「われわれがハードウェアを開発する理由は、Microsoftが目指す次世代のパーソナルコンピューティング環境をハードウェアとセットで提案することで、将来のビジョンを照らし、パートナーと共有するためだ」
かつて米Microsoftで上席副社長をつとめ、Microsoft Office、Windows 7、Windows 8の開発指揮を執ったスティーブン・シノフスキー氏は、2012年にニューヨークで初代「Surface」シリーズを発表した後、レドモンドの本社でその意図について尋ねると、そのように話したのをよく覚えている。
次期社長の有力候補といわれていた彼だが、その後、Windows 8の不評を1人で背負うと、追われるようにPC業界から離れ、Windowsはその後、タブレットとPCのユーザーインタフェースをいかに統合するかで試行錯誤を繰り返した。
Surfaceというブランドは、現在ではMicrosoftが開発するプレミアムなハードウェア全般で使われているが、Surfaceという単語の主な意味は「表面」や「表れる」というものだ。
Windowsという、本来は製品中に組み込まれるOS、また近年はクラウドに企業価値を見いだしているMicrosoftが、エンドユーザーと最も近い距離で交わり、コンセプトを指し示す製品シリーズ。内部ではなく直接、ユーザーが触れる製品という意味で、Surfaceという名称は、実にその位置付けを的確に表している。
最初の「Surface」「Surface Pro」が登場したのは2012年10月のこと。当時はタブレット端末が伸び盛りだった一方、コンシューマー向けPCの売り上げは伸び悩んでいた。
そこで、MicrosoftはWindows 8において、タブレット端末が提供する新しいユーザーインタフェースを取り込み、クラウド時代の新しいパーソナルコンピューティングを提案すべく、意識してそれまでに積み上げてきたWindows 7のフレームワークに、タッチパネルとペン操作のユーザーインタフェースを統合しようとした。
単にペンやタッチパネルを導入しようとしただけではなく、タッチ操作を前提とした新しい操作性や、クラウド時代のより高い安全性を持つアプリケーション動作のフレームワークを同時に導入したことで、従来ユーザーは戸惑いを隠せず、またタブレット端末としては精彩を欠くOSになっていたことは否めない。
シノフスキー氏は過去にもOfficeにおいて、既にツールバーでの操作に慣れたユーザーがたくさんいるにもかかわらず、リボン型ユーザーインタフェースを導入して賛否両論を呼び起こした人物だった。「中間」はなく、徹底して改良するのか(Windows 7)、あるいは新しい発展の基礎を作るのか(Windows 8)の両極を好む人物だった。
まずはPCの伝統的なユーザーインタフェースとタブレット端末を1つに融合した上で、タブレットの世界へと近づこうとしたのだろうが、道半ばにしてハシゴを外された後、Surfaceシリーズは改良ごとによい製品になっていく一方、シリーズとしての方向性には一貫性を感じなくなっていった。
Surfaceの製品はどれも素晴らしい。コストを下げることよりも、作りたい製品を作ることにフォーカスしたものづくりは、経験を積むことで研ぎ澄まされたが、「PCメーカーではないMicrosoft」が市場開拓のため、あえて製品を提供する、あるいは教育分野など特に重要と考えるジャンルに挑戦しているシリーズとは異なるものになっていた。
そうした意味では、今年、久々に「新たな市場を開拓する」意志を感じた、SurfaceらしいSurfaceが発表されたという印象だ。「Surface Pro」や「Surface Laptop」の新モデルは従来のリフレッシュでしかない。しかし、2画面端末の「Surface Neo」と「Surface Duo」はオーガニックには登場しようがない商品企画だ。
現時点でハードウェア、OSともに詳細な評価を行う段階ではないが、コストを十分にかけたメカニカル設計や、PCに近い使い方が想定されるSurface Neoは2画面に最適化したWindows OSの「Windows 10X」、スマートフォンの拡張ともいえるSurface Duoは「Android」をOSに採用するなど、極めて合理的な選択をしている。
SamsungやHuaweiのような、フレキシブルディスプレイを活用した「フォルダブル端末ではない」ことも、判断としては極めて妥当だと思う。
Androidを採用していることに驚いてる方も多いようだが、クラウドシフトが進行した現在のコンピューティングの枠組みを考えるならば、スマートフォン(あるいはそれに類似する製品ジャンル)のアプリケーションプラットフォームは、iOSとAndroidの2つに絞られる。
これは市場規模の問題もあるが、それぞれの開発ツール・環境に慣れた開発者、コミュニティーが既に支配的な位置にあるからだ。
Microsoftが「Windows Mobile」を提供していたころは、Windows 8に始まる一連の開発フレームワーク切り替え時期(タッチパネルやサンドボックス対応など)と重なっており、開発ツール・環境の刷新とセットで独自モバイルOSが組み込まれていた。
しかし、当時Microsoftがまだあると考えていた余白は完全に失われ、自身も撤退している。ならば、各端末が位置付けられているジャンルで支配的なOSに対応し、何一つ“漏れることなく”価値を提供できる方がいいだろう。
Microsoftはもともと、開発ツールと開発者コミュニティーの醸成で伸びた会社だ。事業の中心がOSライセンスそのものから、自社開発のOSとその上に構築したフレームワーク、ミドルウェアに移行した現在、エンドユーザー向け端末のOSが何かにこだわる理由はなくなったということだろう。
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