Google Wave についての簡潔なメモ
田崎晴明
物理学者として実際に研究や共著のための議論・作業に使うことをしばらく試みた段階で気づいたことを書いておく。
基本的には、ぼくが招待した人のために書いたが、隠すものでもないので公開する。(公開 2009/12/26、最終更新日 2010/4/25)
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Google が開発している、コミュニケーション、共同作業(など)のための新しいシステム(本家の web ページはこちら)。
メールのように次々とファイルを交換するのではなく、「一枚の紙」(=a wave)を複数の参加者が共同で編集していく。メール的にもチャット的にも回覧板的にも使える。playback という強力な機能があって過去の履歴が再生できる。
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簡単な説明とぼく個人としての期待を、こちらの web 日記に書いた。
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Wave と大文字で始めたらシステム全体のこと。
wave と小文字で始めたら一連のやりとりを一まとめにしたもののこと。
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現在は、Google が preview version を無償で使わせてくれている。これには宣伝も入らないから、純粋なサービスである。将来の構想がどうなっているのかはともかく、これだけのものを無償提供してくれている Google には感謝したいし、新しいシステムの構築を応援したい。
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共同研究や議論に使えるかどうかを真剣に検討している。電子メールでの議論は不自由だと感じているから。
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今のところかなり有望に見える。
ただし、現段階のバージョンにはいくつか不満があり(複数のblips をまとめてコピーする機能がない、編集能力が貧弱など)、それらが修正されシステムが安定したら実用になる可能性は高い。
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現段階では、いったん作った wave を消す方法はない。
また、書いたこと、アップロードしたファイルは全て保存される。
自分の書いたものが、永久に Google のサーバー上に残るのがイヤだと思う人は使わないほうがいい(しかし、ネット上に書いたものは消せないというのは Wave に限ったことではないが)。
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以前、「いったん wave の参加者として加えた人を除く方法がない」ことが欠点だと書いたが、今は削除が可能になっている。また、参加者は全員が対等ではなく、ある参加者を read only に設定することもできる(設定は後からも変えられる)。これは、根本的な改善で、Wave を本格的に使いはじめてよい時期が来ていることを意味すると思う(2010/4/25)。
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現段階の Wave は preview version というもので、完全に公開されているわけではない。
既に使っている人から招待してもらって登録すると使えるようになる。
短期間の観察の範囲では、招待枠は指数関数的に増えているようで(招待されて参加した人も、しばらくすると他の人を招待できるようになる)、かなり多くの人が使えそうだ。
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preview ということで、色々と不安定なところはある。そのつもりで使う。
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web ブラウザーだけを用いて使うのだが、そのためにかなり新しいブラウザーが必要。
ぼくは古い Mac では使えなかった。
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招待してもらう段階で Google のアカウント(gmail のアドレス)を持っていると話が早いみたいだが、必ずしも必要ではない。アカウントがない場合は、新たに作ることになる。
Google に依存するのが気に入らない人は(今は)使えない。
実践している使い方については「これは便利だ感」を星の個数(最高は 5 個)で表わしてみた。
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数人以上での会合の日程や時間の調整やプラン作りなど:これに優れていることは自明だが、関係者全員が Wave を使いはじめないといけないので、現段階では非現実的(ただし、職場で関係者全員に Wave を使ってもらうことをひそかに画策中)。ぼくも実際にはやっていない。
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共著論文などの共同のファイル置き場:(やっている ☆☆☆)
メールだと「最新のファイルを添付します」と書いてあっても最新じゃなくなる。
共通の置き場を作っておけば迷わず最新のファイルを見ることができる(もちろん、信頼性が保証されているわけじゃないから、オリジナルは自分でもっておくべし)。
ただし、現段階ではファイルの管理は不満。ファイル名や日付が表示されないのは困る。
画像ファイルについては、プレビューもでるし、進んでいる。
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共著の本や論文の修正等についての議論:(大いにやっている ☆☆☆☆☆)
今、共著の本の原稿の手直しや書き直しをしているのだが、これはきわめて有益。
疑問点や修正の提案などを次々と wave の中の blip にしていくと、共著者が、各々の blip に(一つの下の階層で)回答を書き、それに続けて対話もできる。本(や長い論文)の場合は全体ではなく、章(あるいは節)ごとに新しい wave を作るのがコツ。tag の本の名前が入っているので、一覧するのも楽。共著者としては、自分の時間があいたときにピントのあった部分に回答すればよい。メールだと答えないでいるうちに答えたかどうか忘れてしまうが、その心配もない。
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共著論文の構成や目次についての議論:(やっている ☆☆☆☆)
「地の文」にタイトルや目次のプランを箇条書きにして、一つ下の階層のコメントを足しながら、目次やタイトルを共同で書き換えていく。必要に応じて、Yes-No-Maybe gadget で意見を調整できるのも素晴らしい。
議論がすんだら、copy to new wave で「地の文」だけを抜き出せばよい。
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共著論文のレフェリーレポートの検討:(やっている ☆☆☆☆)
これも実に有効。「地の文」のレフェリーレポートを貼り付けて、あとは、一つ下の階層のコメントをそれぞれの場所にくっつけていく。コメントへのコメントでプチ議論もできる。
レフェリーの指示に従うべきかどうかなどの意見調整にも Yes-No-Maybe gadget がきわめて有効。
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共同研究のための大ざっぱなアイディアの出し合いや、文献紹介:(やっている ☆☆☆)
arxive へのリンクもはれるし、ファイルも置けるので快適。
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個人的なメモ:(やっている ☆☆)
ちょっとしたアイディアとか記録とかメモしたいことを、自分一人用の Wave に書いている。
パソコン上のファイルに書くのよりも散逸しづらいと期待するけれど、まだよくわからない。
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共同研究についての真剣な議論:
まだ本格的には試していない。しかし、簡単な議論をしていても、気を許すとたちまち分量が増えて収拾がつかなくなる。
多すぎる情報が受容できないのは、コミュニケーションシステムの問題じゃなくて、ぼくらの脳の仕様なので、何かを考えなくてはいけない。
いずれにせよ、皆が使いはじめれば、メールよりは確実にましだと思う。
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論文の共同執筆:今の段階ではエディターの能力などの問題から実質不可能。
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情報公開や不特定多数での議論:前者には通常の web、後者には通常の web 掲示板のほうが優れている。
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長くしすぎない:
長い wave は読みづらい。また wave を無計画に使っているとあっという間に異様に長くなってしまう。長くなってからでは対処しづらいので、事前によく考えて(というか試行錯誤しながら)長くなりすぎない工夫をする。
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タグをつける:
(大した技術ではないが)各々の wave に任意のタグ(目印となるキーワード)がつけられるのは便利。よく考えて、プロジェクトごとにタグを割り振るのがよい。
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なるべく分岐する:
たとえばレフェリーレポートについて議論しているうちに、関連する話題について話が発展することがある。
そういうときは、話を発展させるところで即座に新しい wave に移行するのが正解に見える。
(今の段階では、copy to new wave は一つの blip についてしか使えないので)話がはずんでしまってから新しい wave に移行するのは実質不可能だから。
もし新しい wave で話がはずまなければ、そのまま捨てればいい。
古い wave で話が分岐してしまうと収拾がつかなくなる。
言うまでもないことかもしれませんが、私の書いたページの内容に興味を持って下さった方がご自分のページから私のページのいずれかへリンクして下さる際には、特に私にお断りいただく必要はありません。
田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
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