「水素社会」という言葉が世に出てしばらく経つ。東京五輪が開催されるはずだった今年は、世界に向かって日本が「一足お先に脱炭素・水素エネルギー社会に移行します」とアピールするはずの年だった。しかし、普通に暮らしているとなかなかその足音は聞こえてこない……。と思っていませんか。実は自分もそうでした。ところが、日本企業は地道に技術を固めていたのです。

(水素エネルギー関連のマクロな課題については、「日経ビジネス」2020年4月6日号のスペシャルリポートにも掲載しています)

長井雅史・千代田化工建設フロンティアビジネス本部水素チェーン事業推進部長(以下、長井):よろしくお願いします。私どもの水素の技術について、もうある程度ご存じなのでしょうか。

いや、すみません。もうド素人でありますので、ゼロベースでよろしくお願いいたします。

長井:それでは、簡単に。私どもの技術は「水素を貯蔵して長距離を輸送する」ためのものです。もちろん水素の長距離輸送は昔からある技術なのですが、いろいろ種類がありまして。

トヨタの水素燃料電池自動車「MIRAI」が発表されたころ、日経ビジネスでも「水素社会」を特集していました(こちらなど)。常温・常圧では気体の水素を、極低温に冷やして液化して体積を減らし、特殊なタンクローリーで運ぶんですよね? LNG(液化天然ガス)みたいに。

長井:はい。そちらは川崎重工さんが中心になって取り組んでいます。お話の中のLNGはマイナス162度に冷却することで、気体の1/600の体積にするのですが、水素の場合はさらに低く、マイナス253度にして1/800に圧縮して運びます。

実は取材前に泥縄で調べたのですが、ちょうど昨年末に初の水素運搬船が進水しているのですね(参考:「世界初、液化水素運搬船『すいそ ふろんてぃあ』が進水」)。

長井:そうですね。そして、水素の運搬方法はこれだけではないのです。その一つが私どもがやっていますメチルシクロヘキサンを使う、「SPERA(スペラ)水素システム」です。

めちるしくろへきさん、とは何でしょう。

長井:塗料の溶剤などに使う、トルエンはご存じですよね。常温では液体のトルエンに、気体の水素を化学反応させると「メチルシクロヘキサン(以下MCH)」という液体になるんです。そして、逆に水素とトルエンに分離することもできる。

水素を液体とくっつけたり、分けたりする技術、ということですね?

長井:そうです。有機ケミカルハイドライド法(ハイドライド=hydride、水素化)と呼ばれる手法です。

出所:千代田化工建設(以下、千代田化工)
出所:千代田化工建設(以下、千代田化工)
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水素とトルエンがくっついた状態、つまりMCHは常温で保管できるのですか。

長井:その通りです。化学反応を起こす際は高温(MCHにする際は250~300度、分離する際は350~400度)になりますが、MCHの状態ならば常温・常圧で大丈夫です。

容積の圧縮率はどのくらいですか。

長井:同じ量の気体の水素と比べると、約500分の1に圧縮されます。

圧縮率は冷却して液化して保管する方法より落ちるけれど、こちらは常温でいい。

長井:はい、常温・常圧で安定して貯蔵、そして輸送できるわけです。このMCHを、我々は「SPERA水素」と呼び、これを使った安全な水素エネルギーのインフラシステムを開発しています。

普通のコンテナで水素を輸送できる

ということは、水素を運ぶための専用船や専用のタンクローリーが要らないんですか?

長井:そうですね。実は2019年にすでにブルネイ・ダルサラーム国からの輸送が行われています。ブルネイ側でLNGプラントのプロセスガスから水素を取り出して、水素化プラントを造ってMCHを生成し、通常のISOタンク(編注:コンテナの標準的なサイズに合わせた外形を持つ液体輸送用のタンク)に入れまして、コンテナ船で運んできました。

普通のコンテナ船で、ですか。

長井:はい、一般のコンテナと混載して。

へえ……。現状の輸送能力はどのくらいになるのでしょうか。

長井:ブルネイ側の水素化プラントとこの運搬方式では、設備規模210トン/年です。これはMIRAIの燃料タンクにして約4万台分相当ですね。

出所:AHEAD、千代田化工
出所:AHEAD、千代田化工
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運んできたMCHは、日本のどこで水素に戻すのですか。

長井:川崎に脱水素プラントがありまして、こちらはこの4月に稼働します。それを待ってブルネイと川崎をつなぐこの水素サプライチェーンを今年の年末まで、実証実験で動かす予定です。運んできた水素は、隣接する東亜石油さんの発電所で混焼していただきます。

そんなうまい手があるのなら……

長井:2015年からNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)、三菱商事、三井物産、日本郵船、そして私どもで資金を出し合って技術研究組合「AHEAD」をつくり、SPERA水素システムの構築に当たってきましたが、いよいよインフラ全体の実証に入るわけです。

水素を輸送、保管するために、適切な容積に収めるには、極低温で液化するか、超高圧で圧縮するかしかないと思っていました。つまり、技術的に相当難しいハードルをクリアせねば、水素の貯蔵・輸送はできない、と。しかし、常温・常圧で可能にする手があるのですか。これができるのはトルエンだけですか?

一本杉 浩一・千代田化工建設水素チェーン事業推進部水素事業企画・開発セクション マーケティンググループリーダー(以下、一本杉):アンモニアでも同じ方法が可能で、研究していらっしゃるところがございます。

トルエンには、引火性がありませんでしたっけ。

長井:はい、トルエンは消防法では危険物に指定されています。その点ではガソリンと同じですね。

ガソリンと同じ。

長井:そうです。ですので、既設の石油化学系のインフラそのものが使えたり、そのインフラの技術がそのまま適用できる。これは非常に大きなメリットだと思います。

一本杉:後ほどまた細かくお話ししますが、水素の輸送技術には一長一短ありまして、どの技術もまだ商業化以前の段階で、今、実証に入ろうとしているところです。私どもの技術の最大の長所は、普通の、既存のインフラをそのまま使って、ブルネイから日本へ運んで来ることができる、というところです。

長井雅史・千代田化工建設フロンティアビジネス本部水素チェーン事業推進部長(写真:左)、一本杉 浩一 千代田化工建設水素チェーン事業推進部 水素事業企画・開発セクション マーケティンググループ グループリーダー(右)
長井雅史・千代田化工建設フロンティアビジネス本部水素チェーン事業推進部長(写真:左)、一本杉 浩一 千代田化工建設水素チェーン事業推進部 水素事業企画・開発セクション マーケティンググループ グループリーダー(右)

あ、水素を抜いた後のMCH、つまりトルエンはどうするんですか。

一本杉:日本で水素を取り出した後、残ったトルエンはまたブルネイに戻して、ぐるぐる回すことになります。

へええ……。しかし、そんなうまい手があるなら、もっと早く実用化されていても、と、素人的には思うわけですが。

一本杉:方法自体は、40年ぐらい前から知られていたのです。しかし、脱水素側、MCHから水素を抜き出す際の触媒を開発することが難しかった。

方法は分かっていても難しい、とは。

一本杉:より具体的に言いますと、「長期間、大量に、反応性能を下げずに水素を取り出すことができる触媒」を開発するのが難しかったのです。それを当社が達成して、実証実験中というわけです。

純度は下がるが、コストは低い

なるほど。しかし、その成功を知りながら水素そのものを冷却・圧縮する方法で挑んでいる企業もあるわけですから、やはり、冷却圧縮にもメリットはあるわけですよね。

長井:そうですね。我々の場合は「常温、常圧で液体」なので、先ほど申し上げたように、既設のインフラや技術が使えて、ハンドリングが容易。一方でデメリットは、水素を取り出したときの純度が実はそんなに高くない。トルエンが残ってしまう。

あれ?

長井:といっても、我々が最終目標にしているガスタービン発電所に導入するに当たっては、十分な純度があるのです。トルエンなどが微量入った状態で使われても問題はありません。

ともあれ、水素をそのまま液化するほうが、純度は高くできると。

長井:はい。そもそも、非常に高い純度にした水素でないと液化ができないのです。

では高純度の水素が望ましい用途といいますと……。

長井:その代表が、燃料電池自動車(以下FCV)です。液体水素の場合は輸送タンクから出てガスになった時点で、そのまま燃料電池に使える純度です。MCHから分離した水素をFCVに使う場合は、もう1回精製設備を通して純度を上げてから自動車に入れる、というステップが必要になりますね。

 なので、それぞれ得手、不得手があるわけです。規模や(輸送)距離や用途によって選択されていくのかなと思っております。

コストではどうでしょうか。既存の施設や技術を使える部分が多いなら、当然ながら、新しく液化水素の貯蔵・運搬インフラを造るよりは相当安いわけですよね。

長井:他社さんの試算は正直分かりませんが、研究機関が出されている書類を見る限り、設備費は我々のほうが安いですね。そして、やはりハンドリングが楽だというのは、需要が伸びて本当に数とか量が必要になったときは、非常にメリットが大きいのではないかなと思っています。

MCHならば、ガソリンスタンドやローリーのインフラがそのまま使える、ともおっしゃいましたよね。ものすごくざっかけな話ですけれど、もしガソリンスタンドに、脱水素プラントと、水素の純度を上げる装置を置けば、普通の自動車が給油するかのように、FCVへの水素燃料の供給が可能になる、と考えていいんでしょうか。

「水素燃料スタンド」がロードサイドに建つ日は来るか?

長井:今、言われたことは、大体こんなイメージだと思うのですが。

出所:千代田化工
出所:千代田化工
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長井:こちらは有機ハイドライド法のシステムを本当にシンプルに、最低限の要素で図式化したものです。この流れの中でいきますと、「貯蔵」というところから「脱水素」の間、今、ガソリンをガソリンスタンドへ運んでいるようなローリー車で運べるわけですから、確かに考え方としては成り立ちます。

おお。ガソリンスタンドが「水素燃料スタンド」になるかもしれない?

長井:ただし、この脱水素のために小さな化学プラントが、スタンドに必要になるわけですね。

それはあまり現実的ではないのでしょうか。

長井:供給すべき量に見合うものを考えると、やっぱりそれなりの大きさの設備が必要になります。今、街中にあるスタンドだとスペースが足りないかもしれません。とはいえ、貯蔵はガソリンなどと同じ消防法の規格にのっとったもので大丈夫ですから、スタンドの地下にあるタンクなどはそのまま使えるんですよね。地上に新しく作らなくてもいい。

新しい燃料を社会に導入していく上で、障壁が低いわけですよね。そういうところまで、もうお考えなんですか。

長井:実は考えています。ブルネイ-川崎間の実証実験は大規模に運ぶための検証をしているんですが、これとは別にNEDOさんの助成事業として、2016年、2017年にかけて、脱水素のための装置を街中のステーションなどに置けるように小型化する実証もやりました。

 その実証のときに目指したのは、システム全体を分割して、スキッド(底板がないパレット。大型の機械類の標準的な梱包に使われる)に乗せた状態で運べる大きさ、高さにすること。そういったことに挑戦して、それでも同じレベルの化学反応の性能を満たしております。なので、それを商品化していけば、水素ステーション向けにも使えるということになります。

※NEDO 水素利用技術研究開発事業(助成)「有機ケミカルハイドライド法脱水素設備の水素ステーション用小型化・低コスト化」 出所:千代田化工
※NEDO 水素利用技術研究開発事業(助成)「有機ケミカルハイドライド法脱水素設備の水素ステーション用小型化・低コスト化」 出所:千代田化工

本命はガスタービン発電向けとのことでしたが、ガソリンスタンドの置き換え、というのが面白いのでもっと聞かせてください。実際のサイズはどのくらいになるのでしょうか。

長井:あくまで「本命」の後に来る事業と認識していますが、その上で外にご説明できる範囲でお話ししますと、脱水素の反応を行っている部分のスキッドのサイズはおおむね、幅がトレーラーのぎりぎりなので3.2メートル、高さも道交法でトレーラーが運べるぎりぎりなので3.2メートルぐらいになると思うのですが、それは変わらないんですが、長さ方向が6メートルぐらいでしょうか。それが1つのスキッドに入る。

水素の純度を上げる装置も入っているんでしょうか。

長井:純度を上げるほうは別のスキッドになります。それについては細かく検討ができていないので……。

とはいえ、ガソリンスタンドに置けないサイズとも思えないですよね。

長井:ええ。例えば長距離トラックなどが止まる、比較的敷地の広いところがありますよね。ああいうところであれば、その端っこに並べて置けるということになると思います。

今、ガソリンはセルフ給油が多いじゃないですか。ああいう運用は難しそうですか。

長井:最近報道されたかと思いますが、我々のタイプではないタイプの水素ステーションが無人で運転できるようになったのですよ。そういう動きを何年かにわたって、いろいろ検査したり、対策を考えられて、やっと成立して規制が緩和されたと聞いています。

 我々の有機ケミカルハイドライド法について言うと、脱水素プラントはMCHとかトルエンを、それなりの量扱いますので、消防法上は実際には危険物製造に当たるような行為になります。なので、今の法規そのものでいくと、工業地域とか工業専用地域にしか、そういう設備は建てられません。

あ、そうなんですね。

長井:ということになっていますが、今、ガソリンスタンドに適用されている「給油取扱所」という分類がありまして、この有機ケミカルハイドライド法の装置も、給油取扱所の1つのタイプというふうになるよう、今、働きかけています。

水素技術は日本に新市場をもたらすか?

なるほど。FCVに“給水素”する場合なんですが、MCHから脱水素をやった上で、さらに精製して純度を上げた水素は、ガスの状態で出てくるわけですよね。あれ? FCVは冷却して液化した水素をタンクに入れているんでしたっけ?

長井:いえ、70メガパスカルに圧縮する必要がありますけれど、ガスはガスのまま自動車に入れます。

そうか、お恥ずかしい。MIRAIは水素をガスの状態で入れているんですね。

長井:ガスです。70メガパスカル、約700気圧のガスですね。

700気圧って、聞くだけで恐ろしいんですけど。燃料タンクも供給する側も、この気圧同士でつなぐわけですよね。すごい。

長井:やっぱり我々もプラント屋ですので、この数字には驚きます。世界中で見ましても、700気圧を必要とするプラントってまず普通はありませんから。水素の高圧ガス用のホースや、ディスペンサーのノズルを開発されている方々は、すごいエンジニアリングをされていると思いますね。運用で事故も起こっていませんし。弊社の話ではないですけど、そう思います。

よくぞ作ったものですね、と。

長井:やっぱり高い技術力が必要ですよね、その辺に関しては。

そういう意味では、もし水素燃料の使用が世界の主流になったら、技術差から日本にとってかなり大きな市場が生まれるのでしょうか。

長井:そうですね。(水素燃料の使用に)対応できる国、できない国が出てくるでしょう。これまた余談ですけれど、中国でも燃料電池自動車というか、バスが走っているのですが、彼らは35メガパスカルを基準、規定にしているんですね。

「車に積む水素のタンクが35メガパスカル対応であれば、国内技術で対応できる。70メガパスカルだと厳しい」ということですね。

長井:はい。70メガパスカルになれば同じサイズの燃料タンクで航続距離が倍になるわけですが、まだなってない。

それだけの差がある。「中国じゃ、とっくに水素でバスが動いてます」と言われると焦りますが、キーアイテムでまだずいぶん差があるということですか。

長井:いや、それぞれの技術では差はあるのですけど、運用は大きな国だと圧倒的に動きが速い。

一本杉:ステーションの数でいえば、おそらく今年中に日本を抜くのではないですかね。

長井:今、日本のステーションが110カ所ぐらい。始まったのは中国のほうが3年ぐらい遅かったですけど、あっという間に追いつこうとしています。技術もどんどん進んでいるので、そんなに遠くないうちに似たレベルにはくるでしょう。

千代田化工が触媒を開発できた背景

技術といえば、そもそも御社がなぜこの有機ハイドライド法を始めたというか、目を付けられたんですか。

長井:弊社は触媒の技術開発を自社でずっとやっている歴史がありまして。

プラントエンジニアリングの中でですか。

長井:はい、石油・石油化学業界において必要な触媒開発をやってきたのです。

左上の人物は千代田化工の創業メンバーで、1957年から社長を務めた玉置明善氏。出所:千代田化工 
左上の人物は千代田化工の創業メンバーで、1957年から社長を務めた玉置明善氏。出所:千代田化工 
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長井:今回、我々が適用している有機ケミカルハイドライド法は、もともとヨーロッパで発案され、成功すれば非常に有効だと文献にも書かれていましたが、残念ながら脱水素反応の触媒が工業レベルに至らずに、開発が止まってしまいました。

 それは我々も知っていましたが、クリーンエネルギーへの需要が高まる中、「こういうことにトライしたら開発ができるんじゃないか」と声が上がりまして、開発を始めて成功に至ったので、その技術をもって事業化していこうと。

 我々はエンジニアリングコントラクターですけれども、設計から建設という事業に加えて、引き渡しで終わりではない、継続性のある事業分野にも入っていきましょう、という考えも、会社としてかなり前から出ていました。こういう新しい技術を創出したことで、我々もエネルギーインフラの事業に参入できるのではと考えて始めた。そんなヒストリーになりますね。

何年くらいから始められたんですか。

一本杉:まず、触媒の開発自体は1970年代から有機ハイドライドとは別の目的で始めまして、今回の脱水素で使う触媒は……どのくらいからでしたかね。

長井:2002年ぐらいから基礎研究が始められていて、実験室規模での長時間試験での検証に成功したのが2012年ぐらいですね。その後、規模のより大きなパイロットプラントで実証実験を行いました。

有機ハイドライド法の触媒の開発課題はどこにあったのでしょうか。反応そのものはするんだけれど、得られる水素の純度が低いよ、とか、あるいは、反応そのものがまったくできないところから始まった、とか。

長井:それまで研究されていた触媒は、脱水素反応はするのですが、2日も経つともう触媒として機能しなくなるとか。

劣化が速いんですね。

長井:再生処理をして長くもたせても1週間とか、そういう触媒しかなかったのです。弊社ではラボベースですが1万時間連続で触媒を使用しても、95%以上の性能を維持できることが検証できています。これまでとは比べものにならない安定性の高い触媒、ということになります。

プラント構築に独自の「ひと味」を足せる

ちょっと横道ですが、「触媒の開発」自体が、プラントエンジニアリング会社さんのお仕事としては異色ではありませんか。機材を買ってきてアッセンブルするのがよくある姿では。IT系でたとえて言うと、システムエンジニアさん的なものかと思っていたんですけど、触媒の開発というと、化学反応のキーアイテムでしょうから、「うちはシステムエンジニアリングの会社だけど、CPUから作っちゃえ」みたいな感じがするんですが、その辺は。

長井:本当におっしゃる通りだと思います。実際、エンジニアリング会社といわれている企業さんの中には研究開発部門を持ってない会社もありますし、持っていても、触媒には手を出してない会社もあります。

あ、触媒の専業メーカーさんがあって、そこから買ってくるのが普通なんですね。

長井:そういうことです。弊社は創業初期から「多くの石油や化学、環境プラントの構築で核になるのは触媒技術だ」ということで、脈々と弊社独自の触媒の開発、顧客ニーズに沿った技術改良などを続けてきました。

営業戦略としても有効なんでしょうね。

長井:そういう例もありますね。触媒の性能が高いことは、プラントの能力や経済性向上、安全性の確保にも効きます。

 ただ、誤解されないよう申し上げておきますと、触媒の技術は弊社にとっては特別であって、それ以外の技術まで自社でやったほうがいいというようなことは思っていませんし、エンジ会社というのは、多くの会社の技術をうまく組み合わせてコーディネーションできるというのがノウハウだ、と思っています。そこの能力が競争力の最大の源泉ですね。この技術はたまたま触媒絡みの話なので、弊社の独自技術ですけれども。

なるほど。とはいえ独自技術という「この店のひと味」があるのとないのとでは雲泥の差になることもありそうです。

長井:弊社として、同じエンジ会社の中でも差別化が何かでできてないといけません。そういう意味では触媒は1つの大きなポイントになっています。

周りにいくらでもある水から、水素を作れない理由

さて、ここまで有機ハイドライド法のお話をお聞きしながら、いきなり初歩の初歩の質問で申しわけないのですけれど、「空気や川や海になんぼでもある水素を、何でまたブルネイ・ダルサラームから持ってこなきゃいかんのだ」という点を教えていただきたいのですが……。

長井:実は水素は、自然界には「水素だけ」の状態では基本的には存在しません。それは水を分解して取るとか、ハイドロカーボン……炭化水素ですね。炭素原子と水素原子だけでできた化合物で、石油や天然ガスの主成分ですが、そういうものから炭素を分離して取るとか、そういう方法で工業的に入手している。

石油や天然ガスはともかく、日本には水はいくらでもあるじゃないですか。

長井:そうですね。じゃあ、なぜ日本で作らないのか、ということですよね。水から水素を作るのは水電解法、水の電気分解でやります。電気分解をやるときに、ネックになっているのは電気代です。日本の電気代というのは世界的に見て非常に高いわけです。

えっ、それが理由なんですか。電気代の高さ。

長井:はい。そもそも電気を作るためのエネルギーを、石油やLNGなどのかたちで輸入しなきゃいけないわけですから。

いや、でも、新しく反応プラントを水素の生産国に建てて、船を仕立てて、日本に持ってきてそれを水素に戻す、ここまで新しく作っても折り合ってしまうくらい、日本の電気代は高いんですか。

長井:そういうことですね。

うーん……そうでなければ誰もこんな技術開発をやらない、か。

長井:電気だけで考えれば、例えば、再生可能エネルギーのコストがもっともっと下がるのであれば、「電気に関しては再エネでいいのではないか」という考え方もあると思います。

 ただ、燃焼による熱が必要な場合、水素ではない燃料だとCO2がほぼすべてで発生してしまいます。水素を水素として使える燃料電池、そしてクリーンな燃料、こういったものに使われる用途では、水素は有用です。そういう需要が立ち上がった場合、資源の問題、電気代の問題から、どう考えても日本国内で作るより、海外から大量に持ってきたほうが安い、ということですね。

このプロジェクトの水素はブルネイでLNGを生産する際の、副産物的なガスから。

長井:はい、C(炭素)とH(水素)からできているハイドロカーボンからHの部分だけ「水蒸気改質」という工程を経て取り出しています。

一本杉:ただ化石燃料から取り出す場合は、CO2を同時に排出しますので、そのCO2の処理について考慮しなければなりません。最終的には、やはり再生可能エネルギーを使って取り出した水素を使う、というようなところを目標にしています。

再生可能エネルギーを使って水素を取り出すというのは、電気分解の……。

長井:そう、電気分解で使う電気を。

再生可能エネルギーで賄ってという意味ですか。

長井:そういう意味です。

一本杉:太陽光とか風力、あと水力発電などですね。

そういえば、「再生可能エネルギーは発電量が安定しにくいから、需給調整のために優秀なバッテリーが必要」と言われますが、もし再生エネルギーによる電気が余ったら、これでがんがん水を分解して水素を作って、MCHで保存すればいいんじゃないでしょうか。乱暴すぎますか。

長井:考え方としてはあると思います。再生エネルギーで発電した電気は、そのままダイレクトに電気として使ったほうが当然ながら一番安い。とはいえ、今後はおそらく再生エネルギーの発電比率も高くなり、それゆえに、余るときも多くなるし、量も増える、そうならなきゃいけないと思っています。

 余剰が出たとき、それからちょっと足りないとき、これの両方をカバーしていくのに、一番有効なのが水素。水素社会を推進していく方々の中でも、そういう認識は強いですね。

水素を燃やすガスタービン発電へ

そもそもの話になって恐縮なんですが、エネルギーを貯蔵する形態として、水素というのは、いわゆる化石燃料、石油や天然ガスと比べるとどうなんでしょうか。例えば容積当たりのエネルギー量が大きい、小さいとか。

長井:石油や天然ガスは、含まれている炭素(C)をエネルギーとして使いますので、高い密度でエネルギーを貯蔵、輸送できます。これはもう、既存のエネルギー源が有利です。

やはりそういうものなんですね。

長井:はい。ただし、炭素を燃やす、酸素(O)とくっつけて燃焼させることでエネルギーを引き出すので、CO2、二酸化炭素の排出が避けがたい。二酸化炭素を減らすことは「化石燃料をいかに使わないか」に直接的に結び付いている。

 そういうことになると「燃焼」を行わないで電気を作り出す水素の燃料電池がある一方で、ガスタービン発電の燃料にLNGだけでなく水素「も」使う混焼方式の開発が進んでいます。これは最終的には、水素専焼、水素ガスタービン発電へと進むことで、完全にCO2フリーの発電が可能になるわけです。

燃焼してもCO2が発生しない……HとOがくっついて生まれるのは水(H2O)だからですね。そこまでいけば水素の大きな需要が生まれ、最初に伺ったこの輸送システムの特質が生かされる、と。よく分かりました。ありがとうございました。

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