手塚治虫『アポロの歌』が、Amazonキンドルセールで今月99円。あと数日なので急いで。

1970年に神奈川県で有害図書に指定された手塚ヤバイ系作品だ。
エロいし、狂ってるし、めちゃくちゃなのである。
この1970年は、永井豪「ハレンチ学園」のエロ描写、ジョージ秋山「アシュラ」の人肉描写、そして手塚治虫の「アポロの歌」のセックスシーンと問題漫画の当たり年だ。
手塚治虫の問題作『アポロの歌』は激ヤバいうえに愛して死んで愛して死んで愛して死んで愛して狂って
手塚治虫『アポロの歌』Hヤバいよ

全裸マン、ひとりを除いて全員死亡


いきなり同じ顔の全裸の男がうじゃうじゃいる。
真ん中の男が、「諸君! われわれ五億の仲間はたったひとりの女王をめざして これから命をかけた競技をはじめる!」と宣言。
見開き2ページで、柔らかな穴の奥深くへ走っている五億の全裸男の背中が描かれる。
ドンドンドロドロドンドンドロドロ。
何のオノマトペかわからぬ音を立てながら、踊り狂い全裸マンたちは女王を探す
全裸で、手塚独特のエロやわらかなラインで、女王が、お尻突き出しお出ましになる。
全裸マンひとりが女王のもとに辿り着くと、他の男たちが絶望の声をあげる。
「死ぬのはいやだよーっ」
ページをめくると真っ暗。無数の男たちの死骸。その奥に光る球。

胎児の誕生である。
そして、ようやくタイトル画面。アポロの歌!
なんつー始まり方か。

電気ショックでモヤモヤを解消


物語は、精神科診察室からはじまる。
「はげしい加虐性……ことに動物に対する以上な憎悪と凶暴な殺りく……なぜ動物が憎いのかね?」
少年は答えない。
このままではいまに殺人しかねないということで、いきなり電気療法をはめる。
電気ショックでモヤモヤをとりのぞくんだ、という乱暴な展開である。
気を失った少年は、ギリシア神殿のような場所で目を覚ます。
女神の像に、問われるままに子供のころ母親から受けた虐待エピソードが語られる。
このころのマンガは、こういう描写に遠慮がないね。
詳しくは読んでもらうとして、「どうして生まれたの……ぼく……」と泣きながら質問する子供に答える母のセリフが身も蓋もない。
「どうしてって男と女とがくっつくと できちまうんだよ子どもが!!」

合体したら死ぬんだよ


女神像は宣告する。
愛の美しさととうとさを軽蔑するおまえは、そのむくいを受けねばならぬ、と。
そのむくいとは、こうだ。

「そなたは何度も ある女性を愛するであろう。だが……その愛が結ばれる前に女性かそなたかどちらかが死なねばならぬ! そなたは死んでもまた生まれ変わってべつの愛の試練を受けるのだ そなたは苦しむのだ永遠に!」

と、エロあんどダークな展開にならざるを得ない設定である。
だが、それだけでは収まらない。
連作短編的に、「何度もある女性を愛し、結ばれる前に死んでしまう」というエピソードが繰り返されるのだろう、と読者は予想する。
いや、手塚治虫もそのつもりで描いていたはずだ。

エロとロミオと動物の島


たしかに最初は、構成通りに進む。
最初のエピソード。少年はドイツ兵として目覚める。
恋する女性は強制収容所へ連れて行かれようとしているユダヤ人だ。
「ロミオとジュリエット」級の愛と死と誤解と理解の混在したラストシーンは美しい。
美しいといっても、死んじゃうし、目覚めると、再び精神病院。
「ちくしょーっ おれをこんな気持ちに……ばか!!」と泣き叫ぶ独房の中の主人公の姿が描かれるのだから、後味は悪い。

第2エピソードは、エロ動物島に流れ着いた男と女の物語。

という奇想っぷりに頭が噴火しそうになるが、宣言通りのラストシーンを迎える。

このあたりまでは、エロダークだが、手塚治虫らしいといえば手塚治虫らしい。

どうしていいかわからないので狂人を出します


ところが2巻から様子が変わってくる。
あまりのエロダークしばりの設定につらくなったのか、新しい展開を思いついてしまったのか、奇妙な展開にズレはじめるのだ。
何度も生まれ変わって、女性を愛し、結ばれる前に死んでしまう、という設定が消える。
精神病院患者としての主人公の現実が描かれるのだ。
おそらく手塚はこのあたりで、どう展開しようかと悩んでいる。

主人公が中庭に出る途中で、他の患者を見て、医者が狂人の説明をするシーンがえんえんと続く。
ゆかいになってベラベラとしゃべりつづける者、手足を意味なく動かしつづける者、人が死ぬのがおもしろくてすぐ人を殺す者……。
次々と紹介される。

ストーリーをどう進めるべきか決まらないが、締め切りが近づいてくる。そんなときどうするか?
という問いに夢枕獏は、こう答えた。
“そんなときは勇気を持ってストーリーを進めないように”するのだ。

“ストーリーが進まないベッドシーンやファイトシーンを書いたり、あるいは道草をしたりして、なんとか一話を持たせるのです”。
男女の営みシーンの意外で絶大な効果。ベストセラー作家・夢枕獏が語る書く秘訣

手塚治虫は、ベッドシーンではなく、つぎつぎと狂人を紹介することで1週しのいだのではないか。
狂人の紹介、精神病院からの逃亡と、刺激的なシーンの連続で、ダレさせないのはさすがだ。
だが、山奥の山荘で、女の子に「洞穴のツララをとってきて」と言われて、溶けてしまうので猛スピードで走るという展開には、手塚自身の狂気か、多忙さゆえのやけくそか何かを感じざるをえない。

湖のまわりと二十回ぐるぐる回ります


湖で水浴びをしている女の子の服を盗んで、通せんぼをして、(以下、正確にセリフを引用します)
「とおりゃんせとおりゃんせウフフフ フフフフ……ハーハハハーハーハー」
「いじわる」
「ギャハーハーハーハーヒヒーヒー」
「やめてーっ」
「おれの服どろぼうーっ」
「くそっ逃げるなんてひきょうだっ」
というセリフを交わしながら、なぜかふたりで湖のまわりをマラソンしはじめるのだ。
ああ、橋本忍の超奇作カルトムービー「幻の湖」は、この狂気のオマージュだったんじゃないか。
「フウ…ハア フウ…ハア もう…池のまわりを二十回まわった………… あいつただの女じゃないぞ」
えんえんと裸の男女がぐるぐると湖のまわりを走るマンガ。何を読んでいたんだっけ、おれは?
「あ……の…女めっ!! 太陽………青い太陽…」

殺す→復活する→ベッドイン→殺すの無限ループです


その後も何かが奇妙に狂ったチューニングのまま物語は暴走していく。
少年が目覚めるのは、公害で人が死んでしまった未来。
新橋から神田まで全部墓石でうめつくされているシーンは強烈だ。
しかも、この画は、オープニングで五億の精子でうめつくされていたシーンと、生と死の対比をなしている。
合成人間の女王との愛を描くラストの非現実世界エピソードは、初期設定を破壊するためか、女王は死んでも死んでもクローン人間として生き返る。
女王の死(しかも主人公の少年が殺すんである)と、女王クローン復活と、女王とのベッドシーンが、ぐるぐるぐるぐるとループで描かれて、「ギャハーハーハーハーヒヒーヒー」状態に読者をいざなう。


最後は爆発して愛を高らかに謳いあげればどうにかなります


輪廻転生、愛と憎しみ、合成人間、生と死。描かれているテーマは、まさに『火の鳥』と同じだ。
しかも、『アポロの歌』を描いていた1970年に、手塚治虫は『火の鳥』の鳳凰編復活編を描いている。
『アポロの歌』と『火の鳥』は強く照応している。

そして、全体の物語のラスト。
チューニングは狂いっぱなしで、でも盛り上げるだけ盛り上げるので、すごいことになる。性と生と死をテーマにして最後には大爆発するので、なにがどうすごいのかわからないぐらいすごいことになってしまうのだ。
絶妙な変形コマ割りテクニックも炸裂しっぱなし。読むがよろしい。

いや、しっかり構成された安心できる手塚作品を読みたい人は、読まなくてもいい。
チューニングが狂ったからこそ、手塚治虫の秘められた仄暗い欲望と狂気と、そして盛り上げるだけ盛り上げる暴走気味の展開を楽しみたい人は、読むがよろしい。

手塚治虫『アポロの歌』は、1巻がAmazonキンドルセールで2015年9月中99円。

手塚治虫『ザ・クレーター 1 』もAmazonキンドルセールで2015年9月中99円。こちらは、ツイストの効いた短編集。
学園紛争の大学を舞台にした怪談調の「溶けた男」、『三つ目がとおる』の原型であろう「紫色のベムたち」、儀式で首を切られるトラウマ必至の「いけにえ」、他全6編を収録。
(米光一成)
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