4月14日に公開される『聖地には蜘蛛が巣を張る』は、イランの聖地マシュハドに実在した連続殺人鬼「スパイダー・キラー」が起こした事件を映画化した作品だ。2000年~2001年の約1年間で16人の娼婦を殺害したサイード・ハナイは、敬虔なイスラム教徒であり、あたたかい家庭に恵まれた“ごく普通の男性”であった。そして驚くべきことに、この残虐な行為に及んだ彼は一部の人々のあいだで賞賛された。“悪い女”を罰した「英雄」だと――。

本作を監督したのは、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリを受賞した北欧ミステリー『ボーダー 二つの世界』(18)で知られるアリ・アッバシ監督。イラン出身で、近年はデンマークを拠点に活動している監督に、“普通の男性”の中にミソジニー(女性嫌悪・蔑視)が生まれる背景について話を聞いた。

『聖地には蜘蛛が巣を張る』あらすじ
聖地マシュハド。「街を浄化する」という犯行声明のもと娼婦を殺害し続ける“スパイダー・キラー”に街は震撼していた。だが一部の市民は犯人を英雄視していく。事件を覆い隠そうとする不穏な圧力のもと、女性ジャーナリストのラヒミは危険を顧みずに果敢に事件を追う。ある夜、彼女は家族と平凡に暮らす一人の男・サイードの心の深淵に潜む狂気を目撃し、戦慄する……。

セックステープ流出被害に遭った国民的俳優を主演に起用

本題に入る前に、本作のキャスティングにまつわるエピソードが興味深いので紹介したい。ミソジニーに端を発するフェミサイド(女性であることを理由にした殺人)事件を映画化した本作だが、主人公である女性ジャーナリスト・ラヒミを演じたイラン人俳優ザーラ・アミール・エブラヒミもまた、性的なスキャンダルからミソジニー的な批判を浴びた経験がある。

ラヒミ役のザーラ・アミール・エブラヒミ/『聖地には蜘蛛が巣を張る』

彼女を主演に起用したことは、脚本にも大きな影響を与えた。アッバシ監督の当初の脚本では、ラヒミは「学校を出たばかりの、野心的で犯人を捕まえるために無茶をする女性」として描かれていたが、当初、アシスタント・プロデューサーとキャスティング・ディレクターを兼任していたザーラが主演を引き受けてから、ラヒミ像は一新された。上司からセクハラを受けたのに、被害者非難(ヴィクティム・ブレーミング)をされて新聞社にいられなくなったという人物像に変えられたのである。

「ザーラは誰もが知っているイランの国民的TVスターだったんです。それがある日、第三者により私的なセックステープが流出するという被害に遭いました。恐らく、イランで初めての性的動画の流出事件でしょう。
大変な騒ぎになり、ザーラはイラン社会やメディアから“売名行為のためにやった”とさんざん批判されたんです。加害者よりもザーラが批判されました。それなのに、彼女のセックステープはどんどん売られたんです。被害に遭った女性を非難する傍ら、女性の被害を売り物にする……こういった社会の二面性もサイードのような人間を生んだように思います。だからラヒミの人物像をザーラの経験に寄せました」(アッバシ監督、以下同)

結果、ザーラの迫真の演技は絶賛され、2022年度のカンヌ映画祭で主演女優賞を受賞している。