先のエントリは、多くの皆様が読んでくださったようで、ありがとうございます。
なぜ護衛艦”くらま”はコンテナ船よりも脆いのか? - リアリズムと防衛を学ぶ
ところが、私の配慮不足があったようですブックマークコメント欄ほかで、「なるほど、現代の『戦艦』は装甲が薄いのか」という感想を抱かれている方が少なからずいらっしゃいました。私の説明不足で、「戦艦」と「軍艦」を混同させてしまったようです。現代の海軍に「戦艦」は一隻もありません。ですが日本では戦艦ではない艦まで誤用でそう呼ぶことがあります。新聞社までたまに間違えているほどです。
そこで今回は「艦の種類」がテーマです。新聞やニュースにでて来やすい「護衛艦」「イージス艦」と「軍艦」など、そしてそれらとよく間違われている「戦艦」にしぼって解説します。
- 軍艦はカテゴリの総称、戦艦はその中の種類
- 戦艦はもう存在しない
- 戦艦はなぜ廃れたか
- 多用途につかえる駆逐艦がメイン
- ダース・ベイダーが乗っているのも駆逐艦?
- 「イージス艦」は防空戦闘のリーダー
- 「護衛艦」は何を護衛しているのか?
- 護衛艦は3種類あり、役割分担している
- まとめ
- 例題: 次の3つの文について、間違っている部分はそれぞれどこでしょう? また、それが間違いとなる理由は何故でしょうか?
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軍艦はカテゴリの総称、戦艦はその中の種類
「家庭用ゲーム機」に例えて考えてみましょう。古くはファミコンやセガサターン、最近ではプレイステーション4やニンテンドー スイッチ等、色々な種類があります。「ファミコン=戦艦」です。そして「家庭用ゲーム機=軍艦」だと考えてください。軍艦というカテゴリー、その一種類が戦艦です。
軍艦とは「”軍”隊がもっている”艦”艇」のこと。総称なのです。英語では「War Ship*2」といいます。
軍艦というカテゴリのなかに、多数の種類があります。戦艦、駆逐艦、潜水艦、それに輸送船や海洋調査船みたいな戦わないフネも含みます。軍隊がもってるフネはだいたいぜんぶ軍艦です。
よくある誤解は「戦艦=戦う艦」という語感から発しているのじゃないでしょうか。日本では「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦艦ナデシコ」ら、戦艦という言葉がアニメやマンガで氾濫しているせいもあるでしょう。軍隊がもっている艦の全て、あるいは戦う艦はぜんぶ戦艦だろう、という誤用・誤解があります。
ですが正しくは、戦艦は軍艦の一種類をさす名称に過ぎません。軍隊がもっている戦う艦をぜんぶ戦艦と呼ぶのは、プレイステーション4を指して「ファミコン」と呼ぶのと同じような間違いです。
戦艦はもう存在しない
戦艦長門(ながと)の砲撃(引用元)
では戦艦とは何か。厳密な定義は難しいのですが、要するに、他の艦種に比べて、最も強い大砲と、最も頑丈な装甲を積んだ艦です。英語で「Battle Ship」といいます。攻防とも最強を誇る、戦闘の主役です。
ですがそれは60年前の話。今では戦艦は廃れてしまいました。
ファミコンもまた、かつては一世を風靡したけれど、今ではもう普通のゲーム屋には売っていません。今でもファミコンで遊んでらっしゃるレトロゲーマーの方はけっこういらっしゃるらしいようです。
ですが海軍は趣味でやっているわけではないので、過去のものとなった戦艦は捨ててしまいました。せいぜい過去の思い出として、一部の国が記念に保存しているくらいです。
現代の海軍に戦艦は存在しないのです。
戦艦はなぜ廃れたか
戦艦が廃れたのは第二次世界大戦以降です。海戦の方法が大砲の撃ち合いから、航空機やミサイルによる戦いに変化したためです。
戦艦大和の主砲は40キロメートルも砲弾を飛ばせたといいます。ところが空母から発進した爆撃機は当時でさえ400キロ以上を飛んできました。戦艦は最大射程のはるか遠くから、一方的に叩かれるようになりました。
またそのように長距離戦になると、レーダーが頼りです。レーダーは装甲化できないため、戦艦のように重装甲を持っていても、レーダーを叩かれれば後は何もできません。(詳しくはこちら)
よって巨大な主砲も厚い装甲も無意味になり、戦艦という艦種は役に立たない無用の長物となってしまいました。
対称的に、WW2以降の陸戦で、その大砲と装甲によって不可欠の存在となるのが「戦車」です。この陸海の違いは、色々事情があるのですが、主には交戦距離の差によります。海戦の交戦距離は大きく開きましたが、陸戦は第二次大戦の頃も、そして現在でも、最後は敵を肉眼で見えるほど接近して戦うしかありません。主にこの差によって、陸では戦車が活躍した一方、海の戦艦は廃れてしまいました*3。
余談はともかく、現代に戦艦は存在しません。では現代の軍艦はどんな艦なのでしょう。空母については以前書いたので、今回は省き、他の艦を解説します。
多用途につかえる駆逐艦がメイン
空母を除いた現代の軍艦のなかで、もっとも中心的な役割をになうのが「駆逐艦」です。英語ではdestroyer(デストロイヤー)と言います。頭文字をとって、DDと略称されます*4。デストロイヤー、駆逐する艦というと何か恐ろしげですが、この言葉には特に意味はありません。歴史的な経緯でそう呼ばれているだけです*5。
現代の駆逐艦の実態は、多用途戦闘艦*6です。各種のミサイルを積んでおり、対艦、対空(戦闘機・ミサイル)、対潜水艦の全てをソツなくこなします。
世界の主だった海軍は駆逐艦を多数保有し、艦隊を組んでいます。ふつう、海軍がもっている大型戦闘艦はたいてい駆逐艦(DD)です。
駆逐艦の能力を簡略化して、小さく安く仕上げた廉価版がフリゲート(FF)です。それほど海軍を重視していない軍や、お金がない軍はフリゲートを多数そろえています。さらにお金がない軍は、さらに小型版のコルベットを持っています。
逆に駆逐艦の大きいものを巡洋艦(クルーザー:C)と呼ぶことがありますが、こちらを持っている国はほとんどありません。
空母をのぞく現代の水上戦闘艦艇は、ほぼ駆逐艦か、フリゲートかのどちらかです。その実態は、ミサイルを用いた多用途戦闘艦です。
ダース・ベイダーが乗っているのも駆逐艦?
(引用元)
この写真は映画スターウォーズでダース・ベイダーら銀河帝国軍がつかっている宇宙艦です。日本人的感覚では、こういうのは「宇宙戦艦」と呼びたくなります。
ですがこの艦の艦種名は「スター・デストロイヤー」といいます。ここでいうスターは星ではなく”宇宙の”という意味にとれます。つまり字づらの上では、ダースベイダーが乗っていたのは宇宙戦艦ではなく、「宇宙駆逐艦」だったのですね*7。
ま、これは映画の話であり、この艦種がなぜデストロイヤーと名づけられたのかは分かりません。スターウォーズの第一作*8が製作された時点で、すでにアメリカ海軍の戦闘用艦艇の多くは駆逐艦でした。そのため、ジョージ・ルーカス監督が設定を考えるとき、無意識に浮かんだのが駆逐艦だったのかもしれないですね*9。
まあSF映画の世界の話をあれこれ言っても仕方ないのですが、私はスターウォーズが好きなので採り上げてみました。では現実世界に戻りましょう。
「イージス艦」は防空戦闘のリーダー
有名な「イージス艦」というのは、「イージスシステム」を搭載した艦のことです。駆逐艦、巡洋艦、フリゲートのどれに積んでもイージス艦と呼びます。艦種ではなくて、通称なのですね。
イージスシステムは、飛来する敵対艦ミサイルを迎撃するときに大威力を発揮するシステム*10です。自分を守るだけではなく、艦隊全体を守ってあげる(艦隊防空)のが仕事です。自分が頑張るだけではなく、味方艦隊から発射する迎撃ミサイルを統制して、効率よく敵ミサイルに当てていく、という役割もこなすといわれています。
自分の仕事の手際もいいし、同僚に対して「貴方はこの仕事をやっておいて。君はこっちね!」とテキパキ仕切ってくれます。イーシス艦のイメージとしては、頑張り屋の学級委員長タイプを想像していただければだいたいあってます。
「イージスは何でも迎撃できるなあ」 「何でもはできないわよ。迎撃できるものだけ」
ふつうの駆逐艦すら揃えられない海軍が多いため、イージス艦をもっている国はごく少数です。そんな中、アメリカ海軍は、逆にイージス艦しか持っていません。アメリカの現有駆逐艦、巡洋艦は、すべてイージス・システムを積んでいます。ほかの海軍と比べると圧倒的なレベル差です。
ところでイージス艦は海上自衛隊ももっています。ですが海自が「駆逐艦」や「フリゲート」を持っているとは聞かない話です。ニュースで聞くのは「護衛艦」という名称ではないでしょうか。これはどんな艦なのでしょう?
「護衛艦」は何を護衛しているのか?
海上自衛隊がもっている「護衛艦」は、別に何かを護衛しているわけではありません。海自の護衛艦は「駆逐艦」の言い換えです。自衛隊は軍隊ではないので、少しでも平和的に聞こえるように護衛艦と言い換えているだけです*11。海外に対しては「デストロイヤー」と紹介されており、実態はふつうの駆逐艦です。
このような言い換えは他にもあります。海自では「軍艦」とは言いません。「軍艦」は、さきほど説明した通り、戦艦、駆逐艦、潜水艦など、軍隊がもっている艦艇の総称です。
ところが自衛隊は法的には軍隊ではありません。よって「軍艦」とは言わず「自衛艦」と言い換えています。海自において艦艇の総称は自衛艦なのです。ちなみに海自の全艦隊をあわせたものを「自衛艦隊」といいます。
軍艦=自衛艦、 駆逐艦=護衛艦 というわけです。
護衛艦は3種類あり、役割分担している
護衛艦は目的別に3種類にわかれます。昔はもっと種類が分かれていたのですが、今では新造されているのは3種類だけです。DD、DDH、DDGの3つです。
汎用護衛艦 バランスのとれたワークホース
第一に「汎用護衛艦」です。DDと表記されます。こちらは通常の駆逐艦とおなじ、多用途戦闘艦です。もっとも数が多い護衛艦です。
汎用護衛艦”たかなみ”型引用元
(追記)これの小型版としてDEという表記の護衛艦がかつて建造されていました。現在でも地方隊に所属しています。ですがDEがこれから再度建造される予定はありません。
ヘリコプター搭載護衛艦 艦隊の目
DDHひゅうが引用元
次にヘリコプター搭載護衛艦です。DDHと表記します。Hはヘリコプターの頭文字です。汎用護衛艦もヘリは積んでいるのですが、DDHは多数(3機以上)のヘリを搭載することで、常に1機を空に上げていられるのが特徴です。主に対潜水艦戦で活躍します。
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まとめ
海軍がもっている戦うフネのことを全て「戦艦」だと思っている方が多いのですが、これは誤りです。海軍の所有艦艇を総称する言葉は「軍艦」です。戦艦は軍艦のなかの一種類であり、しかも現在では存在しない艦種です。ですから現代の艦をさして「戦艦」と呼ぶのは、Wiiやプレステ3をさして「ファミコン」と呼ぶようなものです。
現代の軍艦のなかで戦闘用のものは、空母を除けば、駆逐艦とフリゲートがほとんどです。駆逐艦は対艦、対空、対潜をこなせる多用途戦闘艦です。フリゲートはその廉価版のようなものです。主要な海軍は駆逐艦をそろえ、海軍を重視していない国はフリゲートをそろえています。
イージスシステムを搭載した艦を、艦種に関わらず、イージス艦と通称します。イージス艦は防空戦闘のリーダーとして活躍します。
海上自衛隊は軍隊ではないので、軍艦を「自衛艦」、駆逐艦を「護衛艦」と言い換えています。護衛艦は汎用護衛艦(DD)、ヘリ搭載護衛艦(DDH)、ミサイル護衛艦(DDG)の三種類にわかれています。
例題: 次の3つの文について、間違っている部分はそれぞれどこでしょう? また、それが間違いとなる理由は何故でしょうか?
- 自衛隊が保有する最大の軍艦は、汎用護衛艦「ひゅうが」型だ。
- アメリカ海軍が保有している戦艦は、すべてイージス艦である。
- アメリカ海軍の軍艦とイージス艦が、横須賀港から出港した。
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故・堀氏と故・江畑氏の仕事です。であればもちろんいい本です。現代の軍艦を空母から小型艦まで、艦種ごとに解説しています。兵器から運用、また発展の歴史まで簡明に解説されています。
*1:ちなみに、他にどんなゲーム機を知ってる?と聞くと、「セガサターン・シロ!」とのお答え。母上、それも機種名じゃないんだ
*2:他、fighting Ship/ man-of-war とも。江畑謙介著「兵器の常識・非常識 上巻p137による
*3:距離の差がどう関係するかについては、例えば以下のような理由が挙げられます。第一に接近戦なら、レーダー等のアンテナが壊されても、それだけで戦闘能力を失う、ということはありません。第二に距離が近いため海戦のように敵ミサイルが空中にある間に撃墜する時間的余裕がほぼ存在しません。最近は対戦車兵器については空中撃墜の方向性が探られていますが、戦車砲弾の撃墜は当分不可能でしょう。また、距離以外の要因として、防御すべき表面積の差と、地形障害の有無、そして軍艦と戦車の任務の違いを挙げることができます。
*4:ただのDだと他の単語の一部かと誤読されてしまうのでDD
*5:昔は魚雷艇を駆逐して戦艦を守る艦だったので、そう呼ばれていました。今では魚雷艇が消滅し、戦艦もなくなり、駆逐艦という名前だけが残りました
*6:「戦闘艦」を戦艦と略すると混乱するので、気をつけてください
*7:とはいえスター・ウォーズの世界では大型宇宙軍艦はすべてデストロイヤーというみたいです。また、その運用法は現代の駆逐艦とは似ても似つきません。
*8:エピソード4
*9:星々を駆逐するという意味でデストロイヤーとつけたという説もありますが、惑星破壊能力はデス・スターしか保有していないので、これはおかしいと思います。あるいは単に語感の問題で、バトルシップよりデストロイヤーの方が悪そうだから、悪役の艦の名前に採用したのかもしれません。まあその辺りをアレコレ考えるのもファンの愉しみということで
*10:ソフトウェアを核に、優れたレーダーと対空ミサイルをあわせた武器システム全体
*11:言い換えにあたって「護衛艦」の語が選ばれたのは、恐らく太平洋戦争の反省でしょう。商船や貨物船の護衛に力をいれなかったため、アメリカに大敗しました。とはいえ、当時の日本には、船団護衛に避けるような国力はそもそも無かったという意見もあります。