体験型のVRシアターで映画の楽しみ方は変わるか──“覇権”を狙うIMAXが仕掛ける大勝負

「映画を観る」という体験を、より楽しく、より没入感のあるものにしようと、さまざまな取り組みを行ってきたIMAX。彼らが新たに参入したのは、ストーリーテリング分野のフロンティアともいえる、VRだ。巨大なVR体験施設によってこの産業のリーダー的存在になろうと試みる、IMAXの挑戦を追う。
体験型のVRシアターで映画の楽しみ方は変わるか──“覇権”を狙うIMAXが仕掛ける大勝負
PHOTOGRAPH COURTESY OF GRAHAM WALZER FOR WIRED

映画を観るなら、地球でいちばんの特等席はカリフォルニアにある「デイヴィッド・キーリー・シアター」、その後ろから二列目の中央座席だ。IMAX本社内にあるこの映画館には、95の座席、幅約18m・高さ約13mの巨大なスクリーンがある。圧倒的なサイズと没入感をもつこの映画館で欠けているのは、ポップコーンだけだろう(そう、ここは飲食禁止なのだ)。

この映画館は、トム・クルーズが自分の最新のアクション作品を鑑賞し、クリストファー・ノーランが映画『ダンケルク』の兵士一人ひとりが自分が思っていた通りに動いているかを確認する場所でもある。

フィルムメイカーたちが映画の出来に満足したら、次はIMAXの顔とも言える最高品質責任者デイヴィッド・キーリーの出番だ。白髪・スーツ姿の彼の仕事は、世界中にある1,100以上のIMAXスクリーンで上映される映画のIMAX版をつくることである。同社内では有名な話だが、キーリーは話題作の公開日になると、ランダムに選んだ映画館に足を運びその出来を確認しているという。

45年以上にわたりIMAXは、映画鑑賞のあらゆる要素をコントロールし、最高の鑑賞体験をつくりあげてきた。その取り組みは、カメラやレーザープロジェクション技術の開発から座席配置の再検討まで、多岐にわたる。キーリーは「なぜフィルムメーカーたちが何度もこの映画館に来るかわかるかい?」と得意げに尋ねた。「彼らは、IMAX版がその映画のベストヴァージョンだとわかってるからさ」


WIRED TV──新しい映像、新しい物語。ストーリーテリングの新時代

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その技術は、映画の未来である

ここ数カ月、IMAXは新しい技術に照準をあわせている──ヴァーチャルリアリティー(VR)だ。IMAXのCEOリチャード・ゲルフォンドは、VRは映画館の未来であり、映画そのものの未来でさえあると考えている。「いまあるVR技術をゴールデンタイムのテレビ番組に使えるなんてありえない。とんだ間違いだ」と、がっちりとした体格の60代前半のゲルフォンドは言う。

VR技術は未完成だ。そして、これはチャンスでもある。VRは間違いなく、映画制作の歴史において最大のパラダイムシフトとなるだろう。

VRを本当の意味で成功させるには、誰かが最高のカメラをつくり、最高のコンテンツをつくり、最高の配信方法を考え出し、何から何までマネタイズする方法を編み出さなければいけない。そして、これこそがIMAXの仕事なのだ。つまり、IMAXはVR産業をリードできると考えており、彼らは大きな賭けに出たのである。

PHOTOGRAPH COURTESY OF GRAHAM WALZER FOR WIRED

受け身ではない、能動的な映画鑑賞

ゲルフォンドと事業開発チームが、IMAXが新しく進出する分野を検討していた2016年初頭。幹部たちが、たくさんのアイデアを抱えて彼の元を訪れた。IMAXの映画館とジムのバイクを組み合わせたらどうだろう?(ちなみに、これは実現している)自宅でIMAX体験というのはどうだろう?(これも実現している

次に幹部たちが提案したのは、いま成長しているVR産業への参入だった。IMAXがロケーションベースの体験型VR施設を展開することで、研究室やオタクの部屋といった“地下室”にあるVR技術を世の中に根付かせることができるかもしれないと考えたのだ。

ゲルフォンドがひらめいたのはこのときだった。「IMAXとは没入することであり、受け身ではなく能動的に鑑賞することなんだ」。彼は、とてつもなく大きいIMAXのスクリーンで、観客が映画の全体像を観るかわりに、スクリーン上のあちこちに目線を動かして鑑賞することをとても気に入っていた。「観客が映画の一部になる。しかも、三人称ではなく、一人称でだ」。そして、VRはそのためにぴったりの技術だった。

「観客はミレニアム・ファルコンに乗りたい」

IMAXは、すべてを賭けた大勝負に挑むことにした。そして、VRコンテンツのために5,000万ドルの投資をすると発表し、向こう3年で25以上の研究に出資する計画を立てている。さらには、映画監督やスタジオとの契約締結に向けても動きはじめた。またすべての点において、GoProを丸く並べたものに勝るVRカメラをつくるべく、IMAXはGoogleともパートナーシップを組んだ。また、Acer と Starbreeze とも連携し、より高解像度で視野の広いヘッドセットも開発中だ。

ゲルフォンドが最も気に入っているのは、体験型の施設というアイデアである。この数年というもの、彼は閑古鳥が鳴いているようなシネコンの一部を、最高のVR体験ができる場所に置き換えてしまおうと考えていた。その映画館では、観客は新作のスター・ウォーズを(もちろんIMAXで)観たあとで、追加料金を払ってからVRヘッドセットを使って映画の世界へ入っていく。

「『スター・ウォーズ』を観に行く人たちは、ミレニアム・ファルコンに乗りたいと思っているんだ。あるいは、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』を観て、ブルジュ・ハリファによじ登りたいと思っているんだ」。ゲルフォンドは、映画をただ観るだけでは満足できない熱心なファンたちのことを考えているのだ。

実はこのアイデアは、IMAX本部からわずか数マイルの距離にあるショッピングセンターの向かい側で実現に向けて動き出している。かつてはショーの小道具用の帽子工場だった、何の標識もない黒い建物のなかに、IMAXは、超最高品質のVRゲームセンターを建設したのだ。

ゲームは始まった

ごみごみとしたロサンゼルスの通りを抜け、IMAXの新しいVRセンターのドアをくぐった瞬間、誰もがまったく違う世界に来たと感じることだろう。

廊下を進むにつれて、明るく照らされた白い壁が張り出してきて、空間が狭まっていく。「参加者にギュッと絞られるような感覚になってもらおうと思っているんだ。異世界を目にする前にね」と、アラン・ロブレスは言う。アランは有名な建築デザインファームのGenslerに勤めるエクスペリエンスデザイナーである。「これは、参加者のコンテクストを変える最初の段階なんだ」。アランの口ぶりは、まるで廊下が異次元への入り口であるかのようである。

廊下を通り抜けると受付があり、左側にある7つのポスタースクリーンから現在体験可能なVR作品がチェックできる。それぞれのポスターは、『ハリー・ポッター』に出てくる写真のように、ほんのわずかに動いている。ジョン・ウィックが構える銃口からは煙が立ち上り、『ウォーキング・デッド』のゾンビはこちらに向かってフラフラと歩いてくる。

“観る”だけでは満足できない人のために

オープン以来、VRセンターは満員状態が続いてきたが、筆者が訪問した時には巨大な空間はほとんどからっぽで、代わりにヘルメットをかぶった作業員たちがいた。ラウンジスペースには、デモ用の2つのボックス席がある。筆者は、そのひとつに入り、HTC Viveと2つのコントローラーをわたされた。それから20分間、筆者は今後公開予定のVR作品を観た。

『John Wick: An Eye for an Eye』では、筆者は屋根の上に捕らえられ、斬るか斬られるかの緊迫したムードのなかにいた。『Star Wars: Trials on Tatooine』では、侵略者から宇宙船を守った。ジョン・ファヴロー監督による『Gnomes and Goblins』は森林が舞台のリラックスした作品で、筆者はノームとゴブリンたちの家に入り、彼らを助けながらもイライラさせられてしまった。

3つの作品はどれもスリリングで、『John Wick』は特にそうだった。素晴らしいアクション映画や出来のいいスリラー作品を見たあと、実際に猛スピードでクルマを運転し、殴り合いの 喧嘩をしたくなるときがあるだろう? VR体験は、その合法的な解決策だ。

作品を観終えたあと、筆者はStarVRの新作ヘッドセットのひとつ、Starbreezeを試した。これは、目を見張るものだった。驚くほど広い210度の視野角、5Kの解像度、ほかのヘッドセットでは得られない、筆舌に尽くしがたいほどリアルな存在感。しかし、これはまだ完成品ではない。何度かタイムラグがあったし、利用可能なコンテンツは短編の2、3作品しかない。しかし、IMAXは大量の高画質映像を所有してるので、それらをStarVR制作に活用できるだろう。


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もしStarbreezeが受け入れられなかったら? それならそれでよいのだ。「わたしは技術に依存したくないし、時代の変化に合わせて、その時代の最高のものと共にありたいと思っている」とゲルフォンドは言う。

わざわざ地価の高い繁華街に大型施設をつくってアイデアを公開テストするのは不合理に思えるかもしれない。しかし、これはゲルフォンドが意図するところだ 。彼は、この最初の試みは失敗し、さらに次の試みも同じく失敗に終わるだろうと、こっちがぞっとしてしまうくらいはっきりと言った。「この取り組みが、1年後あるいは10年後にどのようなかたちになっているかは、わたしたちにはわかりません」と彼は言う。

西部開拓時代のように

これまでIMAXは断片的ではあるものの、新技術・新商品をいち早く取り入れるアーリーアダプターの争いに飛び込んできた。しかし、3DはIMAXが望んだようなかたちで世界を乗っ取ることはなかったし、90年代にはパーソナル音響システムのPSE(Personal Sound Environment)に手を出したもののうまく行かなかった。もしすべてがうまくいけば、大勢の人々がIMAXのVRセンターで初めてVRという新技術を体験することになるかもしれない。これは重要なことで、VRにおいては“百聞は一体験にしかず”なのである。

この計画が頓挫したとしても、それはそれでよいのだとゲルフォンドは言う。しかし、ユタにあるThe VoidやHTCが計画しているViveportなど、ほかにも体験型のVR施設が開発されていることを考えると、 IMAXは最初に動いた者として有利なポジションにいると彼は考えている。GoogleとStarbreezeとパートナーシップを組み、映画制作者たちと契約を結び、アイデアを実行する場所として物理的な空間をつくったことで、IMAXはVR技術がどの方向に進んだとしても強いポジションにいるというのだ。

ゲルフォンドは、これが彼の推測にすぎないことを伝えるかのように両手をあげた。「アメリカ開拓時代の西部地方のようなものだよ。こういうのも楽しいと思うんだ。違うかい?」


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TEXT BY DAVID PIERCE

TRANSLATION BY NANAMI NAKAMURA