メルセデス・ベンツ1台とだいたい同じ重さの、小さな、しかし興味深いロケット打ち上げが1月11日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)・内之浦宇宙空間観測所から行われる。「SS-520」ロケット4号機による東京大学の超小型実験衛星「TRICOM-1」打ち上げだ。SS-520の4号機は直径520mm、全長9.54m、全備重量は2.6トンしかない(メルセデス・ベンツSクラスの「S300hロング」は車両総重量2.505トン)。
ちなみに昨年12月20日に同じ内之浦から打ち上げられたイプシロンロケット2号機は、小型と言いつつも重量が95.4トンある。
これまで世界で公開されている衛星打ち上げの記録を見ると、今回の打ち上げは史上最小のロケットによる衛星打ち上げなのである(軍事打ち上げなど非公開の打ち上げで、より小型の打ち上げが実施されている可能性はなきにしもあらずだが)。そして、今のところ公開情報レベルでの「世界最小の衛星打ち上げロケット」の記録は、日本が保有している。1970年2月11日に日本初の衛星「おおすみ」を打ち上げた「ラムダ4S」ロケット5号機だ。ラムダ4Sは、重量9.4トンの4段式ロケット。23.8kgのおおすみを打ち上げた。
ラムダ4SとSS-520・4号機の打ち上げ手法はやや異なるが、基本の考え方は同一だ。よく似た、しかし進歩した手法で、もっと小さな衛星(打ち上げるTRICOM-1は重量3kgの超小型衛星)を打ち上げるより小型のロケット――ラムダ4SとSS-520・4号機の大きさの違いは、47年の歳月がもたらした技術革新の結果なのである。
衛星打ち上げのために第3段を付加
本来のSS-520は、衛星打ち上げ用のロケットではない。1970年代に開発された固体推進剤1段式の観測・実験用ロケット「S-520」に、同じく固体推進剤を使う第2段を付加した2段式の観測・実験用のロケットだ。140kgの観測機器や実験機器を高度800kmまで届けることを目的としている。ロケットは姿勢制御を行わずに、尾部のフィンによる空気力学的な安定と、ロケット本体をコマのように回転させることによるスピン安定で姿勢を保ち、ロケットの噴射終了後は放物線を描いて高度800kmに到達し、そのまま自由落下して最後は海面に落ちる。落下するまでの時間を使って、宇宙空間を観測したり、高真空や無重力といった宇宙環境を利用した実験を実施する。
1998年に初打ち上げを実施して以来、これまでに2機が打ち上げられている。3号機は、高層大気の観測のためにノルウェーからの打ち上げを予定している。今回は、3号機に先行して4号機が打ち上げられることになる。
2段式のままでは、衛星打ち上げに必要な加速を得ることができない。そこで4号機には、第1段、第2段と同じく固体推進剤を使う第3段を付加した。
ところが3段の追加だけでは衛星打ち上げには十分ではない。衛星を地球を回る軌道に入れるには、ロケットが空気のない高度で地球表面に対して一定以上の水平方向の速度を得る必要がある。この速度が足りないと、分離した衛星がすぐに落下してしまう。そのためには、まずロケットの噴射方向をきちんと制御してやらねばならない。
理想的には第1段から第3段までのすべてに飛行経路と姿勢の両方を制御する仕組みを搭載したいところだ。しかし、そのためには多大な開発費が必要だ。また、SS-520のような小型ロケットは重量の余裕が小さく、あれこれ新機能を搭載することはできない。
そこで4号機には第2段のみに、ラムライン制御部という姿勢だけを制御する機構を付け加えた。
今回の打ち上げをJAXAは、技術実証目的の実験と位置づけている。必要な資金は経済産業省の「平成27年度宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業(民生品を活用した宇宙機器の軌道上実証)」から出ている。SS-520の制御機構をはじめとした搭載電子機器には携帯電話など民生品用の部品が多数使われている。本来は地上で使う大量生産された部品が、高い信頼性を要求される宇宙用機器でも使えるかどうかを調べる実験というわけである。
1970年の重力ターン
第1段と第3段は一切制御せず、第2段の姿勢制御のみで衛星を打ち上げる――そのための手法は、ラムダ4Sの採用した「重力ターン」というやり方と似ている。まず重力ターンがどのような方法かを見ていこう。
ボールを斜め上方向に投げ上げたところを想像してみよう。ボールは上昇し、やがて重力により落ちてくる。このとき頂点ではボールは上下方向の速度がゼロになり水平方向の速度のみで動いている。
ここで、地球を周回する軌道に衛星を入れるためには、空気抵抗がかからない高度で水平方向に加速する必要があることを思いだそう。ラムダ4Sは4段式のロケットだ。1段から3段までがボールを投げ上げることに相当する。すると投げ上げられた第4段と衛星(実際には、おおすみは第4段ロケットと一体だった)は、そのままだと頂点を通過して落下してくる。そこで第4段の姿勢を、ちょうど地平に対して水平に噴射が行えるように制御する。そして頂点に達したところで噴射を開始すれば、空気抵抗がかからない高度で水平に加速することができる。こうすれば第4段に姿勢制御機能を付けるだけで衛星を地球を回る軌道に投入することができる。
もう少し具体的に打ち上げプロセスを説明すると、ラムダ4Sは第1段から第3段までは、姿勢制御なしでフィンによる空気力学的安定とスピン安定で姿勢を保つ。第3段燃焼終了後、切り離された第4段はいちどスピンの回転数を落としてから、姿勢を水平に制御し、もう一度回転数を上げる。そして頂点に到達したところで第4段の噴射を行って、衛星を地球周回軌道に投入する。
ラムダ4Sを開発した1960年代当時は、日本はロケットの姿勢と経路を予定通りに保つ誘導制御技術をゼロから開発しなくてはならず、また開発を行った東京大学・宇宙航空研究所(現在のJAXA・宇宙科学研究所)の予算も潤沢ではなかった。さらに、ロケットの誘導制御技術はミサイルに通じるものとして、世間の忌避感も強かった。
そこで、ラムダ4Sは手早く衛星を打ち上げるために最低限の姿勢制御だけで済む重力ターン方式を採用したのだった。この方式では、ロケットの飛行経路は、風の影響を強く受ける。このため東京大学は飛行経路への影響を最小にとどめるために、ロケットの発射角度を風速・風向に応じて調節する手法を確立した。その結果、世間からは「風任せロケット」と揶揄されることもあったが、実際には大変高度なノウハウである。
実のところ、姿勢の制御だけでは、「衛星をとりあえず落ちてこない軌道に入れることができる」だけで、「目的の軌道ぴったりに衛星を投入する」ことはできない。そのためには飛行経路も制御する誘導制御機能が必要になる。その後、ラムダロケットは後継のミューロケットシリーズへと進化して、一歩ずつ各段に誘導制御機構を付加していき、1985年初打ち上げのM-3SIIロケットでは、惑星探査機を狙った軌道に高精度で投入できるまでになった。
2017年のラムライン制御
ラムダ4Sの重力ターン方式を理解した上で、今度はSS-520・4号機の打ち上げ手法を見ていこう。第1段はラムダ4Sと同じだ。風による飛行経路の誤差を最小化するためには、ラムダ以来の発射角調整のノウハウが使われる。打ち上げ後68秒で第1段が分離するが、ここからがかつての重力ターン方式と異なる。スピン速度を上げた上で、第2段に装着したラムライン制御部がぐいぐいとロケットの姿勢を水平へと制御していく。
ラムライン制御は、スピンと同期した小さな瞬間的噴射を小刻みに行って姿勢を制御していく手法だ。スピンによる姿勢の安定を維持したままでロケットの姿勢を変えることができる。SS-520・4号機のラムライン制御部は高圧窒素ガスを4基のノズルから噴射する仕組みになっている。
狙った姿勢になったところで、ラムライン制御部を分離して身軽になる。ここまでのロケットの状態は電波で地上に送信されている、ロケットが所定の高度・速度・姿勢などを維持しているかどうかを確認して、打ち上げ続行可能と判断したら、地上からロケットに「第2段点火以降のシーケンスを継続せよ」というコマンドが送信される。コマンドを受け取ったロケットは第2段を噴射、続けて第3段も噴射して加速し、衛星を地球周回軌道に投入する。かつての重力ターンよりも、安全かつ確実に衛星を軌道に投入できるわけだ。
小さな方向への進歩
打ち上げ方式以外にもSS-520・4号機は、様々な小技を利かせた設計となっている。例えば第3段の飛行位置の計測には、通常ならば機体に搭載したジャイロで加速度を計測し、データを電波で直接地上局に送信する。しかし、ジャイロは高価な上、飛行経路の下に地上局を配置するのにはコストがかかる。そこでSS-520・4号機では、カーナビなどが使っている米国の衛星測位システム「GPS」で位置を計測する。得られたデータは、衛星携帯電話「イリジウム」のデータ通信で地上に送信する。第3段の位置データは、イリジウムの通信網を経由して電子メールで内之浦の管制室に届くわけだ。
すでに一般的に使われているインフラに乗っかる形で、SS-520・4号機はコストを削減している。同じようなことをやっているようでいて、SS-520・4号機は、47年前のラムダ4Sよりもずっと進歩しているのだ。それでいて、「頂点に到達したところで水平に噴射」「風によって生じる誤差を予測して発射時の角度を調節することで補正」といった基本的な事柄は継承されている。
打ち上げ前、1月9日に行われた報道向け説明会で、実験主任を務める羽生宏人・宇宙科学研究所准教授は「(今回の打ち上げは)先祖返りではないのか」という質問に対して「そうではなくて逆に進歩だ。部品の高性能化で、結果として、より小さなロケットでも衛星の打ち上げができるようになった。昔の部品で同じことをしようとしても難しかっただろう」と答えた。
温故知新と進歩を兼ね備えた、“ギネスブックもの”の超小型ロケットは、1月11日午前8時48分の打ち上げを予定している。
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