ラーメンはいつからこんなに説教くさい食べものになってしまったのか
日本人にとってラーメンとは?たかだか100年あまりの歴史しか持たないラーメンは、どうして「国民食」となったか? 「ラーメン職人」が作務衣を着るのはなぜ? ラーメンの「進化」を戦後日本の変動と重ね合わせ、日本人の持つ国民性を浮かび上がらせるユニークな現代史。速水健朗著『ラーメンと愛国』のまえがきを特別公開!
まえがき
食べものに関するエッセイの名手でもある漫画家の東海林さだおが、ラーメンの具についてこんなことを書いている。東海林がラーメンを食べてきた五〇年の歴史の中で、ラーメンの具からナルトとほうれん草が消え、新たに海苔と煮玉子が「登場して定着した」というのだ(『週刊朝日』二〇一〇年一二月三一日号)。
なるほど、ラーメンほど激しく変化する食べものも珍しい。ナルトやほうれん草が海苔と煮玉子になったという具材の変化だけではない。しょうゆやみそ、塩が定番だった時代から、現在の主流はとんこつ魚介、しょうゆとんこつ、そしてつけ麺が定番となった。
また、ラーメンほど呼び名が変わる料理も珍しい。かつての華僑の居留地で南京そばと呼ばれたのが始まりで、以後、支那そば、中華そば、ラーメンと変わってきた。さらに、いまどきのラーメン屋は、カタカナでラーメンを名乗らず、代わりに麺屋、麺処などが主流になりつつある。
ラーメン屋の内外装も変わった。赤地に白抜きでラーメンと書かれたのれんや赤の雷紋の入った丼は消えた。現在のラーメンのイメージカラーは、赤ではなく黒や紺だろう。看板やメニューの文字は手書きで書き殴った感じ。これと同様に、店主・店員の格好も変わる。白いコックスーツは皆無。作務衣または、漢字で何やら書かれた紺や黒のTシャツ、頭にはバンダナかタオルを巻いている。
戦後の日本の社会の変化を捉えるに、ラーメンほどふさわしい材料はない。ラーメンの変化は時代の変化に沿ったものである。本書が試みようとしているのは、そんなラーメンの変遷を追って見た日本の現代史の記録である。