アプリケーションのレスポンスを向上させるネットワーク高速化技術は、今までエンタープライズ企業の拠点間接続に利用が限られていた。しかし、企業が保有するコンテンツが膨大になり、グローバル展開やクラウドの普及が進んだ昨今を考えれば、もっと適用範囲を拡げるべきであろう。
グローバル展開で必須になる新しい高速化のニーズ
3月5日に「中国とのCADの送受信をデジ活ワイドで高速化した市光工業」という事例記事を掲出した。内容としては、日立ソリューションズのファイル送受信サービスを使って、CADファイルの送受信にかかる時間を大幅に短縮したというものだ。事例を読んでいただければ分かるとおり、「5時間かかっていたファイル転送がたった1分で」とのことで、ユーザー側の担当者に「この数値は本当か?」と確認したくらい。導入効果はきわめて高いといえよう。TCPを筆頭にインターネットのプロトコルの無駄は以前から指摘されているところだが、そこに少し手を入れるだけで、送受信の非効率性は大きく解消されるわけだ。
確かにIPでつながっていれば通信はできるが、現実的なパフォーマンスを得るには、帯域と遅延の課題をきちんと解決しなければならない。広帯域でプライベートのWANを導入するのが最適だが、コスト的に見合わないと感じるユーザーも多い。特に長距離で遅延の大きいグローバルでの通信では、なんらかの高速化技術が不可欠だと思われる。
とはいえ、グローバル展開を行なっている企業でのファイル転送の高速化というネタは決して真新しい訳ではない。事例のポイントはWANではなく、インターネットを利用している点、そしてアプライアンスではなくサービスを導入している点だ。
今までグローバルでのファイル転送の高速化といえば、世界中の拠点をWANで相互接続するような大企業がメインであった。たとえば、日立製作所と本田技術研究所とタッグを組んで開発された「日立WANアクセラレータ」は、まさにこうした大企業のニーズを満たすもの。各拠点にアプライアンスを設置し、WAN経由でのファイル送受信を高速化するというソリューションである。WAN高速化のソリューションが登場して時間が経つが、今まではこうしたアプライアンスとWANを組み合わせた高速化がメインであった。
これに対して、自動車会社に部品を供給する市光工業のような中堅企業になると、グローバル展開が必須にもかかわらず、アジア諸国の拠点とWANで接続するのは厳しい。WAN高速化のアプライアンスも高価で、全拠点に導入するのは難しいだろう。おのずと、アプライアンス不要でアカウントさえ発行してもらえば利用できる、クラウド型サービスのほうが導入しやすくなる。
CDNよりも企業向けの高速化サービスが必要
もちろん、アプライアンスではなく、クラウド型とも呼べる高速化やバイパスサービスは、以前から存在していた。ユーザーの至近にキャッシュサーバーを配置したり、通信事業者間のホップをバイパスするような仕組みで、コンテンツの送受信を速くするものだ。だが、多くはCDN(Contents Delivery Network)と呼ばれるサービスプロバイダー向けのサービスで、一般企業がグローバルでの情報共有で利用できるものはあまりなかったといえる。
しかし、前述した製造業のCADデータしかり、動画データしかり、ログやSNSなどのビッグデータしかり、一般企業がコンテンツプロバイダー並みのデータの種類と量を持つ時代だ。また、クラウドが一般化するとともに、ユーザー拠点とクラウド、クラウド間をつなぐ通信もどんどん増えてくる。今後、より低廉で使いやすい企業向けの高速化サービスが求められるようになるだろう。
先日、発表されたリバーベッドとアカマイの提携も、企業のコンテンツプロバイダー化という文脈に沿った流れだ。会場で聞いたところ、アカマイ自体はサービスプロバイダーだけではなく、エンタープライズの企業ユーザーを拡大したいというビジネス面での野心がある。一方で、リバーベッドは、グローバルWANを導入する余裕のあるエンタープライズでの実績は高いが、前述したような中小企業や大企業の拠点間接続の需要を増やそうとすると、インターネットやクラウドベースの高速化ソリューションは品揃えとして必須になる。これら両者の欠けたモノを補完する今回の提携は、利にかなったものといえるだろう。
今後、WANとインターネットを統合したこうした「ネットワーク高速化」は、企業のグローバル化やクラウドの活用、ビッグデータ運用で重要視されてくるに違いない。技術の面ではかなり枯れた感のある分野なので、より一層のコモディティ化が普及の鍵となるだろう。
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