代表取締役会長直々の特命「孫娘に贈る【妖怪ウォッチ2】(3DS)の発売日入手」にしくじった僕は、懲罰的、と会社内で噂されている人事により、夏季限定で会社が運営する海の家にヘルプで行かされている。
炎天下、EXILEと三代目ジェーソウルブラザーズとEガールズが大音量でヘビーローテーションされる地獄のような静岡の海岸でくさくさ焼きそばをつくる、その合間、たまたま眺めていたフェイスブックのタイムラインに、偶然、元彼女の結婚式の写真が流れてきた。インターネットは残酷だ。不意打ちのように思い出したくない過去と、見られたくない現在を繋げてしまうから。けれども、そのときの僕はほとんど子の未来を案じる親のような気持ちで心の底から祝福していた。よかった。本当によかった。おめでとう、と。
彼女とは酷い別れ方をした。考えうる最も望まないカタチの別れ方だった。電話で一言。「もう無理。さよなら」。mixiはアクセス拒否された。その別れは、僕自身が思う以上に僕自身には衝撃だったらしく、以来6年間、僕のオットセイは立たぬなら立つまで待とうホトトギス状態。そんな別れ方と後遺症のおかげで、彼女のことは僕の心の中にずっとあり続けてきた。未練ではない。気掛かりだ。それは、焼きそばにくっついてしまった紅しょうがの赤い染みのように、僕の心にあり続けた。
別れの理由が僕の高すぎる自尊心と、ベッドの上でやたら筋肉バスターをかけたがる性癖以外に見当たらなかったので恨みようもなかった。「僕ではない誰かと幸せになることなく、野垂れ死んでいてほしい。酷い人生を送ってほしい。どうぞお便器で」 そんなゲスい呪詛を忌々しい別れを思い出しては吐くくらいだ。けれども、偶然、彼女の結婚式の画像がタイムラインに流れてきたとき、そんなゲスい僕のちっぽけな恨みは一瞬で、もっと大きな感情にかわっていった。
《偶然》ではなかった。彼女の旦那になる男は僕の知っている人物だった。誠実で真面目な男だ。彼ともご無沙汰だ。これは本当に偶然の一致としか思えないのだけど、ちょうど僕と彼女が別れた頃から彼とは会っていない…いや、邪推はやめよう、彼は誠実で真面目な男だ、そんなことはありえない。付き合っているときにその男のいる宴席に、僕らは恋人同士という形で参加したこともあるのだ。彼のフェイスブックを遡ってみた。そこには彼らの結婚までの道程が認められた。認めたくないが、なるほど、僕は一切を理解した。極めて客観的に。冷静に。NTRされたのだな。テラスハウスられたのだな。大どんでん返しだったのだな、と。僕だけが知らなかっただけで。別れてからの長い時間、僕は僕の預かり知らぬところでバカにされ嘲笑われリベンジポルノされ続けてきたのだろう。僕がこうして汗水を垂らして焼きそばをつくっている時間、彼らは脱法ハーブでキメてキモチいい汗をかいていたのかもしれない。まあいい。すべて終わったことだ。
時間は薬だ。ウエディングドレスをまとった彼女の姿は、嫉妬心や屈辱感にデコられた僕のつまらない怨念をどこか遠くへ押しやってしまった。あの男は僕だ。あったかもしれない僕の可能性、未来のひとつだ。今。僕は心の底からエールを送ろうと思う。もしかしたら僕がおさまっていたかもしれないポジションにいる男にエールを。せいぜい、頑張ってほしい。彼女を絶対に離さないでくれ。
そして祝福を…僕に。結婚式の写真の中の彼女は、数年見ないうちに経年劣化以上マジ無理なレベルのBBAと化していた。よかった。オットセイがギロチンされるところだった。本当に、本当に、本当に別れてよかった。僕は自分自身を祝った。己の幸運を神に感謝した。祝おう、我を。そしてこれからも腐りかけの海綿体と共に僕は彼女を呪いつづける。今日は生ビールで祝杯をあげながらフォーチュンクッキーでも焼こうかな。