いま注目の新しい介護現場向けレクだった
おうかがいしたのは東京新宿にある雲母書房さん。介護系の書籍に強い出版社だ。
私が図書館でみつけた「愛染かつら」をはじめとした紙芝居を担当している松村さんにお話を聞かせていただいた。
松村康貴さん。よろしくお願いします
すでにピンときた方がほとんどかと思うが、この紙芝居は「介護」向けに出版されている。
介護施設などで主にお年寄りに楽しんでもらう目的として近年広まりつつある新しいレクリエーションの一つなのだそうだ。
紙芝居といえば誰もが子供のものと思うだろう。そういったなかでお年寄りに向けた紙芝居がいまなぜ広がりを見せているのか。
入れ歯が飛び、鶴と亀が長寿を祝う
お話の前に、まずは1作、作品を見せていただいた。「どっかーん」である。
花火大会をテーマにした紙芝居
このように、ドーンと花火が上がる。紙芝居を抜くごとにスイカだったりいろいろな形の花火が上がるという趣向
一番の見せ場がこちら。入れ歯の花火。それこそ会場がどっかんどっかんウケる。最後は鶴と亀の花火が上がってお年寄りの長寿を祝って終わる
そもそもは「参加型」紙芝居からはじまった
衝撃の作品を見ていただいたところで、松村さんからお話を聞いていこう。以下、かぎかっこの中が松村さんのお話です。
「紙芝居には2通りありまして、ごらんになった『愛染かつら』のようなストーリーが主なあらすじ型と、あと参加型っていいまして歌を一緒にうたったりクイズに答えてもらったり、双方向で楽しむというパターンがあります。
認知症のお年寄りにも楽しんでもらえるものをというコンセプトがあったので、介護向けの紙芝居というのは参加型の作品から企画されていきました」
なんと、「愛染かつら」のような懐かしの名作系の作品は後発だったのか。
今でもメインはさきほどの「どっかーん」もそうであるように、参加型なのだそうだ。
懐かしい暮らし、生活は重要なキーワード
こちらは既刊全作のなかでのナンバーワンヒット「お茶にしましょ」
「言葉あそびをしながら進行する『お茶にしましょ』という紙芝居が一番最初に出したものの一つなんですけれども、いかにも昔ながらの雰囲気のあるおばあさんが出てきて、しりとりをするような内容になっています」
「ちゃ」といえば…
「ちゃぶ台」!
「シンプルなんですけれども、懐かしい暮らし、生活が話題をふくらませる。介護レクの紙芝居は聞いてもらうだけのものではなくて、それをきっかけに盛り上がってもらうものでもあるので、懐かしさは重要な要素なんです。
たとえば大福が出てくると『どこの店のがおいしい』というような話題がばーっとひろがって、お年寄り同士のコミュニケーションのきっかけにもになるようです」
大福エピソードが語られはじめるきっかけになる
自然発生した介護紙芝居
お年寄り向けだから、ちゃぶ台に大福。あまりにもストレートなので、え? いいの? と一瞬思わされるが、こういった紙芝居の作成は試行錯誤の上でたどりついているのだそうだ。
「介護老人保健施設のことを『老健』ってうんですけれども、そういったところで遠山昭雄さんという方が以前から介護施設のレクリエーションで紙芝居をやられていたんですね。もう15~6年にはなると思うんですけれども」
介護レク向け紙芝居出版のパイオニア、遠山昭雄さん。かっこよすぎる写真
「販売されているものには子供向けの紙芝居しかなくて、その中からお年寄りにも楽しんでもらえて、盛り上がる紙芝居がないかと探しては実演されていたそうです。
もういっそ高齢者向けの紙芝居を作ってみようじゃないかということでうちの出版社と2006年くらいから研究しはじめたんです」
紙芝居の出版を前に、ケア向けの紙芝居についての本も出版している
紙芝居が身近な世代、とはいえ大人
そこまでしてなぜ紙芝居だったんだろう? と私などは思ってしまうが、お年寄り世代にとって娯楽としての紙芝居は子供のころとても身近なものだったのだと聞くと納得がいく。
しかし、いまやそのお年寄りも紙芝居を楽しんだ当時のような「子供」ではないわけだ。
「お年寄りが紙芝居になじみ深いといっても当然今はもう大人なわけですから、大人が観て楽しめる紙芝居というと、どういうものがいいんだろうとまたしばらく研究して実践もしていきました。
それで2009年にはじめての介護レク向けの紙芝居というのを出版しました」
そうして現在までに19作品を刊行
心配をよそにグイグイくる需要
「そもそも施設で現場の方が手作りの紙芝居を作って演じていたという実態もあったんです。そういったものを見させてもらって、出版できないかと動いたものもあります。
あと、これまで主に子供のところで絵本や紙芝居を読み聞かせていた読み聞かせボランティアの方たちが介護施設に行くような流れができていているんですね。そういう方々から、高齢者の方に紙芝居を演じるのはどうだろうという動きもあったんです。
そういう状況に出版が後からついていったというところも少なからずあるんですよね。とはいえ(市場は)小さいんですけれども(笑)」
介護レクに紙芝居、という流れが「大人に向けて紙芝居って…アリなのかな…」というためらいや不安を巻き込みつつも「いや、 ウケてるぞ! アリだ! いける!」とグイグイきている様子がうかがえる。
「しょいくらべ」は施設のお年寄りが実際に体験した話がベースになっている、現場での手作り紙芝居が出版されたケース。仲良しのご夫婦がほだ木背負いで競い合うという内容。たしかに実体験が元でないと、創造しようと思って作れるストーリーではない
最新作の「きつねの盆おどり」は墓参りの帰りの親子がきつねにばかされる話。炭坑節や東京音頭が途中に挿入されてみんなで歌ったり手拍子で参加したりできる。登場人物にもしっかりお年寄りがフィーチャーされている
あらすじ型が思った以上にウケた
「ごらんになった『愛染かつら』のような名作ものだと一番最初に出したのが『金色夜叉』で、2012年と最近ですね。
これも最初は参加型で作ろうとしていたんです。文学作品とか芝居ものっていわゆる名ぜりふというのがありますよね。そういうのを一緒に楽しめるような紙芝居を、と動き出したんですけれども、せっかくだからきちっとあらすじを追うタイプの紙芝居にしてみませんか、という声もあって。そういうところからあらすじ型のものになりました」
「僕の涙で必ずこの月を曇らして見せる!」名シーンで会場も大ウケだそう
「愛染かつら」も「金色夜叉」もサワジロウさんという方が脚本を書いて絵も担当。紙芝居の世界に絵が尋常じゃなくフィットしてる
「あとはあらすじ型だとこちらもサワジロウさんの『安珍清姫物語』というのがあるんですけれども。
これなんかは女の人が僧侶を押し倒すシーンがあったり。ちょっと色っぽい艶のあるシーンなんかがあって、おばあちゃんたちが盛り上がるそうなんですよ。
子供さん向けの作品だとこういうのはさすがにダメじゃないですか。でもお年寄りならそういうところでも楽しめるんですよね。そういった意味で紙芝居作りの自由度は高いです。
お年寄りですから、酸いも甘いもご存知ですから、っていうところでいろんな方に自由に企画していただいていますね」
演者の方もノリノリで演じるらしいぞ
こういったあらずじ型の紙芝居はどうしても枚数が多くなってしまうので、飽きられてしまうのではという点や、演者の演技力も必要になってくるため現場使いのハードルが上がってしまうかも…といった不安があったそうだが、そんな懸念をよそに介護現場の職員の方に売れ、お年寄りと一体になって楽しんでもらっているのだそうだ。
「実は最近参加型の作品に追いつく勢いでこのあらすじ型が売れていまして。
参加型のものも力を入れていかなくちゃなあと思っているところなんです」
戦争がテーマのものも
リアルな懐かしさとしての「戦争」
「戦争の時代をテーマにした作品も作っています。
もんぺだったりおかずが芋の煮っ転がしだけの食卓だったり戦争中や戦後すぐの時代ならではのキーワードですとか、あとはラジオで当時『尋ね人の時間』っていう番組があったそうなんですけれどもそういう細かいけれどリアルな要素を取り入れています。
お年寄りに戦争体験を思い出させてしまうのはよくないのではという意見もあったんですけれども、上演してみると一生懸命生きてきた時代のことですから、『つらかったこともあるけれども私はあのころはこうやって生活していたんだ』と紙芝居のあとにみなさん語りだすようなことがあるようなんですね」
子供向けに戦争を伝えるストーリーには確かに出てこないであろう「尋ね人の時間」。物語では復員兵による詐欺事件も要素の一つになっている
さきほど、ちゃぶ台やかっぽう着姿のおばあさんといった懐かしさがウケる紙芝居の重要な要素だということはご紹介したが、戦争もご老人にとっては大切な懐かしさの一つなのだ。
お年寄りの胸を借りて思い切って書くなら、紙芝居を通じて届けられる「戦争あるある」なのである。そう思うと改めて世代の違いを感じてはっとする。
この「父のかお、母のかお」という作品は、絵の味わいがすごかった
懐かしく思い出す、懐かしいことを知る
日ごろ祖母やご近所のお年寄りとは仲良くしているつもりでいたが、頭で分かっているつもりでも改めて「戦争がリアルな世代」なのだといわれてハッとしてしまった。お年寄りというのはそれくらい本気で世代の離れた方々なのだ。
それはつまり現場のプロの介護士の方々がそういったギャップを乗り越えて仕事をしているということでもある(いまさら気づいた)。
「介護職の方々も若いと昔の生活というのを知らないじゃないですか。紙芝居を使うことでお年寄りが生きてきた時代がどういう時代だったのかじかにお年寄りから聞ける、学ぶチャンスにもなるようです」
子供向けの紙芝居と違い、介護向けの紙芝居はお年寄りに懐かしいことを思い出してもらって同世代間で共有してもらいながら、その懐かしさを別の世代が知るきっかけの装置になっている。
お年寄りがつながり、お年寄りとつながるツールとして、なるほどそうか、紙芝居なのか。と納得して帰ってきた。
紙芝居に聞き手が効果音をつけて参加するという紙芝居もあった
「チーン」と鳴らすのに使うのが、仏様の鐘(あと「ぽくぽく」は木魚)
ウケたい! という思いの強さがすごい
なにしろ感じたのは、介護レクリエーションにたずさわる方々の「ウケたい!」という思いの強さだ。
ウケたい一心で紙芝居にたどり着き、じゃあウケる紙芝居ってどんなのだろうと研究を重ね、演技力を磨き、現場での反省を次の作品に生かす。そうやって介護向け紙芝居は成長している。
これは介護レクに限った話ではないか。笑ってもらう喜びのハンパなさはやっぱりすごい力です。
谷川俊太郎さんが「これはのみのぴこ」のお年寄り版として書き下ろした積み上げ話の紙芝居もあった! 「かわださん」という作品です