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申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。 |
経営者が騙されやすい言葉がある。「経営のムダを省きましょう」。
なぜなら経営者こそ肥大化した組織にムダが多いことを自覚しているからだ。しかしそこで言いくるめられると、あらゆるものをムダだと誤解して、根源的な競争力をゴミ箱に捨てることになりかねない。
現役の経営コンサルタント、カレン・フェランが著した『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』(大和書房)では、「戦略計画は何の役にも立たない」「最適化プロセスは机上の空論」など、コンサル企業の経営改善プランがいかに役に立たないものであるかをズバリ切り捨てている。
同じことはITの世界でも起きてきた。とりわけ有名なのはERP(統合業務パッケージ)の話だ。
ERPは簡単に言うと、部署ごとに手作りしてバラバラになっているシステムをパッケージに一本化することでムダを省きましょうという発想の商品だ。たとえば化学業界では、どの化合物を混ぜ合わせるかの組成情報がERPに登録され、購買・調達から生産管理、在庫管理に会計処理などがすべて同じシステムで出来るようになっている。
だが数年前、ある大手塗料メーカーで悲惨な事件が起きた。化学系のERPモジュールを導入した途端、納期が遅れ、余剰在庫が増え、歩留まりが下がるようになったのだ。要はムダが増えてしまったのである。原因は何か。ERPはざっくり「化学業界向け」のパッケージとして売られていたためだ。
たとえば塗料の世界で、ピンク色のペンキを作るときは白と赤を混ぜ合わせる必要がある。商品である白のペンキは、他のペンキの材料にもなっているのだ。しかし一般に、ERPはそうした情報が登録できなかった。材料の所要量を計画して「何日までにこれを作りなさい」という情報を割り出すようにしか作られていない。
ERPは「水色を何日まで、白を何日まで」という生産計画を出してくる。だが「ERPが言うとおり作るより、最初から白ペンキを作っていたほうが生産性は上がる」というのを現場は分かっている。振り返れば、社内の情報システム部門とシステム会社が作ったシステムの方が効率的だったのだ。
ところが、本当に現場のことが分かっていない経営者やシステム責任者は、逆に現場をシステムに合わせようとする。手作りのシステムと違ってERPはカスタマイズが難しいため、「ムダを省きたいなら生産現場を型にはめる必要がある」という。それでは本末転倒だ。
競争力はそもそも型にはめられないプロセスを指す。だからこそ差別化要因になるのではないか。
もちろんERPによってムダを省き、事業効率を高めて成功している企業もある。重要なのは見極めだ。オペレーションの最適化によって競争力をつけても、効率化ありきで事業プロセスを圧迫してしまっては意味がない。ERPで懲りたかと思いきや同じことがふたたび起きようとしている。舞台は、社内の情報システム部門とクラウドサービスだ。勘のいい方は何が起きるかお気づきだろう。
安易なクラウド導入が、ごく平和な一般企業にどんな悲劇を招くことになるか。「アスキークラウド2014年6月号」でも詳しく取り上げている。