GOOD COMPANY
「いい会社」をひも解く新春特集。第1回は、楽器メーカーESP、DJ機器メーカーVestaxの創業者・椎野秀聰のストーリー。「実業」を実践し続けた彼に学ぶ、会社づくりの真髄とは。
Android OSの開発者として知られ、最近までグーグルのモバイルインターネット事業を率いてきたクリエイターであるアンディ・ルービンは、数年前、妻のリエがカリフォルニア州・ロスアルトスの駅舎跡に新しいベーカリーを開くのを手伝った。2人が名づけた「Voyageur du Temps」という店名は、フランス語で「タイムトラヴェラー」を意味する。その名が示す通り、店で出される昔ながらのヨーロッパ風の香りや食感を徹底的に再現したペストリーは、訪れる客を古き時代に連れていってくれる。ルービンは、伝統的な菓子づくりの技を育んできたシェフを日本からわざわざ呼び寄せ、西海岸で2台しかないフランス・ボンガード社のオーヴンまで購入した。
そんなやり方は、資金とエネルギーと優れた技術をもつ人材とを、ただ趣味を楽しむためだけに馬鹿馬鹿しいほど大量に費やすという点で、とてもルービンらしい。一方で、ルービンらしくないともいえる。彼はいままで、そういったリソースをロボットアームや彼が自宅に導入した網膜スキャナーのような、最先端のテクノロジーに投入してきたからだ。
1962年生まれ。携帯電話用オペレーティングシステム(OS)「Android」開発者として知られる米国の起業家、技術者。ルービンが2003年に創業したアンドロイド社はグーグルに買収され、彼はグーグルにて技術部門担当ヴァイスプレジデントを務める。14年にグーグルを離れたのち、15年にプレイグラウンドを創業。
古風なベーカリーにさえ、彼は先進的な趣向を加えたい気持ちを抑えられなかった。彼はPOSシステムのソフトウェアを自作し、支払い額の受け取りから釣り銭の準備、売買の記録までを人の手を介さずに行える「全自動キャッシャー」のプログラムを書き始めた。そして、店の裏につくったスタッフ用のミーティングルームに、手づくりのマグネットキー(磁石を利用して開錠を行うタイプの鍵)も取り付けている。
この隠れ家で多くの時間を過ごすようになったルービンは、友人や同僚を招いてクロワッサンを食べながら、ある問いの答えを探していた──「次に何をすべきか?」という問いだ。
ルービンはそのキャリアのほとんどを、モバイルコンピューティング革命の最前線で過ごしてきた。1992年、彼はアップルのスピンオフ企業ジェネラル・マジックで、初期の個人用情報端末「Motorola Envoy」の開発に携わった。99年12月にはデンジャーを立ち上げ、スマートフォンの先駆けとなる「Hiptop」を世に出す。そして2003年、アンドロイドを共同創業し、05年にグーグルに売却した。スマートフォンがまだ「魅力のない、使いづらい機器」という評価に苦しんでいたころ、ルービンはAndroidを無償で提供し、製造メーカーは共通言語とツールを手に入れたのだ。それがスマートフォンブームに火を点けた。Androidは、史上最も急速に普及したコンシューマーテクノロジーのひとつになった。いまでは、携帯電話、タブレット、腕時計、テレビ、フィットネストラッカーなど、約2万5,000種類もの製品に採用されている。
芸術とみなす
人々にとって
それは、すでに何層にも
塗り固められた
油絵の上に、
いくつか絵筆を
加えるだけにすぎない。
スマートフォンをコンセプトから社会現象にまで育て上げたルービンにとって、それはもはや、興味の対象ではなくなっていた。技術的な課題はすでに解決されている。もちろん、起業家たちは、いまでも新しいアプリを世に出し続けている。しかし、テクノロジーを芸術とみなす人々にとってそれは、すでに何層にも塗り固められた油絵の上に、いくつか絵筆を加えるだけにすぎない。ルービンは、もう一度キャンヴァスに触れたかった。そして彼には、目の前に広がる、真新しいキャンヴァスが見えていた。
人類はいま、新たなコンピューティング時代に入ろうとしている、というのがルービンの持論だ。MS-DOSがMacintoshとWindowsを生み出し、それらがウェブへの道を開き、さらにスマートフォンが誕生した。それと同じように、人工知能(AI)という次世代プラットフォームへの、数十年をかける移行の準備はすでに整っていると彼は考えている。
グーグルやフェイスブック、マイクロソフトは、人間の会話を理解し、写真に写った顔を認識するようなニューラルネットワークの開発に何十億ドルも投資している。この先の10年でAIはさらに強力になり、現在のわたしたちには想像もつかないことを行えるようになるだろう。ルービンは、もうすぐAIがクラウドサーヴィスとして提供され、無数のガジェットやマシンを動かすようになると考えている。今日のあらゆるデヴァイスにソフトウェアが組み込まれているのと同じように、いずれわたしたちが手にするほとんどのデヴァイスに、何らかのかたちでAIが組み込まれるようになるだろう。
そのときにどんな未来がやってくるのかを正確に予測するのは難しい。だがわかりやすく言えば、現在の自律走行車と普通の自動車の違いが、将来はあらゆるものに当てはまるようになると考えればいいだろう。どんな言語でもリアルタイムに翻訳するテレビ、家族と強盗を見分ける防犯システム、料理がほどよくできあがったことを知らせるオーヴンが生まれるのである。
2016年3月、グーグルの囲碁AI「AlphaGo」と韓国の囲碁チャンピオン、イ・セドルの対局が行われた。果たしてこの試合では何が起こり、これから人類はどこに向かうのか? 『WIRED』US版による密着取材。
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2013年、ルービンは、彼が感じていたある種の焦燥感についてラリー・ペイジと話し合った。ルービンの説明によれば、変わるべき時がきたという点で2人の考えは一致したという。
その年の3月、ルービンはAndroid事業から身を引くことになる(この件については、必ずしも同意のうえではないという見方もある。『ブルームバーグ・ビジネスウィーク』は、ペイジが「ルービンに退任を強いた」と報じている)。ルービンはその後の1年間をグーグルに新しくできたロボティクス部門で過ごしたが、グーグルが目指しているといわれるヒューマノイド型のアシスタントロボットを開発するには、基礎研究があと10年必要だとすぐに気づいた。
ルービンはそんなに長く待てなかった。「彼はいまの世界が我慢できないんですよ」と言うのは、ルービンの親友で相談相手でもあるマーク・アンドリーセンだ。「アンディには5年先、10年先、15年先の世界がどうなるかが見えています。そして現在の世界を見て、『なんだ、まだこんなところにいるのか』と思っているんです」
気の早いシリコンヴァレーのフューチャリストたちは、自らのヴィジョンを実現する構想をいくつも提示してきた。しかし、ルービンの琴線に触れるものはひとつもなかった。彼はグーグルに残ることもできたし、AIに投資するほかの大企業に移ることもできただろう。しかし彼は、どんなに冒険心のある企業であっても、基本的に大企業は官僚的で、リスク回避志向が強すぎると感じていた。
ただ資金と助言を
与えているだけではない。
ルービンがかつて
ともに働いた、
経験豊富な
テクノロジストの
オールスターからなる
技術部門も
提供しているのだ。
彼はまた、ヴェンチャーキャピタルやハードウェアインキュベーターに参加することもできたが、未来を築こうとしている企業に、ただ投資や助言をするだけの仕事は嫌だった。ルービンは自らの手で未来を築きたかったのだ。その一方で、平凡なスタートアップを立ち上げる気もなかった。アンドロイドを大成功に導いたルービンにとって、それはまったく物足りないことだろう。
2014年、ルービンはグーグルを去る。これが、彼の人並み外れた野心を、さらに後押ししたのだろうと友人たちは言う。「おそらくアンディは、5年後にラリー・ペイジが過去を振り返ったときに、『なんてこった。彼を手放したのは間違いだった』と言わせたいんだと思います」とアンドリーセンは言う。
その数カ月後にルービンが立ち上げたのが、Playground Global(以下、プレイグラウンド)だ。これは単に新しい会社というだけではなく、彼の言葉を借りれば「新しいタイプの会社」である。
この会社が普通の会社と違う点のひとつは、組織形態にある。プレイグラウンドは、インキュベーターの側面もコンサルティング会社の側面ももっているが、実際にはそのどちらでもない。確かに、プレイグラウンドはハードウェアスタートアップに投資をしている。しかし、ただ資金と助言を与えているだけではない。ルービンがかつて、グーグルやジェネラル・マジック、アップル、そのほかの企業でともに働いた、経験豊富なテクノロジストのオールスターからなるテクノロジー部門も提供しているのだ。このチームが、プレイグラウンドが投資するスタートアップを支援し、協力しながらスマートデヴァイスのハードウェアやソフトウェアを開発する。
プレイグラウンドの目標は、ただ単に機器の開発や会社の設立を行うことではなく、それをはるかに超えたところにある。ルービンはプレイグラウンドを、来るべきAI社会に必要な「標準建築ブロックの製造工場」、すなわち、ハードウェアやソフトウェアの部品補給庫にしたいと考えている。
そしてそのプラットフォームをオープンにすることで、彼と一緒に働いている企業だけでなく、誰もがスマートデヴァイスを開発できるようにしたいのだ。もしそれが成功すれば、ある共通の技術的インフラが無数のデヴァイスを動かし、起業家たちは、スマートドローンやスマートハウス、本格的なロボットを開発する能力を手にすることになる。プレイグラウンドは、かつてAndroidがスマートフォンに与えたのと同じようなインパクトを、それらスマートマシンの開発に与えることだろう。
その根底となるアイデアは、彼の言うところの「アイデア増幅器」──さまざまなコンセプトを、最大のインパクトをもつ製品に素早く変換するシステム──をつくることだ。ルービンと同じくらい気の短い起業家たちに、予定よりも早く未来の製品を届けるための“早送りボタン”を押す方法を教えるというのは、いかにも彼らしい目標だ。プレイグラウンドはタイムマシンをつくろうとしていると言ってもいい。
AirbnbやPinterestをはじめ、デザインをバックグラウンドにもつ創業者が成功する事例が増えている。グーグルと一流デザインスクールのコラボレーションによって生まれた「30 Weeks」は、そんなデザイナー起業家を育てるためのプログラムだ。
プレイグラウンドはカリフォルニア州パロアルトに本拠を置く。写真は建設中の新しいオフィス。
ルービンは、いつも顔を輝かせながらプレイグラウンドのミーティングルームに入ってくる。彼はよそよそしいとよく人からいわれるそうだが、ひょろっとした細身で少し禿げかかった頭、気取らないスウェットシャツにジーンズという出で立ちのいまの彼から感じるのは、強烈な情熱だ。
「君にホットケーキをつくってあげたよ! ボタンをひとつ押すだけでできるんだ!」。3枚の柔らかい円形の生地を見せながら、彼はそう声を上げる。ルービンは、かなりのガジェット収集家でもある。彼が今日持ち込んできた最新コレクション、スピーカーくらいの大きさの光沢のある金属製の箱は、ホットケーキ製造機だった。ルービンは、2枚のホットケーキを筒状に丸めて、口の中に押し込んだ。味は悪くなさそうだ。
世界を覆いつくし、
巨大なニューラル
ネットワークにデータを与え、
学習させようとしている。
新しいマシンが
その背後にあるAIを
より賢くし、そのAIがさらに
いいマシンを生み出す、という
正のフィードバックループが
できるだろう。
そんな子どものような好奇心をルービンがもつようになった最初の出来事は、1978年のことだった。ニューヨーク州チャパクアの高校生だった彼は、おもちゃのR2-D2のリモコンをPCに接続し、廊下から兄弟の部屋まで走らせるプログラムを書いた。「コンピューターにプログラミングしている子どもは、自分だけの世界に閉じこもっています」と、彼は言う。「でも、おもちゃのR2-D2をつないだコンピューターは、子どもを現実の世界に連れ出してくれるんです」
ルービンのロボット好きは有名だ。彼は、最初の2つの会社にロボットにちなんだ名前をつけている(アンドロイドの前の会社、デンジャーの社名は、映画『ロスト・イン・スペース』に登場するロボットに由来する)。この点で、プレイグラウンドというロボットとは関係ない名前がつけられた最初の会社がロボットを広く普及させようとしているのは、ちょっとした皮肉かもしれない。
ルービンは、今後の展開をこう予測する。今日のAI開発は、多くの労力を費やして大量のデータを収集し、巨大なニューラルネットワークを構築しようとしている。現状、ほとんどのデータはインターネットを通じて得られたものだ。フェイスブックはアップロードされた写真から顔認識によって人物を特定し、グーグルの「RankBrain」と呼ばれるアルゴリズムはユーザーの検索を詳細に調べて、新しいクエリ(検索条件)を分析している。マイクロソフトの「Skype Translator」翻訳は翻訳済みのウェブページや動画の字幕を大量に読み込んで、スペイン語の会話を英語に翻訳する。
しかし、忘れがちなことだが、現実世界はインターネットの外にある。AIがその潜在能力を最大限に発揮するためには、AIを現実世界に連れ出さなければならないとルービンは主張する。そのための方法が、周りの環境からテキストや画像はもちろん、音声や位置情報、天候、その他の計測可能なあらゆる情報を収集する機械を大量につくることなのだ。
ルービンは、こうしたデータ収集機で世界を覆いつくし、その巨大なニューラルネットワークにデータを与え、学習させたいと考えている。そうすれば、新しいマシンがその背後にあるAIをより賢くし、そのAIがさらにいいマシンを生み出す、という正のフィードバックループができるだろう。
プレイグラウンドのロビー。
かつておもちゃのR2-D2をプログラミングして遊んでいたルービンのロボット好きは知られている。
スタートアップたちが最新のデヴァイスを自由に手に入れることができるマシンショップ。
社内で見つけたアーケードゲーム。
プレイグラウンドのオフィスでは、あちこちでホヴァーボードを見ることができる。
プレイグラウンドのファブリケーションラボ。
スケートボードや自転車といったタイヤのついた乗り物も散在している。
Inside Playground ルービンの「遊び場」で見たもの
そのようなスマートデヴァイスの開発は、かつてないほど簡単になってきている。センサーやCPUは安価になったし、中国の製造業者は、スタートアップからの小ロットの仕事でも喜んで引き受けてくれる。しかし「かつてないほど簡単」というのは、裏を返せば「とても難しい」という意味でもある。プロトタイプを試作することができても、実際の商品を大量生産するのはまったく次元が異なる話だからだ。
このことは、もっとシンプルなハードウェアにも当てはまる。例えばクルマのダッシュボードに取り付けて、クルマが動き出すと録画を始めるヴィデオカメラの開発を考えてみよう(ロシアでは、ダッシュカムと呼ばれるこのような機器がすでに普及している。自動車保険の賠償額に上限があるため、事故にあったドライヴァーはなんとしても無実を証明しようとするからだ)。
この機器には、自動車の位置情報を取得して、走行経路を自動でアップロードする機能ももたせるとしよう。まず必要になるのは、「SOC」(システム・オン・チップ)と呼ばれる、CPUやSDカードインターフェイスなどの周辺機器をひとつのチップに収めた半導体部品だ。おそらく、液晶ディスプレイと画像処理プロセッサーを備えたカメラモジュールも必要だろう。電源管理回路をバッテリーにつなげ、GPSチップをアンテナに接続しなければならない。クアルコム製かそれと同等のチップに、無線インターフェイスと、場合によってはUSBコネクターを取り付ける必要もある。そのためには、また別のアンテナがいる。
これ以外に、デザインやソフトウェアについても同じような判断が必要になる。装置全体をできるだけ小さく収めることも重要だし、バッテリーを長持ちさせるために消費電力も抑えたい。もちろん、最も信頼できる部品を、できる限り安く入手することも求められる。さらにこれを市場に出すまでには1年やそこらかかるだろうから、そのころには現在の部品が旧式のものになっているかもしれない。だから1年後の部品を予測し、それを考慮した設計も必要だ。もし予測が間違っていれば、市場に出る前に生産中止になってしまうだろう。
あるレヴェルまで
つくり上げたら
無償で提供するという
やり方を信じているんです。
無償で提供すれば、
それを使って、
誰もが欲しいものを
つくれるように
なるのですから」
現在、ハードウェア関連の起業家はこれらの課題に自力で答えを出さなければならず、それが重荷となって実際の生産を諦めてしまうことが多い。幸い、ルービンもかつて同じ場所にいたことがある。Androidが販売される前のスマートフォンメーカーはみな、同じような試練と向き合っていたのだ(どうやってメモリーを管理するのか? コンテンツをウェブからダウンロードするにはどうすればいいのか? サードパーティのアプリを取り扱うべきか?)。Androidの無償提供によって、メーカーはもうそんな心配をする必要がなくなった。その結果、スマートフォンの種類は爆発的に増えたのである。
これこそが、ルービンがプレイグラウンドで構築しようとしているプラットフォームだ。ハードウェアとソフトウェアの基本部品を提供することで、起業家たちは魅力的なデヴァイスの開発に集中できるようになる。その部品を提供するのが、「スタジオ」と呼ばれる組織である。
スタジオは、ジェームズ・ボンドに「Q課」が果たしたのと同じ役割を、起業家に対して果たすのだ。例えば、ドローンを開発するために最高のマイクロフォンアレイ(複数のマイクロフォンを設置した、音の空間的情報を取得するための装置)が必要になれば、経験豊富なスタジオのスタッフがそれを提供してくれる(さらに彼らは、来年どんなマイクロフォンアレイが継続して使えるかも知っているので、自らの設計がこの先ももつかどうかの確証も得られる)。「(このプラットフォームでつくられるのは)モジュール型のハードウェアです」とルービンは言う。「いまから数年後には、実現したいアイデアをもってここに来れば、ぼくたちがそれに必要なモジュールを組み合わせてあげることができるでしょう」
当面、このようなプラットフォームを利用できるのはプレイグラウンドが投資をしている企業に限られる。プレイグラウンド内のスタートアップが、その製品を競合相手より早く、より的確に開発できるよう支援することが重要なのだ、とルービンは言う。しかし彼は、かつてAndroidを企業に無償で提供したのと同じように、このプラットフォームもいずれオープンなものにしたいと考えている。
「ぼくは、アイデアを育て、あるレヴェルまでつくり上げたら無償で提供するというやり方を信じているんです」と彼は言う。「無償で提供すれば、それを使って、誰もが欲しいものをつくれるようになるのですから」。「Kickstarter」を利用し、プレイグラウンドのツールを使える若者たちが、スマートハードウェア起業家の時代をつくるだろうとルービンは予想する。
もしこれが実現すれば、ルービンの会社は2つの点で恩恵を得る。1つには、商品化を目指す起業家の多くはプレイグラウンドに協力を求めるため、早い段階で投資する機会が得られるということがある。そしてより重要なのは、彼らの新製品の心臓部に、プレイグラウンドの技術が埋め込まれるということだ。かつてWindowsがPCに対して、あるいは、Androidがスマートフォンに対して行ったのと同じように、無数の機器に使われる共通インフラを提供することこそ、プレイグラウンドの最大の狙いである。
「ある種の標準化されたフレームワークが、次世代の魅力ある製品を生み出す鍵になる」。そう語るのは、ルービンと10年来の親交がある、Redpoint Venturesのジェフ・ブロディだ。「それこそがプレイグラウンドの背後にある、凄まじく大きな狙いなのです」
ここまで聞けば、彼らの「凄まじく大きな狙い」を、もう少し身近に感じるのではないだろうか。ここ数年間、テクノロジストたちはIoT時代の幕開けを予言してきた。サーモスタットや電球、冷蔵庫、そのほかのさまざまな機器がネットワークでつながり、お互いに通信するような時代だ。グーグルやアップル、サムスンといった企業は、そのような通信を行うエコシステムをそれぞれ独自に構築し、そこで使う製品をつくらせようと、競い合ってメーカーを説き伏せている。
しかしルービンは、これでは本末転倒だと言う。エコシステムは、人々に受け入れられた製品をサポートするために自然に生まれるものであって、最初からつくろうとするものではないのだと。プレイグラウンドの最初のステップは、新しい製品を開発するための技術をスタートアップに提供することであり、ネットワークはそのあとに現れるだろう。ルービンは言う。「ハードウェアのモジュールや技術を彼らに投資することが、次世代エコシステムの種を植えることにつながるのです」
プレイグラウンドが生まれた2015年は、さまざまな分野で「オープンソース化」が進んだ年だった。アップル、グーグル、そしてイーロン・マスク。テック界が「オープン」に向かう理由とは?
プレイグラウンドのオフィスには、自由にクリエイションを行える環境が整っている。天井からは一定の間隔でケーブルが伸びており、誰もがネットワークにアクセスすることができる。
いったん将来を見通したあとでそれがやってくるのを待つのは、ルービンにとって、交通渋滞にはまったような気分だという。「あるべき姿を直感したら、なぜいまはそうなっていないのかを考えるようにしています」とルービンは言う。それこそが、彼がプレイグラウンドを立ち上げ、スタートアップの創造活動に対する障壁を取り除こうとする理由である。
ジェネラル・マジックやRocket Science Gamesにてルービンやピーター・バレットとともに働く。その後、ウェブTV、無線産業向けにデータ分析を手がけるCarrier IQを共同創業。プレイグラウンドでは「Groundskeeper」としてスタートアップの支援を担っている。
スタートアップのなかには、プレイグラウンドの本社内に居を構えているものもある。プレイグラウンドの共同創業者で、アップル、ジェネラル・マジック、ウェブTVでルービンの同僚だったブルース・リークは、この仕組みの基本スタンスを「好きなようにやっていいこと」と表現する。
各企業には机と会議室が与えられるが、場所を変えたければ自由に移動してもいい。ネットワークケーブルは一定間隔で天井からぶら下がっているので、誰でも、どこからでも、プレイグラウンドの社内ネットワークにアクセスすることができる。もし新しいレンズや3Dプリンターが必要になったら、2つあるファブリケーションラボのどちらかに行けばいい。それらは元アップルのラップトップデザイナーと元スペースXのエンジニアが運営している。より複雑な要求がある場合は申請書類を書いて、スタジオのスタッフに提出すればいい。
この仕組みが生み出すのは、ルービンの頭脳を現実世界に投影したものなのだろうとわたしは想像する。それは、変革者たちが世界に飛び立つための「アイデアの巣」ともいえるかもしれない。
1999年、デンジャーをルービン、ジョー・ブリットとともに共同創業。2010年には、グーグルにAndoidハードウェアのディレクターとしてジョインしている。
2015年12月、わたしが2日間にわたってプレイグラウンドを訪問したとき、格納庫のようなオフィスには目がくらむような光景が広がっていた。ニューラルネットワーク向けの半導体を開発しているNervanaは、誰でもオンデマンドでAIにアクセスできるクラウドサーヴィスをローンチしようとしていた。そして別のスタートアップ・µAvionixの創業者ポール・ベアードは、彼が開発した軽量トランスポンダー(電気信号の送受信機)を、ドローンのリアルタイム追跡システムに活用する方法をリークと話していた。
複数の企業が集まってできたプレイグラウンドの組織は、それぞれの特技を生かしてスケールの大きな犯罪に挑む、“オーシャンズ11”の専門家集団に似ている。プレイグラウンドには、AIとドローンに特化したスタートアップに加えて、ルービンが明かしたものだけでも光学技術(マイクロソフトのHoloLensに似た拡張現実ヘッドセットを開発するCastAR)やIoT(Wi-FiとBluetoothを備えた施設モニターを手がけるConnectedYard)といった分野をカヴァーする企業がいる。それ以外の会社も合わせれば、彼らが抱える企業数は10を超える。これらの企業が製品を市場に出そうと必死に取り組むなか、プレイグラウンドは、ハードウェアやソフトウェア、ノウハウのライブラリーを着々と構築し始めているのだ。
もう少しオーシャンズ11のたとえを使うなら、ルービンと3人の共同創業者は、最後にもう一仕事やろうと集まってきた「白髪交じりのヴェテラン」たちだ。ルービンは、リークのほかに、ジェネラル・マジック時代からの同僚であるピーター・バレットと、デンジャーの共同創業者マット・ハーシェンソンにも協力を仰いだ。ルービンはまた、やり手の投資家グループも呼び寄せた。グーグル、HP、フォックスコン、Redpoint Ventures、中国でネットサーヴィスを行うテンセントなどが名を連ねる、3億ドルのヴェンチャーキャピタルファンドがルービンたちの挑戦を支援する。
1992年、アップルのQuickTimeの一部としてリリースされたビデオコーデック「Cinepak」を開発。ゲーム会社Rocket Science Gamesを共同創業したのち、ウェブTV、マイクロソフトなどを経て現職。プレイグラウンドではCTOを務める。
しかしルービンは、ただ陰で糸を引くだけの役割には満足しない。彼は、共通のプラットフォームを構築するだけでなく、彼自身でも製品を開発したいと考えている。彼がつくっているのは、スタートアップがもつ技術をさらに発展させるようなソフトウェアとハードウェアだ。その「知的財産」を、彼自身が利用しない手はないだろう。
ルービンは、彼自身の計画についてはあまり話そうとしない。だがしつこく食い下がると、実はクルマに取り付けるヴィデオカメラ、ダッシュカムを開発しているんだと明かしてくれた。それを、取得されるデータと引き換えに無償で提供する計画だという。そのデータを使えば、プレイグラウンドはこの世界をリアルタイムに可視化するマップを構築できるだろう。
ルービンはまた、「あまり話したくない」別のアイデアももっているという。そのアイデアを彼から聞いた者は、みな魅了されてしまうそうだ。「ルービンたちの計画はどれもクオリティが高いし、その多くは革命的でさえある」とテンセントの主任探査役員、デヴィッド・ウォラースタインは言う。「3〜5年以内に、プレイグラウンドは間違いなくわたしたちの度肝を抜くようなものを発表するだろうね」
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人知の及ばないAIがネットワーク化され、それにつながった無数のロボットがそこら中を動き回っている──そんな未来をルービンは想像する。
それは、普通の人々が考える世の中の進歩とは違うかもしれない。哲学者ニック・ボストロムは、彼の言う「超知能」の時代がやってくれば、人類は潜在的な脅威にさらされるだろうと警告する。イーロン・マスク、スティーヴン・ホーキング、ビル・ゲイツといった科学者や技術者たちも、ボストロムを支持し、同様の見解を述べている。だがルービンは、そのような脅威を明確に否定する。「ぼくは、スカイネットみたいなものは信じていません。信じているのは基本的に、テクノロジーは善のために使われるものだということです」
クライマックスは、
自律走行車の話ではない。
その先にやってくる、
わたしたちの生活の
隅々にまで行きわたる、
無数のスマートデヴァイスの
登場である。
ルービンのヴィジョンが正しいとしても、誰よりも短気な彼は、社会や文化、技術の基盤が十分整わないうちに行動を起こしてしまう恐れもある。実際、これまでにも何度かそういうことがあった。「デンジャーを考えてみればいい」。テック界のヴィジョナリー、ティム・オライリーは言う。「彼は正しかった。でも、早すぎたんだ」
ただ、たとえ早すぎる賭けであっても勝つことはある。ルービンは2004年、セバスチャン・スランに、自律走行車を開発するための資金として10万ドルを提供した。2人が初めて知り合ったのは、スランがドイツのボンで博士課程の学生をしていたころだ。2人が同じ研究用ロボットを購入したのがきっかけだった。
そのあと何年もの交流を経て、2人は親友になる。1999年にスランがスタンフォード大学で職を得たとき、ルービンは2日間の休暇をとってスランの住居探しを手伝った。スランが第1回「DARPAグランド・チャレンジ」(DARPAによるロボットカー・レース)に出るために自律走行車の開発資金が必要になったときも、ちょうどアンドロイドを始めたばかりだったルービンは喜んで支援した。「小切手を書いてくれたんです。会社の名前ではなく、彼個人の名前でね」とスランは言う。
それから数年後にスランは、当時のルービンが破産しかけていたことを知った。「嬉しくて涙が出ましたよ」と彼は言う。この話をルービンに尋ねてみると、彼は肩をすくめてこう言った。「ぼくは、いつだってお金を稼ぐ自信があるんです。ただ、そのお金を、ぼくが興味をもっていることや、何かすごいことをやってくれそうな人に使いたいだけなんです」
彼の信念は、将来を予見していたようだ。1年後、モハーヴェ砂漠で開催された第2回のDARPAレースに、ルービンはラリー・ペイジを招待した。そしてスランのクルマは見事優勝した。その2年後、ペイジはグーグルの自律走行車開発プロジェクトのリーダーとして、スランをグーグルに招くことになる。趣味として始まったものが、20年の歳月を経て、社会全体のあり方を変えるようなイノヴェイションになったのだ。
「実業」を実践し続けた楽器メーカーESP、DJ機器メーカーVestaxの創業者に学ぶ、会社づくりの真髄。「いい会社」をひも解く特集の第1回、椎野秀聰のストーリーも必見!
これまでに書いたことは、15歳のルービンがR2-D2をプログラミングし、兄弟の部屋まで走らせたときから始まった物語のひとつの章にすぎない。そしてこの物語のクライマックスは、自律走行車の話ではない。その先にやってくる、わたしたちの生活の隅々にまで行きわたる、無数のスマートデヴァイスの登場である。
24時間休まずに協調して働く機械知能が、わたしたちを見守る未来。それは、かつてのスマートフォン革命よりもさらに大きく、わたしたちの世界の見方を変えることだろう。ルービンは、そのときが来るのはまだ数十年先だと予想している。おそらくそれは、彼にとっては永遠と同じくらい先のことかもしれない。しかしわたしたちには、想像もできないほど速い変化に感じられるはずだ。まるで、タイムマシンを降りたときかのように。
特集:21世紀の「いい会社」論 1. ベスタクスの夢──椎野秀聰と世界を変えるものづくり2: 会社? いや、プレイグラウンドだ!
──Androidの生みの親がつくる「会社を超える会社」3: 会社には「変えてはいけないもの」がある
──ヤマトに学ぶGood Companyのつくり方4: B-Corpという挑戦──ミッションは「利益」に優先するのか?5: 法人の進化史──アメリカを動かす「身体としての会社」
PHOTOGRAPHS BY by JOE PUGLIES
ILLUSTRATION BY by LA TIGRE
TEXT BY by JASON TANZ
TRANSLATION BY by ATSUHIKO YASUDA @ XOOMS