を決め、市場が一気に拡大する可能性が高い。
対象物を見分けることが可能
●仏ヴァレオのLiDARで周囲を測定したイメージ
<b>対象物を見分けることが可能<br />●仏ヴァレオのLiDARで周囲を測定したイメージ</b>
仏ヴァレオのLiDAR「スカラ」は読み取った対象物が歩行者なのかクルマなのかなどを正確に見分けることができる

 仏パリ。試乗車に乗った記者は、自動運転に「最も不利」な状況に遭遇した。

 当日は金曜日で、夕方になると華やかな市街地に繰り出すクルマで幹線道路に長い列ができていた。急ぐドライバーは無理やり隣の車線に割り込む。そこに急な夕立が降り始め、前方が一気に見えづらくなった。周辺状況が把握しづらいのに加え、周囲が次々に予測しづらい動きをする──。これが、自動運転を難しくさせた原因だ。

 ただし、試乗したクルマはこうした悪条件をものともせず、割り込みにも極めて自然に反応した。急ブレーキで同乗者が前につんのめることもなく、幹線道路を15分ほど走り切った。

 試乗したのは自動車部品大手の仏ヴァレオが試作した自動運転車「クルーズ4U」の最新型だ。単一車線の自動運転機能を備え、車線変更が可能な際にクルマがドライバーに合図を出す。2016年10月1日に開幕したパリモーターショーに先駆けて本誌などに初公開した。

 この試作車の特徴は、LiDARと呼ばれるレーザーレーダーをフロントバンパー下部に1つ搭載し、カメラとレーダーとを組み合わせて周辺状況を測定する点にある。同社のLiDARは、回転する鏡によってレーザーを周囲に振りまくように反射させるもので、145度の範囲で周囲を計測する。

 この技術によって、昼でも夜でも、雨が降っていても霧が出ていても、200m以上先まで障害物を感知できる。同社によれば、カメラなどと組み合わせることで、誤認識は10億回に1度という精度をたたき出す。

360度をLiDARで見る
●仏ヴァレオの試作車
<b>360度をLiDARで見る<br />●仏ヴァレオの試作車</b>
ヴァレオが日本で公開した試作車。360度 を見ることができる。レーザー光線はイメージ

カメラとレーダーの良いとこ取り

 現在、自動ブレーキや車線維持機能などに使われているクルマの「目」は、カメラとレーダーが主流だ。ただし、それぞれに弱点がある。レーダーは、電波を飛ばし跳ね返ってきた波を計測するもの。距離の計測は得意だが、電波の反射は光に比べて弱く、精度高く周囲を見るのは苦手だ。

 カメラは周囲の光を取り入れて像を可視化するもので、解像度が高く人なのかクルマなのかを認識するのが得意。ただし、波を反射させていないので、距離の計測には不向きだ。各社が計算式を使って距離を測る技術を開発しているが、あくまで推測のため精度は比較的低い。霧が出た場合などには能力が落ちるという課題もある。

 一方のLiDARは、これら2つの長所を持ち合わせる。レーザー光線を発射してその跳ね返りを計測するため距離が正確に測れ、レーダーで使用している電波よりも解像度が高い。つまり、「距離が測れて高精度に見える」。一言で表せば、これがLiDARの特徴だ。

レーダーとカメラの良いとこ取り
●レーダー、カメラ、LiDARの性能の比較
レーダーとカメラの良いとこ取り<br /><small>●レーダー、カメラ、LiDARの性能の比較</small>
注:仏ヴァレオの資料に本誌が加筆
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 もっとも、多くの自動車メーカーは既にカメラとレーダーの併用で、弱点を克服しようとしている。しかし、それでも難しいことがある。空いているスペースの発見だ。LiDARの高い精度があれば、「そこに物がある」という段階から「物がない=スペースがある」という段階にステップアップできる。

 既に実用化されている自動ブレーキでは、物があることを認識して止まれば機能としては十分だったが、自動運転の実現には、車線変更や緊急回避のためにスペースを見つけなければならない。これが、この数年でLiDARが注目を集めるようになった理由だ。

 レーザーはもともと、断層や氷河の位置などを航空機や衛星から計測するといった科学分野が主な用途だった。米調査会社マーケッツ&マーケッツの予測では、2015年に約1兆4000億円だったレーザーの世界市場は、自動車用途の伸びにより年率10%以上で成長し、2022年には約3兆3000億円まで拡大する。

 ヴァレオはそのニーズを嗅ぎ取って、2010年にLiDAR技術を持つ独イベオとの提携を決め、技術を磨いてきた。冒頭の試作車のほか、LiDARを前後に計6個搭載した試作車も開発中。見据えるのは完全自動運転だ。

 実際に、多くの自動車メーカーが、次世代の自動運転車にLiDARの採用を計画している。

 独アウディはその筆頭だ。「(条件付き自動運転である)レベル3を実現するためには、カメラとレーダーでは能力が足りない」。アウディで自動運転を担当するエンジニアはLiDARが必須だと語る。

 同社は来年、市販する旗艦車種の新型「A8」にLiDARを搭載し、レベル3の自動運転を実現する。渋滞時限定ではあるが、運転者が前方を監視しなくてもよい状態となる。関係者によればLiDARを前方に1つ搭載する予定で、ヴァレオ製とみられる。

 トヨタ自動車や日産自動車、ホンダの日本勢も注目している。3社とも試作車にLiDARを搭載し、自動運転機能を実装していることからも明らかだ。

<b>独アウディの自動運転試作車。前方にLiDARを搭載している。アウディはLiDARを自動運転に必須のセンサーと位置付ける</b>
独アウディの自動運転試作車。前方にLiDARを搭載している。アウディはLiDARを自動運転に必須のセンサーと位置付ける

課題はコストのみ

 国内で1990年代からLiDARの研究開発を続けているのがデンソーだ。2012年にはダイハツ工業の軽自動車「ムーヴ」にデンソー製のLiDARが採用された。自動車各社が自動運転用に検討しているものと違って鏡を回転させる機能はなく、読み取れる角度も限られるが、小型化と低コスト化によって軽自動車への搭載を可能にした。

 同社は現在、ヴァレオと同じく回転機構を持つタイプを開発中だ。「自動運転の高いレベルを実現するにはLiDARの採用を自動車メーカーに勧めている。技術的にはほぼ確立しており、後はコストとの折り合いになる」。同社の松ヶ谷和沖ADAS推進部長はこう語る。

 LiDARの課題は1点しかない。それはコストだ。そもそも、自動車業界でLiDARが初めて注目を集めたのは、2012年に米グーグルが自動運転試作車に採用したことだった。ベンチャー企業、米ベロダインが開発したものだ。

 価格は約900万円。両手で持たなければならないほどの大きな装置をクルマのルーフから飛び出すように設置しなければならなかった。価格と大きさから、「誰があんなモノを載せたクルマを買うんだ」と当時の業界関係者はベロダインのLiDARを皮肉った。

 それから数年。低価格化と小型化は急激に進んでいる。ベロダインが2015年に発表した新製品は、従来よりレーザー光線の数を少なくすることなどで100万円を切る価格を実現。同社はもう1桁安価な新製品を開発中とみられる。今年8月には、米フォード・モーターと中国のIT(情報技術)大手バイドゥが共同で約150億円を出資。市販車にベロダイン製のLiDARが搭載されるのを疑う業界関係者は少ない。

<b>米グーグルが試作した自動運転車。ルーフの上に米ベロダイン製のLiDARが搭載されている(左)。ベロダインのLiDARは年々、小型化と低コスト化が進んでいる(右)</b>(写真=左:Justin Sullivan/Getty Images、右:Ethan Miller/Getty Images)
米グーグルが試作した自動運転車。ルーフの上に米ベロダイン製のLiDARが搭載されている(左)。ベロダインのLiDARは年々、小型化と低コスト化が進んでいる(右)(写真=左:Justin Sullivan/Getty Images、右:Ethan Miller/Getty Images)

 ヴァレオも低価格化を実現しつつある。先進開発部門を率いるギョーム・ドゥボシェル副社長は「(量産化で)コストは5年前の開発初期の200分の1まで下がる」と自信を見せる。

 他の最新技術と同じく、まずはアウディをはじめとする高級車に搭載される見通しのLiDAR。一層の低コスト化は、普及価格帯のクルマに採用されるかどうかにかかっている。

(日経ビジネス2016年10月31日号より転載)

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