2017年に鮎川哲也賞受賞作『屍人荘の殺人』でデビューした今村昌弘さん。意表を突くクローズドサークルの設定が話題となり、年末の各ミステリランキングで1位になり、本格ミステリ大賞も受賞。第2作となる『魔眼の匣の殺人』も期待を裏切らない内容で、今後の活躍が楽しみな新鋭です。でも意外にも、昔からミステリ作家を目指していたわけではなかったのだとか。ではどんな本が好きだったのか、そして作家を目指したきっかけは?
取材・文/瀧井朝世 ―WEB本の雑誌「作家の読書道」2019年4月26日
今村昌弘(いまむら・まさひろ)さんについて
1985年長崎県生まれ。岡山大学卒。2017年『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作は『このミステリーがすごい!2018』、〈週刊文春〉ミステリーベスト10、『本格ミステリ・ベスト10』で第1位を獲得し、第18回本格ミステリ大賞[小説部門]を受賞するなど大きな反響を呼んだ。続編に『魔眼の匣の殺人』がある。
その1「シリーズものが好き」
―今村さんはプロフィールには長崎県生まれとありますね。
今村:そうなんですが、両親は関西に住んでいて、母の里帰り出産だったんです。落ち着いたらもう関西に戻ったので、ほとんどは関西で育ちました。
―では神戸で育ち、大学進学で岡山に行ったわけですね。さて、一番古い読書の記憶を教えてください。
今村:母がもともと保育士か何かをしていて、家にはわりと絵本がたくさんあったので、それを読んでいた記憶があります。かこさとしさんの『だるまちゃんとてんぐちゃん』とか、今までタイトルをすっかり忘れていたのですが、香山美子さんの『どうぞのいす』とか。そうした絵本を自分で引っ張り出してきては、繰り返し読んでいました。
―ご兄弟はいらっしゃいます? なにか影響を受けたかなと思って。
今村:2つ上の姉がいるんですが、姉は別に読書家ということはなかったです。僕も、みんなと同じくらいで、特別本好きということでもなかったと思うんですけれど。
ただ、母がなぜか国語系の宿題にすごく厳しかったんです。小学校低学年の頃、朗読の宿題があったんですね。「家に帰ってここからここまでを3回読んできなさい」みたいな。それをすごく真剣にやらされるんですよ。「聞いてるから朗読しなさい」と言われ、途中で詰まったりすると叱られる。『モチモチの木』の夜中におじいさんにおしっこに連れていってもらうシーンなんかは、孫を安心させながらおしっこをさせるおじいさんの気持ちにならなくちゃいけなくて。アナウンサーも真っ青の指導を受けました(笑)。
―まだ小学生なのに(笑)。
今村:そんな感じで鍛えられ、小学校で本読み大会みたいなイベントがあると、必ずクラス代表に選ばれていました。
宿題の話でいうと、夏休みの宿題も僕の学校は自由課題だったので読書感想文は書かなくてもよかったんですけれど、家で絶対に書かせられていました。本に鉛筆で線を引いて番号をつけて、チラシの裏の白いところに、その番号の場面で何を感じたのかを箇条書きにさせられて。それを組み合わせてまとまりのある文章にしなくてはいけませんでした。「これ、授業でやることじゃん」って思いながら(笑)。読書感想文のコンクールでも佳作に入って朝礼で名前を呼ばれていました。
―文章を書くことは好きでしたか?
今村:いえ、当時は全然好きじゃなくて。読書感想文も小学校5、6年生の頃には、感想を書きやすい本を選ぼうという考え方になっていました。「自然破壊反対」みたいなことが言いたいんだろうな、などと結論ありきで本を選んでいましたね。
―ご両親は他のことも厳しかったですか?
今村:うちは両親が九州出身なんですが、ちょっと考えが古臭いというか。当時テレビゲームが出始めていたんですが「あれをやったら馬鹿になる」と言って、遊ばせてもらせませんでした。漫画も「あれを読んだら頭が悪くなる」と言って買ってもらえなくて。『クレヨンしんちゃん』も流行っていたのに、「大人を呼び捨てにするような礼儀のなっていない子どもだ」と言って読ませてもらえず。テレビもアニメは「ドラえもん」くらいしか許されていなかった。「ドラゴンボール」も見ていないんですよ。今考えると面白いんですけれど、バラエティ番組も、ダウンタウンの番組は駄目なのに、なぜか「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」は見せてもらえました。あれはいろんなことに挑戦する番組だったからよかったのかもしれません(笑)。
―いろんなことが駄目ななか、本はOKだった、と。
今村:OKでしたね。だから、本を読むことに抵抗のない人間に育ちました。お小遣いで漫画を買って帰ると怒られるので、小説を選ぶようにしていて。今でも母親がよく口にするんですが、地域の夏祭りに行ったらバザーみたいなところで古本が並べられていて、終わりの時間に近づいた時に「もうなんでも10円で持っていって!」と言っていて。そこで僕が買って帰ったのが、『宝島』でした。
―スティーブンソンの?
今村:はい。それを買って帰ってきたのが母親にとってはおかしかったらしくて。「夏祭りに行ったと思ったら『宝島』抱えて戻ってきた」って。そういう、冒険ものが結構好きでした。学校の図書館でもよく本を借りていましたが、世界の名作シリーズの『十五少年漂流記』とか『神秘の島』とかが大好きで。
当時、ルパンシリーズやホームズシリーズもよく読んでいましたが、冒険、活劇の部分が面白かったので、どちらかというとホームズよりルパンのほうが好きだったんですよね。ルパンシリーズに出てくるホームズって結構嫌な奴で、『奇巌城』で誤って女性を撃ったりするし。
―シリーズものを読んでいくのは好きでしたか。
今村:昔からシリーズものはとても好きです。『ズッコケ三人組』も当時出ていたものは全部読んでいました。そうした長いシリーズものをほとほと読んでしまって、それで小学生で手を出したのが夢枕獏先生の「陰陽師」シリーズ。学校の図書室にあったんです。図書室を一部仕切って、地域の人も利用できるようにしてあったので、それで地域の大人がリクエストして入れていたんでしょうね。小学生が読むとは思えない本もところどころにありました。『陰陽師』は分からないところもあったんですが、ファンタジーというか幻想小説というか、鬼だの人魚だのが出てきて面白かったという思いがあります。
―この連載を取材していると、はじめてのミステリ読書体験というとある世代まではルパンやホームズが圧倒的に多く、ある世代からは、『金田一少年の事件簿』やはやみねかおるさんが多くなるんです。今村さんは後者の世代だと思っていました。
今村:ああ、漫画は買えなかったんですが、姉が友人に借りてきたので『金田一少年の事件簿』は読みました。はやみねさんは僕はなぜか小学生の時でなく、中学生になってから読みましたね。それとミステリでいえば、図書館で借りていたのが『マガーク少年探偵団』のシリーズ。
―ああ、子どもたちが近所の謎を解くシリーズですよね。『あのネコは犯人か?』とか。
今村:そうそう。その子たちが一人ずつ、ちょっと能力を持っているんですよね。鼻が利くとか、ものすごく記憶力がいいとか、女の子はすごく行動力があるとか。わりとちゃんとミステリのトリックも使われていました。
ただ、密室の中で何かが起こって…というような本格ミステリの知識をはじめて与えてくれたのは『金田一少年の事件簿』になるのかな。でもだからといって、ミステリに傾倒することはなかったんです。当時は本格ミステリというジャンルがあることも気づいていなくて、新本格の作家の方たちの本にも行き着きませんでした。学校の図書館になかったですし。
その2「ライトノベルにハマる」
―中学生時代はいかがですか。
今村:小学生の時はお小遣いが月700円くらいだったんですけれど、高校生になって月1000円くらいもらえるようになって、通っていた塾の近くにあった古本屋さんで文庫本を買うようになりました。300円の本は高いので100円の棚から選んでいて、たぶん角川スニーカー文庫が多かった気がします。冒険ものが好きなこともあり、SFも読み始めて。憶えているのは、最初、100円の棚から三雲岳斗さんの『アース・リバース』というのを見つけたんですよ。スニーカー大賞の特別賞を受賞した作品で、1冊で完結する話なんです。それがすごく面白かったので「この人の他の作品も読んでみよう」と思い、三雲さんが電撃ゲーム小説大賞で銀賞を獲られた『コールド・ゲヘナ』も読んだら面白くて、それはシリーズとなっていたので最新作が出たら頑張って自分の小遣いで買うようになりました。今、自分が仕事をしてみると実感するんですが、ライトノベルって出るテンポがすごく早いじゃないですか。2、3か月おきに出してくれるから、読みたい作品の続きがすぐ出るのがすごく嬉しくて。本の中に挟まれている「何月の新刊」というチラシや、本屋さんの本棚の横に貼ってある新刊ラインナップの一覧を楽しみに見ていました。僕のライトノベルのはじまりは、たぶん三雲さんでした。三雲さん、今は『ストライク・ザ・ブラッド』という異能力バトルみたいなものなどを描かれていますが、以前は巨大ロボットが登場するSFも沢山書かれていて。僕はロボットが大好きなので、面白かったですね。
中高生の頃はライトノベルから面白そうなものを漁って読んでいました。『ブギーポップは笑わない』とか、『キノの旅』、『イリアの空、UFOの夏』とか。長谷敏司さんがスニーカーかでデビューされた『戦略拠点32098 楽園』というのは薄い本なんですが、それもすごく面白くて。戦う話ではないんです。宇宙戦争が繰り広げられている世界で、謎の惑星に不時着したサイボーグ兵が、その星になぜか一人で住むマリアという小さな女の子と出会うんです。その子が一緒に暮らしているのが敵軍のロボット兵で、敵同士だからいがみ合うかと思いきや、相手は「もう私に戦う理由はない」みたいなことを言い、不時着した側は「いや、今空の上で仲間たちは殺し合いをしているのになんでそんなに冷静に自分だけ平和に暮らすことができるんだ」となり、価値観の違いのぶつけ合いがあって…という。
―深遠なテーマが込められていそうですね。面白そう。
今村:たぶん、ガンダムを知ったのも中学生くらいです。アニメは見せてもらえなかったので、それもスニーカー文庫のノベライズで知ったんです。当時はたぶん、「X(機動新世紀ガンダムX)」が終わって「∀ガンダム」をテレビでやっていたくらいの頃です。ファーストガンダムなんかはアニメと小説で全然ストーリーが違ったりするんですけれど、それでも塾に行く前に本屋さんに行ってシリーズを買っていた憶えがあります。
―書店に行くのが習慣になっていたんですね。
今村:自分で本を探して買うという喜びをおぼえたんです。最初は古本屋から始まって、次第に新刊を買うようになって。高校でも読書はライトノベルが中心だったんですけれど、それで書店で見つけたのが、虚淵玄さん。今や有名なシナリオライターさんですけれど、その方の本がスニーカーで出ていて、それがアダルトゲームのノベライズだったんです。虚淵さんはニトロプラスというゲームメーカーのシナリオを書いていらして。そのメーカーの面白いところが、アダルトゲームなんだけれど色っぽくない話を作るというか。どの作品も、拳銃で撃ちあったり、日本刀で斬り合ったり、大型バイクを乗り回したりして派手なSFものの中に、申し訳程度に濡れ場を入れておく、みたいな特徴がありました。
―冒険ものの要素が詰まっていたわけですね。
今村:はい。もちろん当時は高校生だし自分のパソコンがなくてゲームもできないので、アダルトゲームのことは知らなくて。それで、たまたま『ファントム』という作品と『吸血殲鬼ヴェドゴニア』という作品がノベライズされていて、読んだら滅茶苦茶面白い。でも「原作はアダルトゲーム」って書いてあったんですよ。
印象に残っているので最近よく話すんですけれど、虚淵さんはあとがきで、要約すると「ユーザーを楽しませ、満足させる……それ以上の何物も求められないのがアダルトゲーム。何を標榜し擁護し攻撃するものでもない。ただ、娯楽でありさえすればいい」「このノベライズの話がきて、すごく申し訳なく思った。自分が楽しんでいるものは、普段は書店の片隅に置かれているからこそ楽しいものなのに、一般の人に向けてノベライズしたところで面白くないはずだ」と。でも「自分はニトロプラスの虚淵玄。覚えておいてくれたら嬉しい」みたいなことを書かれていたんです。つまり、当時の虚淵さんは、まさか自分が楽しいと思っているものがメジャーで通用するとは思っていなかった。でもその『ファントム』は売れ行きがよかったから2冊出て、2冊目のあとがきでは「自分がマイナー路線を歩む運命の星の下に生まれたことは疑っていない。ただマイナーリーグは自分の想像以上に領土が広く、自分が今までメジャーとマイナーを隔てるルビコン川だと思っていた場所は、いつもの通勤電車で何の気負いもなく渡河できてしまうんだろうか」っていうふうに書かれていたんです。
その後の活躍を見ていたら、アニメの「Fate/Zero」や「魔法少女まどか☆マギカ」、特撮「仮面ライダー鎧武/ガイム」といった、世間をビビらせるようなもののシナリオを書かれていっている。やっぱり面白いものを面白いといって全力で書かれている人のものって、こんな形で認められていくんだというのはすごく感じていました。
―高校生の時からずっと見てきたからこそ、実感されることですね。
今村:はい。今考えてみると、『屍人荘の殺人』で特殊な設定を思いついて躊躇せずに書けたのは、『吸血殲鬼ヴェドゴニア』とかを読んでいたことが大きい気がして。
あれは従来の吸血鬼ものとまったく違っているんです。吸血鬼に噛まれた高校生の少年がいて、2週間後に吸血鬼化する前に元の人間に戻るには、自分を噛んだ吸血鬼を殺さなければならない。しかも闘う方法が、自分の首を自分で切って、死にかけた状態になったら半吸血鬼化するので吸血鬼の力を使える、というものなんです。ダークヒーローみたいなものです。しかも改造した大型バイクを乗り回して、改造したショットガンを撃ちまくる。吸血鬼を探して、見つけた相手が自分を噛んだ吸血鬼でなくても、元の人間の姿に戻るまでは血が必要なので殺して血を吸う。それを夜な夜な繰り替しながら、2週間のうちに目的の奴を見つけなければならないっていう。吸血鬼ものって、こんなだったっけ、と思いました(笑)。もっとヨーロッパテイストで、金髪碧眼の美少年が出てくるといったイメージがあったのに、吸血鬼化してバイクを乗り回すなんて。
バイオレンスの部分も、当時は規制の緩いアダルト業界でようやく許されるくらいのきわどい表現方法だったりして。いわば「18禁」というのを逆手にとっていたんです。とりあえず濡れ場さえいれれば「18禁」というレーベルで売っていいんでしょ、他の部分は自由にやりますよ、っていう。要するに、文章で読んでいくノベルゲームをやっている。クリックするだけのノベルゲームよりももっと面白いゲームはいっぱいあるけれど、「18禁」にすることでそれを望む人に売れる。そのなかで面白いものを作るという、すごく上手な販売体系だと思いました。
―そうしたものに触れていたからこそ、柔軟な発想力で『屍人荘の殺人』を生み出せた、という。
今村:はい。それと、高校生か大学1年になった頃か、たまたま本屋で見つけたのが、米澤穂信先生の『氷菓』でした。僕は米澤さんが受賞された角川学園小説大賞のシリーズも結構追っていたので、『氷菓』とその次の『愚者のエンドロール』は最初にスニーカー文庫で出た時に買っているんです。それまでヒーローが活躍するものが好きだったんですけれど、『氷菓』は等身大のキャラクターで、事件らしい事件は起こらない。すごく地味なのに、物語が意外な展開を迎えて面白い、というのが衝撃的で。世界的名作って大きな出来事が起こる話が多いと思うんですけれど、日常の中で物語ができるというのがすごく新鮮でした。そこから米澤先生の本を追っていくうちに、先生が編者の一人を務められた『連城三紀彦レジェンド』を読んだんです。編者には綾辻行人先生や伊坂幸太郎先生、小野不由美先生もいて、それぞれお薦めの短篇を選んでいる。それで「ああ、面白い。連城三紀彦も読んでみよう」と思ったんですけれど、同じミステリといってもまた全然違うじゃないですか。それもすごく驚きました。
―そうですね、文体なんかもまた違いますし。
今村:最初は不倫とか、どろどろしたテーマを扱っているからとっつきづらい話かなと思ったら、もう何度も騙されて、騙され続けて、「この人の作品すごいなあ」と思って。
―何を読んだのでしょう。『戻り川心中』とか?
今村:それと、『夜よ鼠たちのために』。たぶん、大学生の頃だったと思います。