2025.01.31
ドラゴンボールの世界には、戦闘で受けたダメージを跡形もなく治せる手段がいくつかあります。フリーザ軍が使った「メディカルマシーン」もその一つ。メディカルマシーンの中に入れば、瀕死状態から30~40分ほどで「完全回復」することが可能です。
現実に目を向けると、実は医療の世界にも「人工的に特殊な環境をつくり、治癒効果を高める治療方法」はあります。例えば、高気圧の空間に人間を置いて大量の酸素を体内に送り込む「高気圧酸素治療」(編注:厚生労働省などの定義では「2絶対気圧(大気圧の2倍、水深約10mの圧力)で100%の酸素を1時間以上呼吸する」こと)。装置の見た目や患者がマスクをするという点は、メディカルマシーンを彷彿とさせます。
実際、怪我からの早期回復を目指すアスリートなども取り入れているという高気圧酸素治療。その第一人者である東京科学大学の柳下和慶先生に、今回メディカルマシーンの仕組みについて考察していただきました。果たして、メディカルマシーンの中では何が起こっているのでしょうか? また、メディカルマシーンの機能はどんな形であれば、将来的に実現できるのでしょうか?
柳下和慶先生:高気圧酸素スポーツ医学研究会 代表世話人/東京科学大学 リベラルアーツ研究教育院 フィジカルウェルビーイング分野 教授 病院スポーツサイエンス部門長、高気圧治療部長
東京医科歯科大学(現・東京科学大学)医学部卒業。医学博士(東京医科歯科大学)。専門は整形外科、高気圧酸素医学、スポーツ医学。放射線障害やスポーツ外傷、その他の新たな疾患に対する高気圧酸素治療の研究・実践に取り組んでいる。
――ドラゴンボールの世界には、戦闘で負ったダメージを短時間で全快させるメディカルマシーンが登場します。一方で、柳下先生が研究されている「高気圧酸素治療」は、ガスによって生じる健康被害や怪我を少しでも早く治したいアスリートなどが治療に用いることもあるそうですね。「症状の劇的な改善」や「ダメージの早期回復」という治療目的や「装置のなかに人間が入る」という治療法など、メディカルマシーンとも共通する部分があるように感じます。
柳下和慶先生(以下、柳下):高気圧酸素治療は、高い圧力で高濃度酸素を吸入するという特殊な環境で実施する治療法で、世界中で行われています。急性一酸化炭素中毒や「潜水病」とも呼ばれる減圧症(編注:主にスキューバダイビングなどで急浮上すると体内に窒素の気泡が生じ、潜水終了直後から関節痛や筋肉痛、めまい、意識障害などを生じる状態)の場合、数時間の高気圧酸素治療で、原因となる一酸化炭素や窒素を急速に体外へ排出でき、症状が劇的に改善することがあります。この治療のスピード感は「メディカルマシーン」のイメージに近そうです。
ちなみに、東京科学大学病院の高気圧治療部が保有している装置では 16名を同時に治療することができます。装置の見た目も、ドラゴンボールのメディカルマシーンと似ているかもしれません。
取材当日、柳下先生に高気圧酸素治療装置を案内していただいた。見た目はまるで潜水艦のよう
――まずはメディカルマシーンの機能について、柳下先生の見解をお伺いしたいです。(技術的な課題は別として)理論上、数十分で重傷レベルのダメージを回復させるような治療は可能なのでしょうか?
柳下:なかなか難しい質問ですね。科学的に見れば、急性一酸化炭素中毒での一酸化炭素ガスや減圧症での窒素ガスといった体内にたまるガスは、数時間の高気圧酸素治療により急速に体外へ排出されます。原因となるガスがなくなることで、例えば意識障害や麻痺などの症状がスピーディーに改善することが期待され、実際に病院で治療も行われています。
一方で、傷については「そこまで早いスピードで傷を治すことは不可能」です。ただ、将来的にメディカルマシーンに近いものができる可能性は、もちろんゼロではありません。例えば、 薬剤を患部に素早く到達させるための特殊装置という形であれば、可能性はあるかもしれません。
医療の世界には、特定の部位(患部)に薬を早く届けるための「ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)」という技術があります。飲み薬を服用するだけでなく、湿布薬という形で皮膚から浸透させたり、点滴で血液に直接送り込んだりと、さまざまなアプローチがあるんです。そんなDDSの一つとして、メディカルマシーンが使えたら面白いかもしれません。
――メディカルマシーンがどうやって傷を治しているのか疑問だったのですが、「薬の浸透」という考察を伺って解像度が上がりました。メディカルマシーンを起動させると、患者の全身が液体のようなもので覆われますが、この液体のなかに薬剤が含まれている、と解釈することもできるのでしょうか?
柳下:どうでしょうね。私はむしろ、患者がつけているマスクのようなものがポイントではないかと思います。これもあくまでフィクションの話ですが、例えば薬剤などを気化して患者に投与し、肺からの吸収で血液のなかに薬を素早く浸透させているといったことは考えられるかもしれません。
――たしかに「ボコボコ」という擬音語も使われていますし、何かしらの気体が体内に送り込まれている、と考えることはできそうですね。
柳下:もう少し現実に寄せた仮説として、それこそ高気圧酸素治療のように肺から多くの酸素を体内に取り込み、全身に供給していることも考えられるでしょう。高気圧酸素治療では、高い圧力で高濃度酸素を吸入することで、通常の空気と比べて10倍以上の酸素を取り入れられ、一方で体内の窒素ガスなどの排出を促進します。仮にドラゴンボールの世界で「ガス攻撃を浴びて『ガス中毒』になり、急速な回復を目的としてマスクから酸素を吸入している」というシチュエーションがあったとすれば、メディカルマシーンもこの仕組みで、理論的な治療法と考えられるでしょう。
実際に漫画コマを見ながら考察する柳下先生
――ガスの排出、という説明もありましたが、そもそも多くの酸素を体内に取り入れることがなぜ治療に効果的なのでしょうか?
柳下:怪我や疾患、治療の内容によって異なりますが、例えばスポーツをやっていて打撲や捻挫などの怪我を負った場合、患部が腫れて痛みが生じますよね。腫れは末梢循環(編注:末梢血管における血液のめぐり)を阻害するため、患部が低酸素環境になって細胞の動きが止まり、結果として自然治癒が遅くなってしまうのです。
しかし、怪我をしたあとすぐに高気圧酸素治療を行うと、一時的に低酸素環境が解消されるだけでなく、治療後も酸素濃度が正常な状態に維持されるというデータがあります。すると、治療前に比べて腫れや痛みを軽減させることができるんです。個人差はありますが、あるスポーツ選手が怪我をした際に高気圧酸素治療を行ったことで、 通常より25%早く競技に復帰できたというデータもあります。
――そんなに差が出るとは。大会前に怪我をしたスポーツ選手なんかは、少しでも早く治してコンディションを整えたいでしょうからね。
柳下:そうですね。団体競技の国際大会などでは、予選リーグの初戦で怪我をした場合、決勝トーナメントでの復帰を目指してできる限りのことをしたいという選手は多いはずです。私も実際、海外などで日本の選手が高気圧酸素治療を受けられるようマネジメントした経験もあります。
――スポーツ選手だけでなく、フリーザ軍の戦士たちも「短時間で傷を癒してすぐに戦いたい」と考えていたからこそ、メディカルマシーンが開発されたのかもしれません。
柳下:それくらい、戦いに明け暮れなければいけない環境なのかもしれませんね。イメージ的に近いのは、ラグビーのワールドカップでしょうか。激しい接触を伴うラグビーでは、試合ごとに打撲などの怪我が絶えません。そのため、選手たちは試合直後に当院を訪れ、高圧酸素治療装置のなかに入ります。2019年に日本で開催されたワールドカップでは多くの選手が大会中に高気圧酸素治療を受けています。
――ちなみに、スポーツ選手以外では、どんな疾患を持つ人が治療を受けられるのでしょうか?
柳下:例えば糖尿病になると、末梢血管がつぶれて皮膚が壊死したり、足などに潰瘍ができたりします。そうした末梢血管の循環不全による皮膚潰瘍を早期に治療するためにも、高気圧酸素治療が使われています。
――思った以上に、適用できる疾患の範囲が広いんですね。
柳下:高気圧酸素医学はもともと減圧症を治療するための「潜水医学」としてスタートしました。その歴史は意外と古く、1960年代には世界中で活発に研究が行われるようになっていったんです。そこから派生し、高気圧の環境下で酸素を供給する仕組みを利用して他の疾患の早期治療に役立てる研究も進んでいきました。こうした経緯があるから、現在さまざまな疾患に適用できているわけです。
――高気圧酸素治療の仕組みがザッと理解できたところで、メディカルマシーンと見た目がなんとなく似ている、この高気圧酸素治療装置の使い方をご紹介いただけますか?
柳下:高気圧酸素治療装置は大気圧を2気圧から3気圧にまで上げた空間で、患者さんにマスクから酸素を送り込んで体の隅々にまで行き渡らせる装置です。
高気圧酸素治療装置の内部。患者は酸素吸引中、右の椅子に腰掛ける
大気中に含まれる酸素の濃度は約21%ですが、治療時はその5倍となる100%酸素を体内に吸入します。3気圧まで上げるとその3倍、つまり大気中に比べて約15倍もの酸素を肺に送り込むことができるわけです。ただ、高い圧力に耐えうるよう装置は強靭な鉄製になっており、火事や爆発のリスクを減らすため、専門の医師と臨床工学技士によって治療が管理されています。
――高気圧酸素治療がさまざまな領域で役立てられていることが分かりました。今後研究がさらに進むと、メディカルマシーンとまではいかなくても、さらに多くの治療に役立てられるのでしょうか?
柳下:もちろんメディカルマシーンのように、装置の中で何でも治せるようになるのが最高ですが、残念ながら高気圧酸素治療はそういった類のものではありません。我々としては、これからも一つひとつ、より有効な対象病態を探っていくことに努めていくしかないと考えています。
……ただ、もしかしたら私たちとは別のところで、高気圧酸素治療の考え方を応用して、本気でメディカルマシーンを実現しようする研究者が現れる可能性はゼロではないでしょう。実際、SFの世界で描かれたことが、技術の進歩によって実現した例はいくらでもあります。それこそドラゴンボールが発想の起点となり、いつか高速で傷を治せる技術が確立されるかもしれません。全ての物事は「思う」ところから始まるわけですから。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:関口佳代
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