米大統領選の共和党候補に手を挙げるドナルド・トランプ氏が次期大統領になることはあるのか―。
今年11月8日に行われる本選挙で「トランプ大統領」が誕生する可能性がでている。民主党寄りの有権者でさえもトランプ支持に回るのがイマの米国である。いったい何が起きているのか。
大統領選を追う専門家らは過去数カ月、トランプ氏の人気の理由を探ろうと懸命になってきた。というのも、ほとんどの専門家は昨夏から秋にかけて「トランプ人気はいずれ落ちる」と予想していたが外れたからである。
恥ずかしながら筆者もその1人。昨年9月末まで、トランプ氏は年明けまでもたないと読んでいた。過去の大統領選を振り返ると、暴言を1度口にしただけで消えていった候補が何人もいたからだ。
ところがトランプ氏は不法移民やイスラム教徒に対する差別的発言を繰り返しても、その支持率が落ちなかった。というより、逆に、暴言や失言を前に進むエネルギーに変えてしまうほどの勢いがある。
民主党支持者の支持も集め始めた
連邦議会の動向を主に報じる新聞「ロール・コール」の記者ジョナサン・アレン氏は、トランプ支持者は今も増えていると米テレビ番組の中で述べている。「トランプ氏の支持率はいずれ落ちると、いまだに考えている人がいます。その一方で、民主党員の中にもトランプ氏に魅了される人が増えてきています」。
共和党内で人気が高いことは、過去半年ほどの世論調査を眺めればわかる。だが民主党支持者がトランプ支持に回っている現象は、トランプ人気が「一過性」のものではなく「着実」という言葉で表現できるまでになっていることを意味する。
首都ワシントンにあるマーキュリー・アナリティクスが行った最新世論調査で、民主党支持者の20%が「間違いなくトランプ氏に投票する」と答えたのだ。しかも予備選の幕を切る最初の2州(アイオワとニューハンプシャーの両州)で1月4日から放映し始めたトランプ氏の30秒のテレビ広告に対して、民主党支持者の25%が「完全に賛同します」と答えてさえいる。この広告は、イスラム国(IS)を殲滅し、メキシコ国境に壁を建設するという内容だ。
同社のロン・ハワードCEO(最高経営責任者)は現状を次のように分析する。「(昨年6月に)トランプ氏が出馬した直後、民主党や無党派の有権者は彼の主張に無関心でした。しかし今は違う。問題を解決する能力、誰からも影で操られない存在、成功し続けたビジネスマンという実績が、彼の傲慢な性格や暴言も帳消しにするだけの魅力になっているのです」。
カネにしばられない
トランプ氏が躍進している理由はいくつか考えられる。 (1)利益団体から選挙資金を受け取らない。ロビイストや企業・団体などから一切選挙資金を受け取っていない。カネにからんだ政治的影響を、誰からも受けない点が好感度を高めている。 (2)ビジネスマンとして数々の成功を収めた。4度の破産を経験しながらも、個人資産約1兆円を築いた実績が買われている。 (3)既存の政治家とは異なり、本音を語る。遊説先では10歳児にも理解できる英語表現を使って、思いの丈をのべている。 (4)行動力への期待。中東和平も「私に半年くれればまとめられる」と豪語する。数々の交渉をまとめてきた人物だけに、有権者の期待は高まる。
上記の理由は、トランプ氏の言動を追っている米有権者であれば肌感覚で察知していることかもしれない。
特に1番目の理由は多くの有権者が納得させられる点である。多額の選挙資金をだしてくれる人物や特定の産業との関係を断った候補は過去にほとんどいなかった。
当選したのち、大統領は一般市民ではなく多額の献金者の要請に耳を傾けがちだ。そうした流れを最初から断ち切った点が、共和党支持者だけでなく民主党支持者からも支持を集める理由になっている。
ビジネスの実績は党派にかかわらず評価
2番目の、成功したビジネスマンという点も所属政党に関係なく、多くの有権者から支持を得る理由である。
ビジネスの分野ではあるが、類い希な実績を残してきたのは事実で、多くの有権者は言葉だけの政治家よりよほど頼りになるとの思いを抱く。近年、連邦議会の信頼度は各種世論調査で15%前後と低迷しており、既存の政治家への不信感が強い。それだけに、政治家でないトランプ氏への期待が増している。
3番目の本音を語る遊説スタイルも、これまでの大統領候補とは違う。誰にでも分かる平易な英語で、多くの人が公言してこなかった本音を口にしている。
よく理解できる内容をストレートに述べることで、「トランプ氏はこれまで選挙にあまり足を運ばなかった有権者を開拓している」(共和党の戦略家リック・ホヒット氏)。
4番目の行動力への期待も大きい。政治家が公約を守らないことは多い。しかし、トランプ氏であれば実現できるかもしれないとの期待感が高まる。
同氏は中東和平を実現するだけでなく、イスラム国に対して徹底した軍事攻撃を加えるとの公約を繰り返し述べている。これが、自信過剰気味の言動や多くの失言があったとしても、トランプ氏ならばやってくれると有権者の心理に訴えている。
ギターを持たずにホールをいっぱいにする
遊説先に多くの人が押し寄せるのは、こうした期待感の表れだ。出馬した当初、トランプ氏は遊説の場所としてホテルの大部屋を借りた。200~300人が収容できるサイズだ。しかしすぐに収容不可能になり、スタジアムを借りるまでになった。
2015年8月にアラバマ州モービル市で行った遊説では、アメリカン・フットボールのスタジアムを借り切った。集まった聴衆は約3万5000人。他州でもコンサートホールなど大きな会場を満席にする。「ギターを持たずにホールをいっぱいにできるのはトランプ氏だけ」と言われるほどだ。
どこに行っても会場に入りきれないほど人が集まる。大統領候補の遊説先というのは、これまで公民館や学校の体育館を借りるのが普通だった。
筆者が大統領選の取材をし始めた1992年、ビル・クリントン候補(当時)の予備選の遊説に集まった聴衆はせいぜい500人。オバマ候補の時でさえ数千人規模だった。ひと目みたいからとの理由で遊説先に足を運ぶ有権者もいるだろう。しかし、ほとんどの聴衆はトランプ氏の賛同者と見られる。
レーガンに民主党支持者が投票した
昨年12月にアイオワ州のネオラで演説をした時、トランプ氏は言った。「私はビジネスマンとしてこれまで、かなり貪欲に金儲けをしてきました。でもこれからはアメリカ合衆国のために貪欲に生きたいと思います」。愛国心をくすぐるこの言葉に、聴衆から大きな歓声があがった。ただ、排他的な発言を繰り返すトランプ氏に対し、共和党内から「党を破壊する」(ランド・ポール上院議員)との声もでている。同氏を大統領にすると、「米国の威信」に傷がつくと考えている有権者は少なからずいる。
しかしケーブルニュース局MSNBCのクリス・マシュー氏は「80年代、レーガン候補(共和党)に投票した民主党員が大勢いたように、今回もトランプ氏に一票を入れる民主党員がいる」と読み、トランプ氏有利とみる。
トランプ氏が示す行動力のある政治スタイルが党を越えて支持され、「トランプ大統領」誕生という流れになるのか。世界中が注目している。
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