nikkei BPnetの人気コラム「財部誠一の『ビジネス立体思考』」は2017年1月から、日経ビジネスオンラインで掲載することになりました。これからもよろしくお願いします。
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債務超過の可能性も
東芝が再び債務超過のリスクにさらされている。
原子力事業をになう子会社の米ウエスチングハウスが「数千億円規模の赤字」に陥るとの報道をきっかけに、年末のわずか3営業日だけで、東芝の株価は約450円から約250円へと急落。株主の不安心理を映し出した。
東芝は正確な赤字額は2月に確定するとしているが、「数千億円」と言うからには赤字幅は2000億円を超えることは間違いあるまい。東芝の自己資本は約3500億円。赤字の額によっては自己資本が吹き飛び、債務超過に陥りかねない。
「高値掴み」が転落の元凶
2006年、東芝は三菱重工やGE‐日立連合と激しく競りあった末にウエスチングハウスを手に入れた。それは、東芝が原子力事業を経営の大きな柱として「選択と集中」を進めていくという宣言でもあり、メディアも華々しくとりあげた。だが結果的には、ウエスチングハウス買収こそが東芝転落の元凶となってしまった。
ウエスチングハウスは2012、2013年度の2年間にわたり計約1000億円の減損を出し、それを隠そうとしたことが不正会計の始まりだ。業績悪化とウエスチングハウスの1000億円の減損で、東芝は債務超過の危機に陥ったが、子会社の医療機器メーカー売却でしのいだ。そのウエスチングハウスが今年度、数千億円規模の損失をだすという。だが東芝には売却によって埋め合わせできる資産はもう残っていない。
最後は「社長一任」で押し切ったか
ウエスチングハウスは原発メーカーとして世界でも屈指の名門企業であり、2006年当時、原子力発電事業は右肩上がリだと多くのビジネスマンが考えていたことを斟酌すれば、ウエスチングハウスの買収自体を経営判断ミスだったと断じることはできないが、買収金額が高すぎた。東芝が買収に要した金額は50億ドル、6200億円である。これは当初予想された金額の2倍を超えていた。東芝経営陣の間でもそれが問題になったが、当時の西田厚聰社長は取締役会で「社長一任」をとりつけて押し切ったようだ。
買収直後に、西田氏は社外の勉強会で講師を務め、買収の経緯を語っている。その勉強会に出席したある企業幹部が当時を振り返ってくれた。
「西田さんは5000億円くらいで決着したかったが、そうはいかず、最後は社長一任をとりつけたとおっしゃっていた。それではガバナンスの効きようがないなと感じた」
何が何でもウエスチングハウスが欲しかったのだろう。思い切った構造改革なしには生き残れないという危機感の裏返しである。しかし買収金額が高すぎたら、元も子もなくなってしまう。
「買収金額が下がったから買収する」に徹する日本電産の永守会長
日本電産の永守重信会長兼社長は、欲しいから買収するのではなく、買収金額が下がったから買収するという考えに徹している。積極的に買収に動いたのはリーマン・ショック前後の円高局面だ。また、久しぶりに日本電産が買収に動いたのも、昨年の円高局面だ。
「いくら良い事業でも、高い値段で買ってしまえば15%以上の営業利益率を達成しにくくなる」と永守氏は雑誌のインタビューに答えている。7年連続で増収増益を続けるカルビーの松本晃会長も、海外事業拡大のためには企業買収を必須と考えているが「今は高すぎて手を出さない」と明言している。
当たり前のようだが、日本企業にはそれができない。安くなるまで待つという姿勢は、裏を返せば「安くなったら買う」ということだ。だが現実にはリーマン・ショックや1998年のアジア金融危機など「絶好の買い場」に欧米企業が殺到しているとき、日本企業は買収するどころか、そこから逃げ出す企業が圧倒的に多かった。投資のタイミングを完全に間違えている。
それは企業価値に対する正しい評価をする力をもっていないからだ。
味の素によるロシアの研究所の買収は数少ない成功例
日本では数少ない成功例のひとつは味の素による、ロシアのジェネチカ研究所の買収だ。正確に言えばヨーロッパ・ナンバーワンのアミノ酸研究所として知られた、ロシアの国立研究機関と合弁会社を1998年に設立、その後、2003年にその合弁会社を完全子会社化したという経緯だが、その実態としては1998年のロシア経済危機で破たんに追い込まれたジェネチカ研究所を買収したようなものだ。
「ジェネチカ研究所(味の素・ジェネチカ・リサーチ・インスティチュート社)は、今われわれにとって、とても大事な宝物なのですよ」
味の素の伊藤雅俊会長がそう語るように、アミノ酸研究を中核に据えて事業構造の多角化を図る同社にとって、ジェネチカ研究所はまさに“宝物”になっている。1998年のロシア危機の最中に買いにいったからこそ手に入れることができたのだ。ちなみにジェネチカ研究所の資本金は2005年時点で、1億6616万ルーブル(約6億3142万円 1ルーブル3.8円換算)にすぎなかった。アミノ酸研究でヨーロッパ随一を誇る、90人を超えるロシアの頭脳集団を手中に収めた鮮やかさは日本企業には珍しい。
買収の本質はプライシング
東芝のウエスチングハウスと味の素のジェネチカ研究所。一つの買収が企業の命運を分けることもある。
戦略上必要な買収先の企業価値を正しく評価し、適正な価格で買収できるかどうか、それが問われている。いま日本では海外企業の買収ブームが続いている。買収すれば、売上や利益の足し算で単純に数字をかさ上げしてくれるし、株価も上がる。経営者にとって買収は手っ取り早く実績をつくる手段だ。しかし買収の本当の成否は5年、10年後に現れる。
買収の本質はプライシングだ。これに尽きる。どんなにいい事業でも買収金額が高すぎればその買収は失敗に終わってしまう。
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