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狩猟採集⺠の食餌幅選択及び農耕⺠との関係性を考慮した数理モデル 河⻄幸子
狩猟採集民と農耕民と生物資源2種がある社会で,個体群動態がどうなるかについての数理モデル発表
教示を行うライフスケジュールの進化 下平剛司
教示についてのライフスケジュールの進化についての数理モデル発表.教示が,教示者のコストになるとともに,子の知識・技術の学習効率上昇を通じて子の繁殖力を高める場合のトレードオフを分析したもの
社会学習の「深さ」をめぐる鶏と卵問題 森隆太郎
- 問題解決には社会学習が有効な場合がある.特に「ウシの体重当て」のような場合の集合知効果がよく知られている.
- ある特定のウシの体重を知るにはこれで十分だが,その学習が,別のウシの体重当てにも使えるかどうかは社会学習の有効性において重要な問題となる.つまり学びの波及に関する観点が重要だがこれまでの研究ではあまり考察されていない.世の中に似ていて異なる問題は多く,それにも応用できるような「深い」学習が重要と考えた.
- ではどのような社会学習なら目の前の特定状況を越えられるのか.ここでは特定の数値を推定するものを「浅い」学習とし,関数問題として捉えるものを「深い」学習とする.
- ここで個人学習と社会学習があって世代交代していくモデルを考える.そして社会学習に浅いものと深いものがあるとする.
- モデルを回してみると,深い社会学習は世代が更新されるにつれてより効率が良くなるが,浅い学習ではそのような改善があまりない.しかし(学習頻度,学習の正確性などの)条件によっては初期世代では各個体にとり浅い学習の方が有利になる.
- 条件をいろいろ調べた結果,累積的文化進化が生じるには,学習が選択的で忠実,深い学習の波及効果が大きいことが重要であることが分かった.
- 社会学習の利益には複数のチャネルがあり,一部の利益には外部性があることを示している.
間接互恵性における社会規範の進化 村瀬洋介
- 関節互恵性の数理モデル的な研究は,どのような行動ルールと評判ルールの組み合わせ(規範)のもとで協力が安定するか(非協力的な戦略に侵入されないか)を中心になされてきた.そしてリーディングエイトと呼ばれる8つの戦略セットが見いだされてきた.
- これらの先行研究には以下の制限がある
- (1)評判が誤解なく他者と共有されることが仮定されている(公的評判モデル).そうでない私的評判モデルも研究されているが,結果は結構異なる.
- (2)すでにあるルールの安定性が吟味されている.どのような条件で頻度を増やしていくかはあまり吟味されていない.
- (3)多くの研究は限られた戦略ルールを選択してシミュレートしている(大槻の論文は例外)
- そこで「関節互恵の協力が確立するにはどのような状況からどう進化するのか」を2080のすべての戦略セットを用いて吟味した.これは2080×2080の対戦をシミュレートすることになる.我々は富岳を用いた大規模計算アプローチでこれに取り組んだ.
- 結果は以下の通り
- まずナイーブに総当たりでシミュレートすると協力は進化しない.進化動態としてはallDに対してL2, L5がまず侵入し,そこにL1, L3, L4, L7が侵入し,それが多くなるとallCの侵入を許し,allDが再度侵入するという形になる.
- サブグループを作り,対戦はサブグループ内,稀に他グループから戦略が伝播するという集団構造を導入すると協力が進化しうる.
- 協力が進化する上で特に重要なのはリーディングエイトのうちL1と呼ばれるタイプだ.上手く協力が増えるサブグループ内でL1が頻度を高め,安定している傾向がある.L1はリーディングエイトの中でも最もコンテキストに依存しないルールで,協力には良い,裏切りには悪い(ただし罰する場合を除く)という単純ルールとなる.
富岳を使った大規模計算アプローチというのはとても興味深い.なお発表者は協力の進化についての大規模計算アプローチについていくつかnoteを書いてくれていていずれも面白い.
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現代の狩猟採集社会における食物分配について: アラスカのイヌピアットとカナダのイヌイットの事例を中心に 岸上伸啓
- 私は文化人類学者としてカナダ,アラスカのイヌイット,イヌピアットなどの人々を対象に食物分配をテーマに研究してきた.ここでは2つの事例を紹介し,文化の変化,分配の多面的機能を説明し,分配を通して人間とは何かを考えてみたい.
- 文化人類学は,参与観察,フィールド調査を行い,結果を文化間で比較したり一般化を試みたりする.人間とは生物的,文化的,社会的存在であり,私は生物学的な基盤の上に文化があるのだと考えている.
- 狩猟採集社会ではほぼ普遍的に食物分配が見られる.ヒトの特徴としては(積極的に)与える分配,交換がある(いずれもチンパンジーには見られない)
- アラスカのイヌピアットはホッキョククジラを狩猟する.ホッキョククジラは体長15メートル,体重50トンにもなるヒゲクジラで,北極海とベーリング海を季節回遊する.現在11の捕鯨村があり,1980年代以降,国際捕鯨委員会から年間51頭の捕獲が認められている.
- 私の調査地はこの中のバローと呼ばれる村で人口4300人ぐらい.
- 捕鯨のあとは宴や祭りとともに肉,皮,脂が分配される.肉,皮,脂は外には販売されず,すべてイヌピアット内で分配,交換,贈与される.
- 村には捕鯨集団が50ほどあり,それぞれキャップテン,その妻,5人ほどのハンター,その家族で構成されている.
- 現在では近代化された建物が建ち並んでいる.車社会であり,生鮮食料品を売るスーパーもあり,日常的にそこで買い物をする.11月から5月は氷雪に閉ざされる.
- 捕鯨のスケジュール.1〜2月は船や道具の整備,春になるとクジラが氷原のクラックに沿って移動を開始するので,岸でクジラが来るのを待つ.突然目の前に現れる.大きすぎるクジラは避け,9〜10メートル級を狙う.見つけると小さな皮船を漕いで近寄り,まずモリでつく.その後銃でしとめる.このあと他の捕鯨集団の助けを借りてクジラをひいて解体場に運ぶ.解体後は助けてくれた他集団に一山づつ分ける.その後祝宴となり,村の人が集まってくるので皆に分けて食べる(入り口で肉だけもらって帰る人も多い).残りは地下貯蔵室に.そして5月,6月の2つの伝統的な祭りでまた皆で分けて食べる.
- 9〜10月は秋の捕鯨シーズン.もう氷は溶けているのでクジラは沖合いを回遊しており,モーターボートを沖にまで出して捕る.これはかなり危険.持ち帰るのも大変で,やはり他集団の助けを借りる.解体後は春と同じで,祭りは感謝祭とクリスマスになる.
- 彼らにとって捕鯨は生活サイクルの要になる.クジラのどこを誰にどう分けるかはかなりの部分慣習的に決まっている(一部はキャップテンの裁量になる).(詳細の説明がある)
- イヌピアットにとって,クジラはヒトのために命を差し出してくれるもの.捕鯨はそうやってきてくれたものを捕獲する神聖な行為になる.だから決して粗末には扱わない.
- 村によって分配の詳細は異なる.最近(特に1980年代以降)分配のやり方は単純化してきている.若いキャップテンの方がより平等に分配する傾向がある.
- カナダのイヌイット(かつてはエスキモーと呼ばれた)は現在約7万人ほどいて,うち70%ほどは昔ながらの極北地域にいるが,30%はモントリオールのような大都会に出てきている.
- 伝統的な居住地はツンドラ地帯で,低温低湿で農業は出来ず,アザラシ,セイウチ,クマ,カリブーなどの狩猟が生業だった.
- 調査地はアクリヴィク.人口は増加中で1984年に317人だったものが2021年に642人になっている.現在では住宅は近代化され,発電所,学校,教会,生協,空港などが整備されている.エネルギーは石油に依存し,スノーモービル,モーターボートで移動する.経済的には役所の賃金労働やアート製作販売などにより貨幣経済が中心になっているが,狩猟採集も熱心に行われている.伝統的には大家族だが,核家族化が進行中.
- 多くの食品を生協で購入し消費するが,狩猟採集で得た食物は伝統的な分配の対象になる.
- 分配は4タイプ(ハンター間,ハンター→村人,共食を介して,ハンターサポートプログラム).共食を解する分配が多く,ハンターの家に集まって皆で食べる.最後のプログラムは村がハンターを雇い,村が事業として分配するものだ.
- 最近では分配の頻度が減り,範囲も狭まっている.
- イヌピアット,イヌイット共通にいえるのは,分配には多面的な機能があるということ.経済的な食物分配だが,特定の社会的関係を元にした社会的機能(これが特に重要)があり,さらにコミュニティのアイデンティティにかかわる文化的機能,名声や評判にかかる政治的機能,文化的な満足や貸し借りを感じるなどの心理的機能がある.
- 最近では,現金経済の比重が増し,分配の頻度や範囲は減少しているが,なお多面的な機能を果たしている.
- 人間は他の人をケアする生物であり,分け与える能力が重要ではないかと感じる.
なかなか具体的な話が多く,スライドも臨場感満点で面白い講演だった.
戦後日本における犯罪加齢曲線の崩壊―衝動性の健全化か幼形化か? 高橋征仁
- 長谷川・長谷川(2000)の論文で,戦後日本の犯罪年齢曲線の崩壊が指摘されている.そこではこれを説明するのに高学歴化の進展による将来の安定化期待の増大を背景とした「衝動性の健全化仮説」が提唱されている.
- しかしよりこの崩壊を細かく見ると,若年男性のピークは1950年より1955年で上昇し,1962年以降急激に低下しており,高学歴化の進展と必ずしも一致していない.また犯罪率減少のスピードがとても速い.
- 犯罪年齢曲線は強盗,強姦,傷害などでほぼ同じ形でピーク崩壊している.暴行については60〜70年代で18〜19歳のところでより減少幅が大きくなっている.これは大学進学率の上昇で,受験前の事件化に手心が加えられた影響かもしれない.
- 日本の殺人率の推移をみると,第二次世界大戦中は青年男性の減少もあり大きく低下し,戦後にまず戦前の水準に戻り50年代を通じて高止まりする.そして1962年ごろから大きく低下していく,この頃の若者は戦中低殺人率時代の人の子供世代に当たる.また社会的に産児制限や中絶が多くなる時代でもある.
- そして70年代ごろから結婚は恋愛結婚が多くなり,女性の配偶選択はやさしい人が基本になる.
- 以上のことから私は代替仮説として性淘汰による「衝動性の幼形化(家畜化)仮説」を提示したい.犯罪年齢曲線の崩壊は,戦争の影響,さらに衝動性の抑制に対して女性の配偶選好が強く働いた結果として解釈できるのではないだろうか.
戦争の影響の部分はよくわからなかった.恋愛結婚の増加により,女性がやさしい人を求め,男性側に衝動性の抑制が働いたというのは面白い視点だが,遺伝子淘汰には世代不足であり,何らかの条件付き戦略の発動(何らかのキューで衝動性が抑制される)か学習効果(ぐっと我慢して暴力に訴えない方がモテそう)ということになるのだろうか.なお質疑応答で眞理子先生から,コホート別に分析した2004年の論文の方が参考になるのではという指摘があった.
マッチングアプリにおける配偶者探索方略の検討 山田順子
マッチングアプリを模した形式で,配偶者選択における情報探索方略を調べたもの.男性の方略は一貫していたが,女性は相手男性によって方略を変える傾向があったというもの.
Parochial Cooperation in Nested Groups CHIANG, Yen-Sheng
- 内集団びいきのリサーチには様々なモデルがあるが,これまでは内集団と外集団という2項対立で扱われることが大半だった.しかし実際には人が属する集団には階層制(家族,親族,職場,地方,国など)があリ,内集団にもいろいろなレベルがある.
- そこで入れ子になった内集団階層を前提に,協力がどのように生まれるかを調べた.協力ゲームを行い,プレーヤーは自分がどのレベルのグループIDをシグナルするかをその都度選ぶ.
- 数理モデルと実験を行った.シグナリングにより協力が生まれるが,弱い.よりローカルなシグナルの方が協力が生まれやすいという結果だった.
モデルの詳細はよくわからなかったが,いろいろな前提やパラメータに依存しそうな印象だった.
閉会挨拶 竹澤会長
- まず大会運営にかかわった方々に感謝申し上げたい.
- 私が会長になった時に会員数は300人ほどだったが,今日現在で380人となっている.年々増えていて喜ばしい.またLEBSヘの投稿も一時低迷したが,近時増えている.(昨日の懇親会で,メンバーが増えていることについて「新陳代謝」といってしまい,古参の人が消えているわけではないとおしかりを受けたが)新しい人新しい顔が増え,発表テーマも増え,学会として発展してきている.これも皆様のご努力のおかげだと思っている.
- それでは,恒例の年末の締めを眞理子先生にお願いしたい.
年末の締め 長谷川眞理子
- 夕べの懇親会では新陳代謝という言葉も出たが,まだ退出してませんから(会場笑い)
- 今年も知らない顔にたくさん出合うことが出来た.実際に若い人が増えている.多くの学会で若い人が減っていると聞いているのでとても嬉しく思う.
- 今回の発表は数理モデルが多かったという印象だった.このモデルでこういう現象を説明しよう,そして簡単なもの,難しいものがあり,どういうところがわかりやすいのか,そういう視点で説明があるといいと思う.
- コロナの時には文化人類学などの参与観察が基本の社会学では,ネットアンケートのような調査が(やむを得ず)増加した.今回の(数理モデルの)発表はちょっとそれに似ている印象がある.しかし人間の生身を見ながら考えるのは重要だと思う.ネットによるリサーチは補完的に用いて,それをふくめてヒトについて考えていくのがよいと思う.おばあさんの感想かもしれませんが.
- 運営してくださった皆様には感謝です.どうもありがとうございました.
以上で本年のHBESJは終了である.オンラインを設定していただいて本当にありがたかった.運営の方々には私からも御礼申し上げたい.どうもありがとうございました.