IT業界では、エバンジェリストの存在感が高まっています。営業職でも技術者でもない立ち位置で、企業と顧客、技術と市場をつなぐ役割を担います。仕事内容や必要なスキルを理解しましょう。
目次
エバンジェリストとは?
IT業界において、エバンジェリストは製品や技術の価値を広く伝える重要な役割を担います。その起源や業界での位置付けを理解することで、エバンジェリストの本質がよりクリアになるでしょう。
■「伝道者」が語源
エバンジェリストの語源は、『伝道者(evangelist)』を意味する宗教用語です。キリスト教においては、福音(良い音信)を教え・広めることを役目としています。
ビジネスシーンでは、製品や技術の価値を広く伝える役割を担う人材を指します。自社の製品やサービスの魅力を一般に向けて分かりやすく説明し、啓蒙や普及に努めることから、伝道者に例えられるようになりました。
エバンジェリストは主にIT業界で活躍しています。『自社製品を宣伝する人』と思われがちですが、IT業界においては、ユーザーと開発者の橋渡し役も果たします。
■IT業界でエバンジェリストが誕生した背景
エバンジェリストのポジションを確立したのは、アメリカの大手IT企業のApple社です。1984年にMacintoshを発表した際、『テクニカル・エバンジェリスト』というポジションを新設しました。
初代エバンジェリストのガイ・カワサキ氏は、革新的なMacintoshの技術や意義を広く伝え、大きな成功を収めています。その後、マイクロソフト社も追随し、IT業界でのエバンジェリストの認知度が高まりました。
一般的な役職として広く認知されるようになったのは、ITスタートアップ企業が急増した2000年以降のことです。新しい技術や製品の価値を効果的に伝える必要性が高まり、エバンジェリストの重要性が増していきます。
エバンジェリストと他の職種との違い
IT業界において、エバンジェリストは独自の立ち位置を確立しています。営業や広報と混同されやすい職種ですが、その役割は似て非なるものです。
■営業職との違い
営業が製品やサービスの直接的な販売を目指すのに対し、エバンジェリストはITに関する知識を中立的な立場から伝えます。自社製品の長所はもちろん、短所や他社技術の利点も説明しながら、企業の信頼性向上や長期的な関係性の構築に努めます。
エバンジェリストが活躍するフィールドは社外だけではありません。社内向けに自社の新製品・サービスをレクチャーしたり、企業理念の浸透をサポートしたりするなど、『伝えるスペシャリスト』として社内外で幅広く活躍しています。
■広報との違い
広報は、企業活動や方針を社会に拡散させ、企業価値やイメージを向上させる役割を担います。情報を広く伝える点ではエバンジェリストと共通していますが、啓蒙・啓発活動は行いません。
エバンジェリストは、自社製品の情報を広めるだけでなく、高度な専門知識を生かして製品や技術の魅力を分かりやすく説きます。新技術を普及させたり、製品開発に関与したりと、技術と人々をつなぐ架け橋としても機能しています。
また、広報は自社の認知度を上げることに重きを置きますが、エバンジェリストには業界全体を盛り上げていく役目があるのが特徴です。
エバンジェリストの主な仕事内容
エバンジェリストの仕事内容は多岐にわたります。代表的な仕事として、『製品・技術のプレゼンテーション』『インナーマーケティング』『情報収集と製品改善のサポート』を取り上げます。
■製品・技術のプレゼンテーション
エバンジェリストは、イベントでのプレゼンテーションや個別デモンストレーションを通じて、製品・技術の価値やメリットを効果的に訴求します。
例えば、最新のAI技術を紹介する際には、具体的な使用例を交えながら、その革新性や実用性を聴衆に伝えます。ブログやSNSなどのデジタルメディアを活用し、幅広い層に情報を発信することもあるでしょう。
より説得力のある啓蒙活動を実現するために、最新技術を研究したり、客観的な視点で情報を収集・分析したりするなどの努力を重ねています。
■インナーマーケティング
重要な仕事の一つに、『インナーマーケティング』があります。インナーマーケティングとは、セミナーや勉強会などを通じて、社員にさまざまな知識や気付きを与える『社内向けの啓蒙活動』です。
営業部門や開発部門の社員が対象であれば、新製品の特徴や市場動向を分かりやすく解説し、顧客に適切な提案ができるようサポートします。
エバンジェリストは、専門知識を持つ社内の情報発信者として、企業の競争力強化に貢献しています。インナーマーケティングを通じて、社内のコミュニケーションの活性化や顧客満足度の向上も期待できるでしょう。
■情報収集と製品改善のサポート
社内外からのフィードバックを収集し、製品に反映させるサポートをするのもエバンジェリストの役目です。
成功事例の研究や顧客との対話を通じて得た知見を、社内の各部署に共有することで、製品・サービスの競争力が強化されます。
顧客の「こんな機能があれば便利」といった声を開発チームに伝えれば、より使いやすい製品の実現につながるでしょう。最新の市場動向を分析し、独自の視点を加えて共有することもあります。
エバンジェリストは技術と顧客の架け橋となり、市場ニーズに応える製品開発を支援しているのです。
エバンジェリストに必要な能力
エバンジェリストは、誰もが容易に就けるポジションではありません。エンジニア並みの技術的知識と高いプレゼンテーションスキル、高度な情報収集力などが求められます。いつ・どのような能力が必要になるのかを詳しく見ていきましょう。
■技術的知識
イベントでのプレゼンテーションや顧客へのデモンストレーションでは、技術的な裏付けに基づいた説明をする必要があります。IT業界では、エンジニアレベルの高度な技術的知識が求められるでしょう。
社内では、営業やサポート部門に製品の技術的詳細を伝えたり、エンジニアとコミュニケーションを取ったりする機会が多いため、自社製品はもとより、IT業界の動向やトレンドにも精通していなければなりません。
現在活躍しているエバンジェリストの多くは、エンジニア出身です。エンジニアやITコンサルタントといったテクノロジーに関わる職種は、エバンジェリストへのキャリアチェンジがしやすいといえます。
■プレゼンテーションとストーリーテリング力
製品や技術的な知識を分かりやすく、かつ魅力的に伝えるには、プレゼンテーション能力とストーリーテリング力が必須です。聴き手の理解度に合わせて話を展開するスキルも欠かせません。
プレゼンテーションスキルが高い人は、製品の価値や可能性を具体的に示せます。ストーリーテリング(物語形式)を駆使することで、技術の背景にある思いや未来のビジョンを印象的に伝えられるでしょう。
製品や技術の価値を最大限に伝えるため、エバンジェリストはこれらのスキルを磨き続ける必要があります。
■情報収集力と先見性
情報収集スキルと先を見通す力も不可欠です。IT業界は日進月歩で発展しているため、最新の技術動向や消費者ニーズを常に把握し、自社製品の将来性を見極める必要があるのです。
例えば、AIやIoTなどの新技術が登場した際は、その潜在的な影響を予測し、自社製品への適用可能性を検討します。競合他社の動向や業界全体の方向性を分析し、自社の戦略立案に生かすことも重要です。
多くのエバンジェリストは、専門分野に関するコミュニティーに参加したり、国内外の文献を読んだりして、新たな知識をインプットしています。新しい技術への好奇心があり、自ら進んで学ぶ姿勢がある人に向いている職種といえるでしょう。