名誉毀損「刑事」裁判が、結審
「グロービートジャパン・平和神軍事件裁判」の第21回公判が、12月17日、東京地裁の第428号法廷(波床昌則裁判長)で行われた。同裁判は、ウェブサイトの表現が名誉棄損で起訴された、日本で最初にして唯一の刑事裁判である。
訴えたのは「ラーメン花月」チェーンを運営するグロービートジャパン(東京都杉並区)。個人が運営するウェブサイト「平和神軍観察会」の中で、同社は右翼系カルト宗教団体「日本平和神軍」やニセ大学「イオンド大学日本校」(本校・ハワイ。文科省所管の「大学」ではない株式会社)との実質的な一体性があることを指摘され、営業的な損害を受けたとして、名誉棄損で同サイトの管理人を訴えたもの。
今回の公判では、弁護人による最終弁論および検察による論告が行われ、検察からは罰金30万円が求刑された。なお、刑法第230条では名誉棄損罪について「公然と事実を摘示し、人の名誉を棄損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役もしくは禁固または50万円以下の罰金に処する」と定められている。
表現の自由の重要性
さて、裁判の争点は、グロービートジャパンとカルト宗教に一体性があるとの指摘が、社会的に許容されるかどうか、いわゆる「表現の自由」が個人ウェブサイトにも認められるかどうかについてである。表現の自由は、明文規定のない「名誉権」とは違い、憲法上明記された基本的な人権である。日本国憲法第21条では「集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定められており、自由が義務を伴い内在的制約によって制限されるとしても、「表現の事前抑制は可能な限り避けなければならない」「規制するとしても必要最小限でなければならない」のは、憲法上当然のことである。
この点について、弁護人らは最終弁論において、この事件はインターネットの登場によって生まれた「悲劇的な事件であり、歴史的汚点ともいうべき事案」と指摘した。というのも、インターネット登場前なら、刑事事件として立件されなかったであろう表現が、権力を持つ側による「表現の自由に対する鈍感さ」によって起訴されているとしか考えられないからだという。
この鈍感さの背景には、インターネット上で頻発する名誉棄損やプライバシー侵害と、それを捜査する側の「慣れ」があるとのこと。昨今、ネット上の表現行為が刑事事件化することは恒常化しているが、立件された場合、ほとんどのサイト運営者や書き込みしたものは争うこともせずに罪を認め、侮辱罪等で略式裁判による判決がくだされているのが実情だ。そして、こうした事案でも、逮捕や家宅捜索などの捜査ノウハウは蓄積する。このような実務運用に慣れてしまった捜査側は、「表現の自由」の重要性への配慮を次第に忘れつつあり、ついには市民が開設した正当な告発サイトが名誉棄損罪で起訴されるという事件にまで発展したという。
被害者と加害者が逆転した裁判
また弁護人らは、そもそも、この事件は被害者と加害者が逆転したものであり、検察官の裁量権を著しく逸脱した違法・無効なものだとも指摘した。被告人は、グロービートジャパンからの執拗(しつよう)な嫌がらせや殺人予告などの脅迫を繰り返し受けており、検察はそれを認識しているにも関わらず、被告人のウェブサイトの表現のみを一方的に問題にした差別的な捜査、恣意(しい)的な公訴提起だという。
脅迫以外にも、グロービートジャパンは、社長の北条晋一(本名、黒須伸一)氏が証人尋問において「明らかな偽証」を行ってまで、被告人に刑事罰を科そうと企てる極めて問題のある会社であり、社会的に問題のあるグロービートジャパンを告発しようとした表現行為は褒められこそすれ、刑事罰を科されるいわれは全くないとしている。
なお、グロービートジャパン側から脅迫が行われたにも関わらずウェブサイトを継続していたことについて被告人は、「もし私がホームページを消してしまったら日本平和神軍、黒須英治氏や、その関連団体、企業全般について語ることはインターネット上でタブーになってしまう(中略)このような団体について事実を公開すること、やっぱりその警鐘を鳴らすことは誰がやらなければならない」と第20回公判にて証言した。なぜなら、グロービートジャパンはラーメンのフランチャイズ事業を一般に向けて行っている会社であり、関連団体においては反社会的な詐欺行為をするなど「彼らがやってきた反社会的行動、行為がさらに強まって、たくさんの被害者が出るんじゃないかと、そう考えたから」だという。
ネットの規制と委縮効果
ここで一つ述べておきたいことは、被告人はジャーナリストではなく、普通の会社員であることだ。その点において、職業ジャーナリストが大企業から損害賠償を求めて訴えられているオリコン訴訟などとは大きく異なる。一般人が雑誌や新聞などをもとにして作成したウェブサイト、今でいう「まとめサイト」「検証サイト」が刑事事件(すなわち公権力による規制)となっているのである。
これまで、表現の自由は、表現の手段を唯一持っていたマスコミを対象とすることが多かった。しかも、マスコミは当然、営利を目的としている。ところが、インターネットの登場により、誰もが無料もしくは非常に低額な収入・支出の範囲で表現が可能となった。当然、取材範囲にも限界がある。にもかかわらず、「マスコミ記事だけのソースでは、裏取りが不十分」とされてしまえば何も書けなくなるのは明白だ。
判決は、2008年2月29日(金)の13時30分から428号法廷にて言い渡される。インターネットは市民の自由なメディアなのか、権力者が金もうけや広報に使うための便利な道具にすべきなのか、裁判所の判断が示される。