レビュー1000本目
◯Hulu紹介文
あらすじ
京劇の俳優養成所で兄弟のように互いを支え合い、厳しい稽古に耐えてきた2人の少年。成長した彼らは、程蝶衣(レスリー・チャン)と段小樓(チャン・フォンイー)として京劇の古典「覇王別姫」を演じるなど一躍スターに。女形の程蝶衣は覇王を演じる段小樓を秘かに愛していたが、娼婦の菊仙(コン・リー)と結婚してしまう。やがて彼ら3人は激動の時代に苛酷な運命に翻弄されていく…。
特徴
アジアの近代〜世界戦争の始まりから終戦へ
恋の三角関係の行方は!?
ドロドロ愛憎劇に目が離せない!
◯感想
1000本目に何を観ようかという話をしたらこの作品を勧めてもらったので観た。納得の作品。
感動するかどうかという尺度だけだと評価はそこまで高くならない。悲しい物語でもあるから。
テーマは、愛と裏切り。憎しみ。時代の変化と苦悩する個人。芸術と思想。運命。
程蝶衣が演じる虞美が美しかった。
以下、ネタバレあり
【京劇で名優になるための過酷な稽古と体罰】
子どもにとって過酷な環境。
俳優養成所での厳しい稽古。体罰。
冒頭から子どもの指を一本切断する。痛々しい描写。
京劇というものを知らなかった。京劇。それは覚悟のいる劇だということがわかった。下手な芝居を見せれば責任者は牢獄行きになるかもしれないとのこと。子どもに対してとことん厳しくするのはプロとしての覚悟を植えつけるためのものだった。
脱走した主人公の小豆と仲間の小癩は『覇王別姫』を観て涙を流す。名優になるまでにどれだけ殴られてきたのだろうか。それを想像し涙を流す。「何度打たれてもいい。おれもああなりたい」と小癩は泣きながら言う。
養成所に戻り、小豆が折檻されるのを見て結局首を吊ってしまう。折檻が怖くなったのか。責任を感じたのか。
1993年の作品。撮影当時、香港で体罰がどういうものだったのか知らないけれど、映画撮影に関わった人たちの覚悟が伝わってくる作品だった。
【裏切りと後悔】
終盤の批判闘争。段小樓は程蝶衣と菊仙を裏切り、2人を糾弾する。
追い詰められた段小樓。裏切らない人間のカッコ良さを描くのではなく、人間というものの仕方ないところを描いていた。
文化大革命が始まる1966年、チェン・カイコー監督は当時14歳。父のチェン・ホアイアイがレッテルを貼られ、批判闘争の会場に引きずり出された時に、チェン・カイコー監督も群衆と一緒に実父を糾弾したらしい。それを現在でも後悔しているらしい。
【苦悩】
程蝶衣は京劇に対して紳士に向き合った。常にどんな客に対しても最上の演技をした。段小樓は、芝居にとり憑かれていると評する。その京劇が程蝶衣を苦しめていく。
程蝶衣は段小樓のことを兄のように慕っている。かつ、同性愛的な愛情も見せている。その背景には師匠に言われた"生涯、共に芝居を"という言葉がある。少年時代の過酷な稽古や体罰の中で段小樓に対する愛が育つ。しかし段小樓の恋愛対象は女性。程蝶衣が京劇に向き合うほど苦しむ。
また、自分の性がわからなくなっていった理由も京劇の稽古にあると言ってよいと思う。女形であるにもかかわらず「男に生まれ」とセリフを繰り返し間違えた。仲間たちから厳しく折檻される。自分を女と思い込め。親もおらず生きていくためには京劇しかない。素直に稽古を続けた結果かもしれない。
段小樓が選んだ女性は菊仙。
程蝶衣にとって邪魔な存在となる。程蝶衣が菊仙を受け入れられない理由の1つは自分を捨てた母と同じ女郎であることだと思う。
女郎によって俳優にされ、女郎によって"生涯、共に芝居を"という望みを砕かれる。
自分と同じように捨て子だった小四。それが自分の邪魔をする存在として成長する。京劇に対する考えもまるで違う。小四は共産主義。労働者讃美。
程蝶衣は昔ながらの劇を京劇だと考えるので、2人は対立する。
時代が味方するのは小四。
さらに文化大革命。
京劇しかない程蝶衣は社会の変化にも苦しむ。
程蝶衣が逮捕される原因を作ったのも段小樓。程蝶衣は捕まった段小樓を救うために将校らの前で"牡丹亭"を舞った。
戦後、舞ったことで程蝶衣は逮捕される。
批判闘争の会場でも段小樓は程蝶衣が日本軍の将校に向けて歌を歌った裏切り者だと言う。
【変化】
段小樓はもともと頼れる兄という存在だった。
どんな折檻も耐える男。
それが大人になるほど耐えることができなくなっていた。
批判闘争の会場でも暴力に屈し、妻と弟を糾弾した。
批判闘争の場面でもし糾弾しなかったら、段小樓たちは助かったのか?
程蝶衣も暴力を恐れるようにはならなかったが、阿片に負けた。
報われない愛の苦しみには勝てなかった。
程蝶衣は子供(小豆)の頃、有力老婆に襲われる。何があったか詳細は描かれないが、ことが終わったあとの心を無くしてしまったような表情が描かれる。
少年時代に過酷な稽古や折檻に耐えたから名優になれたのか。それとも有力老婆の力を得たからか。
◯あらすじ
【1924年 北京 北洋軍閥政府時代】
京劇の養成所の人たちが人混みの中で演技。猿役の小癩が失敗。観客が怒る。それを収めるために石頭がレンガを頭で割る。
養成所に戻ると石頭は折檻されている。尻を剣で叩かれる。劇をしているのに頭でレンガを割ったことを怒られる。
女郎が自分の子を京劇の俳優養成所に連れて来る。指が6本あるため入門を断られる。女郎は子を目隠しし、指を1本切断する。
女郎は養成所に子を置いていく。その子の名は小豆。
厳しい稽古と折檻
脚を交互に上げながら歩く。
股割り。
逆立ち。
その状態でセリフを言わされる。言えなければ叩かれる。
他にも水を入れた皿を頭の上で持ち続ける。ときには雪の降る外で長時間皿を頭上で持たされたまま立たされる。
小豆は仲間たちから娼婦の子といじめられる。
石頭はいつも小豆を助ける。
小癩に誘われ小豆は一緒に脱走する。
名優の『覇王別姫』を観る。2人は涙を流す。
小癩は、名優になるまでにどれだけ殴られてきたのだろうかと想像し涙を流す。
小癩「何度打たれてもいい。おれもああなりたい」
2人は養成所に戻る。脱走を止められなかったことで、他の子たちが折檻されている。
小豆は前に出て黙って折檻を受ける。
小豆が折檻されるのを見て小癩は団子か何かを頬張る。その後建物内で首を吊って死ぬ。
『覇王別姫』は楚と漢の争いを背景にした物語。
楚王は勇将の誉れ高い無敵の英雄。敵の大軍を討ち破った事数知れず。だが運命は彼に味方しなかった。
垓下まで兵を進めた時、漢王劉邦の率いる伏兵に遭遇。その夜強風に乗じて劉邦の兵は楚の歌を歌い続けた。楚の兵士たちは祖国が敵の手に落ちたと思って浮足立ち王を見捨てて敗走を始めた。
いかなる英雄といえども定められた運命には逆らえないのだ。
かつては絶大の権勢を誇った楚王。だが最後に残ったのは1人の女と1頭の馬。馬を逃がそうとしたが馬は動こうとせず愛姫も王のそばにとどまった。愛姫は王に酒を注ぎ、剣を手に王のために最後の舞を舞ってそのまま剣で我がのどを突き、王への貞節を全うした。
そこから何を学ぶか。それは、人はそれぞれの運命に責任を負わねばならぬということ。
京劇を偉い人に見せる。もし下手な芝居を見せれば養成所の大人たちは牢獄行きになるかもしれない。
屋敷で京劇『覇王別姫』を披露する。成功。小豆は官に気に入られる。性接待。
帰り路、捨てられた赤ん坊(※小四)を見つける。小豆は小四を劇団へ連れて帰る。
5年後
【1937年 盧溝橋事件前夜】
小豆は程蝶衣と、石頭は段小樓という芸名を名乗る。『覇王別姫』 で常に共演。トップスター。
京劇の重鎮の袁は段小樓と程蝶衣を気に入る。
段小樓は袁との会食よりも女を選ぶ。
段小樓は女郎の菊仙と結婚。
段小樓は段小樓の結婚を否定する。
程蝶衣「僕らがなぜこれほど成功したか。師匠の言葉を覚えてるか?」「"生涯、共に芝居を"。頼む。僕から離れないで。お願いだ。死ぬまで一緒に歌いつづけよう」
段小樓「今までだって一緒だったろ?」
程蝶衣「一生の話をしてるんだ!一年、一月、一日、一秒、離れていたくない」
段小樓「蝶衣、お前は分別を失ってるよ。舞台を命と思うのはいいが、何も私生活まで…。舞台を降りれば普通の暮らしがある。舞台とは違うんだ。さあ、隈取りを描いてくれ」
菊仙は置屋の女主人から、女郎は素性はすぐにバレると罵られる。
女主人「一度体を売った女は永久に淫売なんだよ」
程蝶衣は袁と会う。袁も同性愛者。
程蝶衣は段小樓との共演を拒絶。
程蝶衣「小樓、これからは袂を分かち、別々の道を歩もう」
日本軍が市内に入ってくる。
程蝶衣の姿は日本軍の将校を魅了。将校は段小樓の衣装を勝手にとりあげられ羽織る。それに怒った段小樓は暴力。日本軍に捕まる。
菊仙は程蝶衣に将校に取り入るよう頼む。条件として菊仙は段小楼と別れると言う。
程蝶衣は将校らの前で"牡丹亭"を舞う。
菊仙は段小樓と別れない。
段小樓と菊仙は程蝶衣から離れて暮らす。段小樓は役者を辞める。
段小樓はコオロギ賭博に熱中。金のために舞台衣装も売り払う。
程蝶衣は阿片に溺れる。
養成所の師匠が2人呼ぶ。
2人はまた折檻される。
菊仙は段小樓を叩くなら自分の許可を得るようにと言う。
菊仙は追い出される。菊仙は妊娠中。
舞台復帰。
師匠急死。
一座解散。
捨て子の小四だけは行き場所が無い。7日間水を入れた桶を持つようにと師匠に言われたとおり、折檻を続けている。
程蝶衣は小四の折檻を止める。弟子にする。
【1945年 日本降伏】
北京に中国の兵士たちが入城。京劇を観に来る。
段小樓「兵隊さん!芝居の最中にライトを点滅させないで下さい。日本軍もしなかった事だ。芝居を見るなら席について下さい」
軍「日本人より劣っているとは何事だ!」
程蝶衣は裏に隠れる。
段小樓らと軍の乱闘。
菊仙流産。
程蝶衣は売国奴と言われ逮捕される。
子を失った菊仙は「物乞いもいとわない。2人だけで静かに暮らしたい」と言う。程蝶衣と縁を切って、と言う。
段小樓は袁に頼み、裁判で有利な証言をしてもらうことに。
程蝶衣の裁判。
抗日戦争の最中、本事件の被告、程蝶衣は青木三郎なる日本軍将校とその仲間の前で彼らのためにいかがわしい歌舞を演じた。被告はさらに青木と結託。敵の士気を煽り、我が同胞の尊厳を傷つけた。青木は日本軍投降後も降伏の意を示さず、我が軍によって射殺された。青木と被告の親しい関係はこれらの写真によって明らかである。
袁や段小樓たちの証人喚問。強制されたことだと。仕方なかったことだと。しかし、程蝶衣は自分の立場を不利にする発言をする。
程蝶衣「宴席には出ました。日本人は憎い。けれど彼らは私に指一本触れなかった」「青木が存命なら、京劇を日本へ持って行ったでしょう。私を殺せ!」
審理は保留。仮釈放。
程蝶衣、阿片中毒。発作。
段小樓のおかげで立ち直る。
【1948年 国民党政府 台湾逃亡前夜】
【1949年 人民解放軍 北京入城】
舞台の主役が労働者になっていた。現代劇。共産主義思想。
程蝶衣は『覇王別姫』など伝統を大事にしてこそ京劇だと考える。
小四は共産主義思想に順応。程蝶衣は小四に対して稽古を重ねるように言う。
決別。
時代が変わったこと。新しい社会。旧体制。
勤労人民のための舞台。
『覇王別姫』の公演。虞姫役の準備をする程蝶衣。そこに虞姫役の格好をした小四が現れる。役を取られる。
段小樓「お前が助けた子蛇は毒蛇に成長した。だが、逆らえない事だろ?黙って舞台に立つほかない。今がどんな世の中か見るがいい!小豆。兄の言葉を聞いてくれ。おれは覇王でお前はおれの虞姫だ」
程蝶衣「虞姫がなぜ死ぬのだ?」
段小樓「蝶衣。なぜそこまでなたくなにこだわる。あれは芝居だ!」
程蝶衣は干してある衣装を燃やす。
【1966年 北京 文化大革命前夜】
菊仙は文化大革命に不安を感じる。
程蝶衣は段小樓と菊仙のことを家の外から覗き見る。
段小樓と菊仙は抱き合う。
京劇は弾圧される。
程蝶衣と段小樓も自己を批判するよう強要される。
批判闘争の会場。
段小樓「彼は芝居にとり憑かれていた」
「誰の事だ!」
段小樓「蝶衣だよ。彼には芝居しかなかった。客がどんな階層であろうと彼は最上の演技を心がけた」
「話をそらさず質問に答えろ!」「答えないと身の破滅だぞ」
段小樓「蝶衣は抗日戦争が始まった頃、日本軍将校の前で歌を歌った。裏切り者だ!」
「蝶衣を許すな!」
段小樓「彼は国民党の傷兵や反動的な劇場主の前で地主や資本家、その家族の前で歌い京劇のボス、袁世卿の前で歌った」
「蝶衣を許すな!」
「それから?」
段小樓「彼は自堕落にも阿片にふけった。労働者の血と汗が阿片の煙となって消えた」
「もっと続けろ」「話せ!」「蝶衣を許すな!」
段小樓は殴られる。
段小樓「袁世卿に取り入るためにこいつはあの男と…こいつと袁世卿は…そうだろ?お前と彼は…お前と彼は…お前と彼は…」
段小樓は被り物や刀を火に入れる。
それを拾う菊仙。
程蝶衣「僕を裏切った。この僕を…いいとも!なぜ日本軍の前で"牡丹亭"を歌ったと思う。お前という奴は良心をなくした野良犬のような人間だ。人間の抜け殻だ!この女に出会ったのがお前の運のつき。それですべてが終わった。今は天罰がお前に下ったのだ。いいや違う。僕らは自らこの運命にはまり込んだのだ。因果応報だ。僕は恥ずべき人間だ。覇王もひざまずいて命乞い。ここまで汚された京劇は滅びるほかない。当然だ!因果応報だ。もう一つ暴こう。あの女!あの女の正体を知っているか?春を売ってた淫売だ。"花満樓"で艶名を売ってた女郎だ。吊るしあげるがいい!あの女を殺せ!」
「小樓、今の話は本当か?答えろ」
段小樓「本当だ」
「愛してるのか?どうだ」
段小樓「愛してなどいない」
「本当だな?」
段小樓「本当だ。愛してない。誰があんな女を!もう縁を切る!縁を切る!」
菊仙は首を吊って死ぬ。
【11年後】
程蝶衣と段小樓は『覇王別姫』のリハーサル。
段小樓は体力が衰えている。
幼い頃と同じように、「男に生まれ」とセリフを間違える。
程蝶衣は段小樓の剣を抜く。自殺。
段小樓「小豆子」と呟く。
【1990年、北京では、京劇一座、北京入城200周年を記念する祝賀上演が行われた】