8年前、Quartzがデジタルメディアの寵児として登場してからというもの、パブリッシング業界はQuartzから多くの影響を受けてきた。しかし、Quartzは現在、デジタルメディア危機の新たな犠牲者となっている。ネイティブ広告の時代に誕生したQuartzの現状は、メディアの明確な1章の終わりを告げている。
2018年7月、ユーザベース(Uzabase)の共同創業者である梅田優祐氏が、不安げな顔を浮かべたQuartz(クオーツ)の従業員に語り掛けた。
アトランティック・メディア(Atlantic Media)が米国でほとんど知られていない日本企業にQuartzを売却したと知り、従業員は動揺していた。同時に、従業員は疑問に思っていた。梅田氏はQuartzの買収によって何を成し遂げたいのだろうと。
この集会に参加した従業員によれば、梅田氏は5年以内にQuartzを世界一のビジネスニュースサイトにすることが目標だと述べたという。従業員は青ざめた。梅田氏は世界一と言ったが、最大という意味だろうか? それとも、もっとも重要ということだろうか? 従業員にとって、Quartzは図表を愛する一風変わった中堅パブリッシャーだった。5年以内という期限はさておき、従業員にとっては、目標そのものが現実離れしていた。集会のあと、誰かがふざけて、2023年7月までのデジタルカウントダウン時計を回覧したほどだ。
Advertisement
8年前、Quartzがデジタルメディアの寵児として登場してからというもの、パブリッシング業界はQuartzから多くの影響を受けてきた。洗練されたWebサイトとアプリ、現代のトレンドの先駆けとなったクールなニュースレター、より少数ではあるがより良いオーダーメイドの広告、そしてニュース編集室で協働するデータチームなど、本当にいくつもの革新的な機能を彼らは展開している。そして、4年目にあたる2016年、黒字に転換したことを発表した。
これが最初で最後の黒字だった。Quartzは現在、デジタルメディア危機の新たな犠牲者となっている。2020年5月には、広告に加えてサブスクリプションを柱とする大規模再編の一環として、従業員の半数近くをレイオフ。80の役職を廃止し、ロンドン、サンフランシスコ、ワシントンD.C.、香港のオフィスを閉鎖し、幹部社員報酬を25%から50%削減した。第1四半期の純広告売上は前年比54.1%減を記録。2019年は売上高2690万ドル(約28億円)で、1840万ドル(約19億円)の損失を計上していた。
ネイティブ広告の時代に誕生したQuartzの現状は、メディアの明確な1章の終わりを告げている。BuzzFeed、Vice、Quartzなどの「デジタルネイティブ」企業が最先端の存在となり、ニューヨーク・タイムズ(New York Times)、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)、ワシントン・ポスト(Washington Post)などのやつれた大手新聞社と対極を成す時代があった。近年、老舗パブリッシャーも最先端の仲間入りを果たしている。その大きな要因は、デジタルメディアの人材をコピーしたり、引き抜いたりしていることだ。業界全体で一時帰休やレイオフが続き、マイク(Mic)、マッシャブル(Mashable)といった2010年代のデジタルメディアは泥沼にはまっている。どんどん大きくなるその泥沼に、Quartzもはまってしまったようだ。少数の読者にとって不可欠なほどニッチではなく、規模で競争できるほど大きくない。新型コロナウイルスは助けにならなかった。
Quartzは現在、メディア業界ではおなじみの苦境に直面している。荒涼とした市場で、収入源の多様化を模索しなければならないという状況だ。CEOのザック・スワード氏はあるインタビューで、「新型コロナウイルスは業界全体の広告を劇的に減少させた。もちろん、Quartzも例外ではない。先を見通すことができる程度の短期的な減少であれば、話はまったく違っていただろう」と述べている。
本記事では、過去現在の従業員、幹部、競合相手、広告業界関係者20人以上の取材をもとに、Quartzで何が起きたかを詳述していく。同時に、かつて有望だったデジタルメディア企業が、メディア業界の景気の波にもまれ、焦点を定めることができない様子も見えてくる。
Quartzはかつて無料だったが、現在はメーター制ペイウォールを導入している。かつて広告主導型のビジネスモデルだったが、広告市場が危機的な状況にある現在、サブスクリプションモデルの構築を目指している。かつて社内では、ジャーナリズムの世界でもっとも良い職場のひとつと考えられていたが、その職場の従業員は5月、パンデミックで経済的、健康的に不確かなときでも、やはり簡単に見捨てられることを知った。それでも、Quartzの物語はまだ終わっていないと、スワード氏は主張する。「Quartzの歴史を記すのはまだ早い。我々はまだ誕生から8年しかたっていない」。
もっとプレミアムな世界へ
2012年、アトランティック・メディアは世界経済を報じる新たなメディアを立ち上げようと考えた。ビジネスとしては完全に理にかなっていた。メディア業界は大復活を遂げようとしていた。デジタル広告は猛スピードで成長していた。ビジネスジャーナリズムの世界はダウジョーンズ(Dow Jones)/ウォール・ストリート・ジャーナル、ロイター(Reuters)、ブルームバーグ(Bloomberg)などの巨大金融サービスやエコノミスト(Economist)、フィナンシャル・タイムズ(FT)などの高級誌に支配されていた。これらのメディアはしばしば、歴史ある組織や印刷物と結び付いていた。Business Insider(ビジネスインサイダー)などの新しいデジタルメディアも巨大なリーチを狙っていたが、スライドショーやプログラマティック広告を大量供給するという方法をとっていた。
アトランティックはもっとプレミアムな世界の一角を占め、新世代のヨットオーナーやロレックス(Rolex)ユーザーに人気の広告主を売り込みたいと考えた。たとえるならば、ミレニアム世代のビジネスエリートをターゲットにした無料のデジタル版エコノミストだ。世界規模でつながるというバラク・オバマ時代の精神を感じさせるコンセプトだった。アトランティック誌のオーナーだったデビッド・ブラッドリー氏はQuartzを立ち上げた際、ニューヨーク・タイムズのインタビューで、「アジアの混雑した空港を歩いているとき、米国経済について話している人、考えている人はいない。世界ははるかに大きい場所になった」と語っていた。ウォール・ストリート・ジャーナルの編集者だった編集長ケビン・デラニー氏とアトランティックからやって来た発行人ジェイ・ローフ氏による指揮の下、20人のジャーナリストと4つのプレミアムなスポンサー、ボーイング(Boeing)、キャデラック(Cadillac)、シェブロン(Chevron)、クレディ・スイス(Credit Suisse)という構成でプロジェクトは始動した。
初期の従業員によれば、Quartzは実験と革新の文化を特徴とし、「クオーツィーネス(quartziness)」という社内用語で体系化されていた。クオーツィーネスは創造性(creativity)、意外性(quirkiness)、知性(intelligence)を掛け合わせた漠然とした言葉だ。
2013年8月、スティーブ・バルマー氏がマイクロソフト(Microsoft)のCEOを退いたとき、Quartzの見出しは「スティーブ・バルマー氏、自身の退任によって6億2500万ドル(約672億円)の利益を得る(Steve Ballmer just made $625 million by firing himself)」で、マイクロソフトの株価が急騰し、バルマー氏が大金を手にしたことに焦点を当てた。ソーシャルウェブ向けに見出しが作られはじめ、数百万とは言わないまでも、数十万のページビューが見出しに左右されるようになった時代、この巧みな解釈はQuartzの記事を目立たせる助けになった。当時の編集者で、現在はMITテクノロジーレビュー(MIT Technology Review)の編集長を務めるギデオン・リッチフィールド氏は「あれはまさにニュース速報への典型的な対応だった」と振り返る。「我々は当時、『クオーツィーネス』についてよく議論した。何かに対する予想外の解釈や視点を考え、それを記事にした」。
当時のスタイルガイドには「重要さと面白さが交わる場所を狙う」、「ソーシャルに考える」と書かれていた。記事は「Quartz曲線」上にあることが求められた。短い(500ワード以下)または長い(800ワード以上)記事が良く、その中間は認められないという意味だ。モバイル読者のエコシステムで、新聞記事の典型的な長さを拒絶することが狙いだった。ニュースルームは「デスク」や「ビート(専門分野)」を避け、「執着(Obsessions)」を中心に組織した。スタイルガイドによれば、アフリカの経済はビートだが、中国のアフリカ投資は執着で、読者の生活や業界を形づくる現象だという。ビートは不変だが、「執着」は変化する。理論的には、Quartzのニュースルームはより機敏で、さらに、記者がより分散できるという効果もある。
Quartzはすぐさま、思い悩むメディア関係者のあいだで、「ニュースの未来」について、もっとも先進的な考えを持つニュースルームのひとつという評判を獲得した。DIGIDAYを含む専門メディアは定期的に、有益(人を引き付けるビジュアル広告)かつ魅力的(雨予報を従業員に知らせるニュースルームのライト)な方法でテクノロジーを実験していると褒めたたえた。
編集チームがデータ関連の役割を担うことが業界標準になる前、Quartzは主にスワード氏率いる「シングズ(Things)」チームを通じて、ニュースルームにデータ製品を導入した。ジャーナリズムとコーディングを融合したシングズチームは、記者が大まかな図表を素早く作成できるツールをもたらした。当時、従来型のニュースルームでは、記事にグラフィックを挿入することは、時間のかかるグループ作業だった。特定の話題を「ひとつの図表で完璧に説明(one chart perfectly explaining)」と約束する見出しが当時、トラフィックを確実に呼び込んでいたことを考えると、シングズチームのツールはQuartzの記者にとって、より機敏に、より自主的に動くことを可能にするものだった。ビジュアルとインタラクティブは業界全体に広まり、Quartzはデジタルビジネスジャーナリズムの基準を定める役割を果たした。Quartzは称賛の的となり、いくつもの賞を獲得した。
2014~2016年にQuartzの編集者を務め、現在、ニュー・コンシューマー(New Consumer)というニュースレターを執筆しているダン・フロマー氏は「Quartzが行った素晴らしいことのひとつは、世界中のニュースルームのリーダーがニュースを単なる文章の塊ではなく製品と見なすきっかけをつくったことだ」と話す。「すべての人が自分の図表を作ることができるようになっただけでなく、その責任を負うようになったという事実が、データや数字に関する能力向上へとつながった。データや数字の能力を推奨したり、義務づけたりしている場所はほとんどない」。
Quartzの注目度が上がるにつれて、トラフィックも増えていった。立ち上げから1年足らずで、Quartzはユニークビジター数200万を達成し、エコノミストを追い抜いた。これは当時、トップ交代の瞬間と見なされた。ラルフローレン(Ralph Lauren)、KPMG、ロレックスなど、広告主も増えていった。
その後の数年間、Facebookの参照トラフィックがQuartzを含むメディアのトラフィックを急増させた。Quartzはインド、アフリカなどの新市場に進出。2015年後半までに、編集チームは60人の従業員を抱え、1日当たり50~60のコンテンツを執筆し、約1500万の月間ユニークビジターを引き付けるまでになった。Facebookで動画が爆発的な人気を獲得するさなか、動画も手掛けるようになり、2016年3月までに、すべてのプラットフォームを合わせて再生回数2億回に到達した。メディア企業の幹部がこぞって絶賛するほどの画期的な出来事だったが、幹部たちはその後、Facebookの動画再生回数の気まぐれさを知ることになる。
広告費を奪い合うライバルたちはQuartzを模範的なパブリッシャーと評価した。スレート(Slate)の社長だったキース・ヘルナンデス氏は「スレートを経営していたとき、彼らを感心しながら見ていた」と振り返る。当時をよく知る人々によれば、創業から2年間、Quartzはほとんど値引きを行わず、CPMは75ドル(約8069円)前後に達していたという。自前のスポンサードコンテンツ部門が大手ブランドとともに、ファッショナブルな(そして、押し付けがましくない)ネイティブ広告やバナー広告を制作し、インタラクティブ広告協議会(IAB)の標準規格に準拠した他社のディスプレイ広告部門を公然と批判した。自前の図表作成ツールを公開したときは、ゼネラル・エレクトリック(GE)がスポンサーとして名乗りを上げた。
こうした量より質の信念が功を奏し、Quartzの繁栄は中小の新しいメディアに、潤沢な資金を持つ優良クライアントの獲得も夢ではないという自信を与えた。「Facebookでの成長は永遠に続くものではなく、美しい広告を作ることができれば、中堅パブリッシャーが入り込む余地はあるかもしれないという認識があった」と、ヘルナンデス氏は述べている。
失われたこだわり
2017年9月、Quartzは5周年を迎えた。社内は楽観的な空気に包まれていた。デラニー氏は将来の計画を示すメモに、「Quartzは現在、さまざまなプラットフォームで、毎月1億人以上にリーチしている。ちょうど1カ月前には、Webサイトのユニークビジター数が2200万人に達した」と記している。さらなる拡大が待ち受けていた。ライフとカルチャーに特化した新バーティカル、クオーツィー(Quartzy)、管理職や職場をテーマにしたクオーツ・アット・ワーク(Quartz at Work)だ。人気の電子メール、モーニング・ブリーフ(Morning Brief)には午後版が追加された。Facebook、YouTube、公式サイトで、動画シリーズを充実させる計画もあった。
その一方で、親会社の所有構造は変化していた。アトランティック・メディアのオーナーであるブラッドリー氏が数カ月前、アトランティック誌の株式の過半数をApple創業者の故スティーブ・ジョブズ氏の妻ローレン・パウエル・ジョブズ氏に売却したのだ。Quartzはアトランティック・メディアの傘下に維持されていたが、ブラッドリー氏は周囲の人々に、一族の次世代はメディア王になることに興味がないと語っていた。ブラッドリー氏の頭痛の種であるQuartzも売却されるのではないかという臆測が渦巻いていた。
市場原理も変化しはじめていた。Facebookは偽情報拡大の中心的な役割を果たしていると報じられたことで、2018年1月、ニュースフィードのアルゴリズムを変更し、パブリッシャーよりユーザーのコンテンツを重視するようになった。Facebookのトラフィックで多額の利益を得ていた報道機関は、オーディエンスの減少に見舞われた。Quartzは以前、同じような痛みを経験したことがある。サイトを立ち上げた当初、LinkedIn(リンクトイン)での参照が膨大な数になったが、LinkedInが自前のコンテンツを販売しはじめたとき、そのすべてが消え去った。Facebookのアルゴリズムが変更される前、そして特に変更後、Quartzを含むパブリッシャーは検索エンジン最適化(SEO)に再び注目し、参照元の多様化を図った。老舗サイトにとって、Google主導型のモデルへの回帰はおなじみのことだった。Facebookでゴールドラッシュが起きる前、同じことが行われた。しかし、Quartzはそうした時代の大部分を経験していない。
エグゼクティブエディターのキラ・ビンドリム氏は「参照トラフィックの変化によって、レバーを見失った瞬間が間違いなくあった」と振り返る。
デジタルパブリッシャーがトラフィックを呼び込む流れは絶えず変化しており、アルゴリズムの変更以降、内省を繰り返す原因となっている。「あの時代には、オーディエンスの総数によって自身を測定するのが精いっぱいだったデジタルメディアの時代が関係している。しかし、当時でさえ、おそらくそれは間違った考えだった」と、スワード氏は述べている。「皆、最初からわかっていたのだと思う。重要なのは的の中心に何があるかで、それは本物のロイヤルティを持つ明確に定義されたオーディエンスだということを」。
Quartzの現従業員や元従業員によると、Quartzの好況時には、さらに混乱したニュースルームが生まれたという。世界経済を鋭く分析することを主な使命とする時代は過ぎ去り、地政学からカルチャーまで、ありとあらゆるニュースを報じるサイトに変化した。ドナルド・トランプ大統領からブレグジットまで、いまの時代を定義する物語を発見しようと躍起になっていた。記者たちは、文字通り、クオーツィーな感覚が失われてしまったと嘆いた。何がうまくいくかを確かめるため、記者たちは「スイングを繰り返し」、より多くのコンテンツを生み出すよう促された。彼らは1カ月に20本の記事を書くよう求められ(その多くが短い分析記事)、Quartzの記事はありふれたニュース記事と変わらなくなっていった。
元従業員のひとりは「戦略的な意味で、Quartzは現代のエコノミストになるという当初の使命へのこだわりを失った」と話す。「さまざまなテーマを取り上げるようになり、成果物を見る限り、オーディエンスである将来有望なビジネスリーダーに世界や世界経済をどう説明すればよいかを考えることをやめたようだ」。
「それほど遠くない過去、ありとあらゆる記事を供給しようとしていた時代があった」と、ビンドリム氏も認める。「どのように仕事をすべきか、どのように世界経済を理解すべきかだけでなく、周囲の人や文化と日々どのように関わるべきかを伝えようとしていた。すでにそのようなやり方はやめている。もっと狭い意味で人々の役に立ちたいためだ」。
会社としては、ゆっくりと収縮がはじまった。ネイティブ広告の競争は激化し、すべてのパブリッシャーが自前のカスタム広告部門を持つようになった。元事業担当者によれば、Quartzのキャンペーンも巨額の予算を投じなければ、トラフィックを確実に呼び込むことができなくなったという。「ブランドにとって、見栄えの良いキャンペーンで賞を獲得することの価値が小さくなった。人の心を動かすだけでなく、本当の意味でビジネスに利益がなければ、ブランドはもう広告費を出したがらない。それほど高額なキャンペーンだった」。
Quartzの広告事業は感性を重視したオーダーメイドで、性質上、規模の拡大は難しい。2014年に入社した現社長のケイティー・ウェバー氏は「広告部門の構成はいまも、実証済みのディスプレイ広告とコンテンツ業務だ。ただし、数年をかけて、より標準的な広告ユニットも導入してきた」と説明する。たとえば、Quartzのサイトには現在、IABの標準規格に準拠した300 x 600のモバイル広告が表示される。数年前は存在しなかった広告ユニットだ。ほかのデジタルネイティブパブリッシャーでも同様の動きが見られる。BuzzFeedも2年ほど前まで、自動広告取引に抵抗し続けていた。
BuzzFeedとスレートの広告部門を渡り歩いたヘルナンデス氏は、Quartzは広告の限界に挑んでいるが、市場における立ち位置を明確にできていないと指摘する。「彼らの競合相手は誰だろう? アトランティックやBusiness Insiderだろうか? それとも、WSJやFTと戦っているのだろうか? 答えはほぼ『イエス』だったが、彼らの取り分は小さくなっている」。ブランドはいま、「クリエイティブとブランドパーパスに夢中だが、最終的には、うまくいくもの、つまり、FacebookやGoogleで機能するものに資金を投じる」。
サブスクリプションへの移行
2018年7月、Quartzはユーザベースに買収されたと発表した。買収価格は将来の業績に基づき、7500万ドル(約80億円)から1億1000万ドル(約118億円)のあいだで決定されることになっていた(最終的な金額は8600万ドル[約92億円])。ユーザベースはコンテンツパートナーシップを結ぶため、Quartzに接触していたが、交渉は全面的な買収へと発展した。ブラッドリー氏にとっては、一種のクーデターだった。事情に詳しい複数の情報筋によれば、ブラッドリー氏が損失を被ることはなかったようだ。
従業員は衝撃を受けた。サブスクリプションサービスであるNewsPicks(ニューズピックス)を所有する日本企業のユーザベースについて聞いたことがある者はほとんどいなかった。元事業担当者のひとりは「日本では、人々がNewsPicksの体験に喜んで金を出していた。日本市場には、多種多様な選択肢があった」と感想を述べている。「日本の文化はメディアと異なる関係を築いており、競争も少ない。米国で受け入れられる姿を想像できなかった」。
2018年の終わりごろ、Quartzは有料会員サービスを発表した。料金は月間14.99ドル(約1612円)または年間99ドル(約1万651円)で、Quartzファン専用のコンテンツやイベントが用意されている。6カ月後、Quartzはメーター制ペイウォールを導入した。「ユーザベースに買収されて大きく変わったのは、サブスクリプション事業の構築に注力しはじめたことだ」と、スワード氏は話す。「いまの我々、そして、メディア業界にとって、収入源の多様化は間違いなく極めて重要なことだ。力強いサブスクリプション事業はゆっくり着実に構築していくしかない」。
一部の記者はペイウォール、サブスクリプションモデルに否定的だった。可能な限り多くの人に記事を読んでほしいと考えていたためだ。一方、仕事そのものはほとんど変わっていないと感じる記者もいた。特定の業界や話題を深く掘り下げた「フィールドガイド(field guides)」など、よく目立つ新機能が追加された。現在、Quartzのホームページは伝統的なパブリッシャーのホームページというより、NewsPicksのようなキュレーションツールに近く、Quartzの記事だけでなく他社の記事も掲載されている。
4月末の時点で、Quartzは1万7860人の有料会員を獲得していた。ユーザベースが発表した最新の数字によれば、Quartzはサブスクリプションサービスから月間11万8000ドル(約1269万円)の収益を得ている。「我々は賢く野心に満ちた若きビジネスリーダーのため、世界経済の記事を提供している。彼らはほかで得られるものよりグローバルな視点のビジネスジャーナリズムを求めている。我々は彼らにとって有益な存在であろうと努力している」と、スワード氏は話す。ウェバー氏によれば、Quartzは既存のニュースレターのオーディエンスなどを有料会員にしようと勧誘を行っている。サブスクリプションの売上を広告と同等まで押し上げるのが目標だ。「一夜にして達成できるような目標ではない。年内に実現することもないだろう」。
Quartzの従業員は親会社の辛抱強さを疑問視している。ユーザベースは再編の目標として、「2021~2022年に黒字の基礎を築く」と明言していた。ユーザベースの2019年の決算報告によれば、主に広告売上から成るQuartzの売上高は2690万ドル(約29億円)で、前年の3480万ドル(約37億円)から22%減少している。
Quartzの現従業員や元従業員によると、現在のQuartzは外から見ても、内から見ても、以前のQuartzとは大きく違う。買収以降、かつて何度もメディアをにぎわせた決定的な製品がいくつか消滅した。賞にも輝いたチャットボット風のモバイルニュース製品Quartzアプリは2019年に終了し、NewsPicksのアプリインフラを中心とする新製品に取って代わられた。リチャード・ブランソン氏やサリー・クローチェック氏がアプリ内に投稿し、鳴り物入りでデビューした「クオーツ・プロ(Quartz Pros)」も、寄稿者プログラムが終了し、いまや典型的なニュースパブリッシャーのアプリにしか見えない。アップトピア(Apptopia)によれば、新しいQuartzアプリは2018年11月に公開され、これまでに約70万回ダウンロードされているという。
企業文化が変化したことで、Quartzはこの2年間に、主要な編集者の一部をニューヨーク・タイムズ、ロイター、Medium(ミディアム)などに流出し、士気の低下を招いている。事業部門では、最高売上責任者のジョイ・ロビンス氏がワシントン・ポストに移った。ニュースルームもふたつの悲劇に見舞われた。編集者のローレン・ブラウン氏とザナ・アンチュネス氏をいずれもガンで亡くしたのだ。「ふたりの死は本当に大きな打撃だった」と、スワード氏は振り返る。「家族を失ったような気持ちになった。皆で支え合っているのを見たとき、心から誇りに思った」。
2019年10月、喪失感が頂点に達した。編集長のデラニー氏がQuartzを離れ、同社顧問とニューヨーク・タイムズのオピニオン担当シニアエディターになり、発行人のローフ氏が会長に昇格したあと、顧問になったのだ。元従業員のひとりは「彼らはQuartzの魂だった。彼らなしでは、もはや同じQuartzでいることなどできない」と語る。共同創業者のスワード氏はCEOに指名され、ウェバー氏が社長を務めることになった。
比類なき瞬間に戻ってきた
2020年3月までに、Quartzの従業員はレイオフに備えていた。2019年に小規模な人員削減が2度あり、事業を取り巻く不確実性がすでに露呈していた。パンデミックが発生したとき、スワード氏は人員削減の到来を示唆した(2019年末の時点で、Quartzの従業員数は188人だった)。
人員削減は予想以上に深刻だった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が到来したとき、ほかの報道機関が採用した苦肉の策に倣い、編集者の労働組合は早期退職金またはワークシェアリングを要求した。しかし、経営陣はどちらも拒否した。Quartzはこの労使交渉に関するコメントを控えているが、スワード氏は長い時間をかけて何度も傷を負うより、1度だけ深い傷を負う方が合理的だと説明している。
現在のところ、従業員は人員削減にぼうぜんとしている。巨大な政治記事の公開を間近に控えたタイミングで、地政学チームはほぼ丸ごと解雇された。賞を獲得したことがある動画チームも退職を促された。「容易な解雇や当然の解雇などひとつもなかった」とスワード氏は述べ、動画チームの仕事の質には満足していたが、(特に、Facebookがニュース動画に力を入れなくなって以降)多額の売上を生み出す方法が見つからなかったと補足した。
それでも、Quartzの中心にあるものは変わっていないと、デラニー氏はいう。「我々は当初、読者とのつながりを中心に置き、プレミアム広告事業を構築した。現在、それがプレミアム広告とサブスクリプションというビジネスの土台になっている」。
記者たちは仕事に戻ってきた。レイオフを免れた記者たちはいま、猛威を振るう新型コロナウイルス、景気後退、世界中で勃発する抗議行動という比類なきニュースの瞬間に立ち会っている。そうした記者のひとりであるアナリサ・メレリ氏は「ニュースルームの大部分はまだ悲しみに打ちひしがれており、我々は皆、予想外の決断を下した会社という目で見ている」と話す。「たとえるならば、結婚後にデートしているような気分だ」。
Steven Perlberg(原文 / 訳:ガリレオ)