菅直人首相が8月28日、工場建設など企業の国内投資を促す対策をまとめるように直嶋正行経済産業相ら関係閣僚に指示した。税制優遇措置や規制緩和などを盛り込んだ対策になると見られる。深刻な雇用情勢へ対応する狙いもあるのだろう。
しかし、雇用吸収力が大きい自動車メーカーなどの多くの製造業は、税制優遇や補助金があっても日本国内に投資はしないだろう。その理由は簡単だ。少子高齢化が進む日本はもはや将来性のある「市場」ではないからだ。

最終消費財を造るメーカーは「市場」に近いところで製造するのが大原則だ。この結果、最終消費財メーカーに材料を提供する素材メーカーも海外への進出が加速する。
さらに進みそうな円高も、製造業の国内投資を渋らせる要因になるだろう。政府がいくら対策を打っても、これからは海外への投資ばかりが加速するのが現実だ。
弱肉強食のグローバル経済の中で戦う企業の判断はシビアだ。その現実が見えないようでは、首相をはじめとする民主党のお歴々は相当な「経済音痴」と言えよう。
そのシビアな判断を下した分かりやすい事例がある。日産自動車が7月13日に発表した4代目新型「マーチ」だ。生産拠点を追浜工場からタイ工場に移した。
誰もが知っているような国内で売られる量販車を日本の自動車メーカーが海外工場で製造して日本に輸出するのは初めてだ。
日産は4代目「マーチ」に、車の骨格となる新しい「V-プラットホーム」を採用。タイでの「V-プラットホーム」の部品は、85%をタイ国内、10%を中国・インド、5%を日本からそれぞれ調達する。コストも大きく下がり、最廉価版は100万円を切る。
さらに驚くべきことは、車体に使う鉄鋼の「ハイテン材」は新興国では調達できないが、日本からの輸出で対応していると、コスト競争力が低下するため、「ハイテン材」に代わる剛性が高くて軽量のスチールを現地で開発・調達した点だ。冒頭にも述べたように、最終消費財の生産が海外に移れば、素材の国内生産が減ることの象徴的な事例と言えよう。
日産では、新型車をどこで生産するか決める場合、社内競争がある。コストや品質などを勘案して最も競争力の高い工場で生産する。例えば「キューブ」ではメキシコ工場と追浜工場が最終的に競い合い、追浜が勝った。4代目「マーチ」もこうしたプロセスを経て生産拠点が選ばれた。
日本に本社があっても、日本は「one of them」なのだ。感情論的には「日本を大切にしろ」といった声もあろうが、これはグローバル企業の経営判断として当然なのである。