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執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

米国での「赤色3号」の禁止という発表について(前)正確な情報提供を

畝山 智香子

2025年1月15日、FDAが食品と経口摂取医薬品への赤色3号の認可を取り消す予定であるという発表を行いました。
FDA to Revoke Authorization for the Use of Red No. 3 in Food and Ingested Drugs | FDA

これは日本国内でも報道されています。
米国、着色料「赤色3号」の食品使用禁止 発がん性懸念 – 日本経済新聞(2025年1月16日)
米、着色料「赤色3号」使用禁止 発がん性懸念、日本は漬物に利用 | 共同通信
しかしこのタイトルはFDAの発表を正確に反映しておらず、記事の内容も必要な情報に欠けているため誤解を招くものになっています。

本稿では、前編でFDAがどのような発表をしたのか正確な情報をお伝えし、後編で今回の発表に至った理由と今後の影響について考察します。

●一次情報を確認しよう

まずはFDAの公式発表を確認しましょう。
プレスリリースの最初で、「FDAは、連邦食品・医薬品・化粧品法(FD&C法)のデラニー条項(Delaney Clause)により、法の問題としてFD&C Red No.3(赤色3号)の使用許可を取り消す。」と明確に述べています。

つまりニュースのタイトルは「米国、デラニー条項により赤色3号の使用許可を取り消す」となるべきです。そして安全性の問題ではなく法の問題であるため、FD&C法のデラニー条項とは何か、を解説する本文が必要です。ところが上記の日本の記事にはデラニー条項の名称すら出てきません。

FDAのプレスリリースではその後この決定に至った経緯を説明しています。
要点を紹介すると、

  • 1960年のFD&C法改正でデラニー条項が制定された。この条項は食品添加物あるいは着色料がヒトまたは動物にがんを誘発することがわかった場合、それを認可してはならないと定めている。
  • 赤色3号は1969年に食品と医薬品に使用できる恒久リスト掲載着色料として認可されていた。
  • 1990年にFDAは化粧品と局所用医薬品への赤色3号の使用を暫定リストから恒久リストにする請願に対応した。その際の承認プロセスの一環として調べた情報の中に赤色3号がラットに発がん性を示すデータがあったためFDAはデラニー条項に基づき、この請願を却下した。
  • 1992年、FDAは上記の雄ラットで観察された影響を理由に、デラニー条項により赤色3号の食品および医薬品への使用に関する恒久リストを取り消す意向を発表した(57 FR 16702)。しかしその時点で安全上の懸念はなく、リソースに限りがあるとして対応はしなかった。
  • 2022年、Center for Science in the Public Interest(CSPI)をはじめとする環境団体等の合同による赤色3号のデラニー条項該当を主張する請願により対応を迫られた。
  • 2025年、赤色3号をデラニー条項のため食品と医薬品に使用できる恒久リストから外すことを決定した。

つまり、FDAは赤色3号の状況には法律上の矛盾があることはわかっていたものの、安全性に問題がないために法の整合性をとることを保留していたところ、NGOの弁護士に強く指摘されたので対応した、わけです。

なおFDAのプレスリリースには記載されていませんが、2024年11月25日には超党派の議員からFDAに対して圧力がかけられています。
Letter to FDA on Red 3 (11.25.24).pdf

1992年に認可を取り消すと言っておきながら30年も放置するとはなにごとか、と言われています。

●デラニー条項とは

ここでのキーワードはデラニー条項です。

デラニー条項は1950年代にJames Delaney下院議員により導入された一連の食品に添加される化学物質の安全性を強化するための条項で、対象となる法律は残留農薬については1954年、食品添加物が1958年、色素については1960年に成立しています。

これらの認可をするにあたって、ヒトや動物で発がん性が確認された場合には認可してはならないというのがデラニー条項になります。ヒトにはあてはまらないような実験条件であっても、とにかくがんができたものは全て認可してはならないということになります。がんに対してはハザード情報のみで、ゼロトレランスで対処するという思想です。逆に言うと、発がん物質を規制することでヒトのがんが制圧できるのではないかという希望があった時代ともいえます。

日本でもこの頃にサッカリンやサイクラミン酸(チクロ)の発がん性という情報が騒動になり、サイクラミン酸は1969年に使用禁止になりました。いずれも現在ではこれらの動物でのがんはヒトにはあてはまらないことがわかっています。

当時は動物での発がん性試験はまだそれほど知見が多くはなく、動物特有の性質や大量投与による組織への傷害など二次的影響で動物にがんができる場合や発がん物質が普通の食品中に数多く含まれているといった事実はあまり知られていなかった時代です。

(参考までに山極勝三郎先生が化学物質によって人工的にがんができることを世界で初めて実験で示したのが1915年です。1926年にはデンマークのヨハネス・フィビゲル博士に寄生虫によるがんの発生でノーベル賞が与えられています。IARCの設立が1965年です。)

今回の赤色3号の場合、発がん性が確認された試験というのは以下です。
Lifetime toxicity/carcinogenicity study of FD & C Red No. 3 (erythrosine) in rats – PubMed
Food Chem Toxicol. 1987 Oct;25(10):723-33.

SDラットに赤色3号0, 0.1, 0.5, 1あるいは 4%含む餌を与えた(体重当たりの摂取量としては~17.5, 35.8, 298.3 および 4000 mg/kg体重に相当)ところ甲状腺濾胞細胞腺腫とがんが雄の4%群で統計的有意に多かったというものです。1%までの濃度での用量相関はなく、4%群のみで影響が観察されています。

これは後になって甲状腺ホルモンへの影響の結果の二次的な腫瘍であることがわかりました。赤色3号はラットの甲状腺ホルモンのT4をT3(活性型)に変換する作用を抑制し、そのため甲状腺ホルモンが足りないと感知されて下垂体から甲状腺ホルモン刺激ホルモン(TSH)が多く分泌されるようになります。甲状腺は長期的にTSHによる刺激を受けるとがんリスクが高くなります。そしてこの甲状腺ホルモンとTSHの動態はヒトとラットでは相当異なることがわかっていて、ラット試験での甲状腺への影響はヒトにはほぼあてはまりません。

こうしたことからFDAは安全性についての問題ではないと言っているわけです。

FDAは1992年に、ヒトにがんを誘発するリスクがほぼない食用色素は認可されるべきだと主張していましたが裁判所に却下されたため、デラニー条項を厳格にあてはめざるを得ません。これはEPAが農薬についてデラニー条項を廃止できたのとは対照的です。

●デラニー条項は生きていた

実をいうと私も、EPAの管轄する残留農薬の規制ではデラニー条項が廃止されているために、デラニー条項はもうなくなったのだと思い込んでしまっていました。でもFDAの管轄する法律ではデラニー条項がまだ生きているということを認識したのは2018年の以下の発表です。
FDA Removes 7 Synthetic Flavoring Substances from Food Additives List | FDA
October 5, 2018

この時ベンゾフェノン、アクリル酸エチル、メチルオイゲノール、ミリセン、プレゴン、ピリジン、スチレンが、合成品を食品に添加することの認可を取り消されました。これらのうちいくつかは天然に食品に含まれるもので、FDAはこの時も安全上の問題ではない、と発表しています。

後編に続く

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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