【「映画を愛する君へ」評論】作り手の映画愛の親密な歴史が開示され、観客の映画の記憶を呼び覚ます
2025年2月2日 09:00
映画への、映画を見ることへの、愛をめぐるアルノー・デプレシャンのシネマ・エッセイは、監督自身の“私の映画史”であり、同時にまた映画と向き合う私たち観客(原題はSpectateurs!)個々の記憶の喚起装置ともなっていく。
11章で構成されたそこには、映画の歴史を振り返る記録的側面もあれば、引用される映画史上の名作の数々があり、アンドレ・バザン、スタンリー・カヴェル等、映画の論客をみつめ直す章もある。一方で映画館でどこに座るか、映画で泣いたことは、怖かった映画は等々、“普通”の映画観客の率直な声を掬い、さらには「そして、僕は恋をする」「あの頃エッフェル塔の下で」で主役を担ったポール・デュダリス、監督自身の分身的役割を担う彼の、人生と映画体験をたどる挿話がひもとかれもする。
実際、「映画を愛する君へ」の多層的スリル、多面体の宇宙を思わせる豊かさは、野心的で、しかし清潔な叙情を忘れてもいないデプレシャンの映画術をまんまと射抜いてもいくようだ。「神話の中にいるが、どの神話かわからない」との科白があった「クリスマス・ストーリー」とも響きあうように、一筋縄ではいかない幾つもの物語の糸を手繰り寄せ果敢に束ねる話術の溌剌とした磁力、それがシネマという壮大な神話を見据え、その大きさに溢れる愛と敬意を注ぐこの新作に踏襲される。同時に作り手自身の映画愛の親密な歴史が開示される、そのスリル! 楽しさ! しかもそれが観客それぞれの映画の記憶を呼び覚ます、その醍醐味!
例えば16歳以下はお断りのイングマール・ベルイマン監督「叫びとささやき」を14歳のポール/デプレシャンが年齢を偽って見た、その映画館に髭面のアル・パチーノの「セルピコ」のポスターが見える。ああ、そうだったと1970年代映画と映画館とをめぐる私自身の失われた時の、記憶が蘇る。病身の次女を抱える召使の白い裸体の大きさが映画館のスクリーンの大きさと重なってもう一度圧倒的に迫ってきたこと。ちまちまとした人生のリアルばかりを追うよりは“bigger than life”、映画ならではの大きさを慈しむデプレシャンの超・等身大映画に向けた意欲、映画(シネマ)という、はたまた映画館(シネマ)という時空の大きさへの愛をもう一度噛みしめてみたくなる。
権威主義とも教条主義とも袂をわかち、やわらかく開かれ観客とこそ分かち合われるべき映画への愛を湛えて「映画を愛する君へ」は、シネマという壮麗な神話の系図のどこかに身を置くことの歓びを見事に率直にことほぐ快作だ。
執筆者紹介
川口敦子 (かわぐち・あつこ)
映画評論家。著作に「映画の森―その魅惑の鬱蒼に分け入って」(芳賀書店)、訳書には「ロバート・アルトマン わが映画、わが人生」(キネマ旬報社)などがある。
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