心所
心所(しんじょ、巴: cetasika, チェータシカ、梵: caitasika, チャイタシカ)とは、仏教における心(巴: citta )の構成要素・機能・中身のこと[1]。五位分類においては、「心所法」として表現される。
仏教用語 心所 | |
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パーリ語 | cetasika |
サンスクリット語 | caitasika, caitika, caitta |
チベット語 |
སེམས་བྱུང་ (Wylie: sems byung; THL: semjung) |
中国語 |
心所 (T) / 心所 (S) 心所法 (T) / 心所法 (S) 心數 (T) / 心数 (S) (旧訳) 心數法 (T) / 心数法 (S) (旧訳) |
日本語 |
心所 (ローマ字: shinjo) |
朝鮮語 |
심소, 심소법, 마음작용 (RR: simso, simsobeob, maeumjakyong) |
英語 |
mental factors mental events mental states |
今日アビダルマによって研究され注釈される主な心所は以下がある[2]。
- アヌルッダによる『アビダンマッタ・サンガハ』 - 上座部仏教による52心所
- ブッダゴーサによる『アッタサーリニー』 - 上座部仏教による52心所
- 世親による『阿毘達磨倶舎論』 - 説一切有部による46心所
- 無著による『大乗阿毘達磨集論』 - 大乗仏教による51心所
- トンパ・シェンラプ(ston pa gshen rab)による 『蔵窟』 (mdzod phug) - チベット・ボン教による51心所
部派仏教
編集上座部大寺派
編集南伝の上座部仏教(上座部大寺派)では、『アビダンマッタ・サンガハ』に則り、心所(しんじょ、cetasika, チェータシカ)を以下の全52種とする[3][4]。心所は4つある勝義諦のひとつである[1]。
Terasaññasamānā ca cuddasākusalā tathā; Sobhanā pañcavīsāti dvipaññāsa pavuccare.
このように、13の同他(心所)、14の不善(心所)、25の浄(心所)という、52(心所)が説かれている。[5]
—アビダンマッタ・サンガハ II. Cetasikaparicchedo
- 同他心所(どうたしんじょ、aññasamāna cetasika, アンニャサマーナ・チェータシカ)(13)[5]
- 共一切心心所(くいっさいしんしんじょ、sabba-citta-sādhārana cetasika, サッバチッタサーダーラナ・チェータシカ)(7) - あらゆる心に必ず生まれる七つの心所[5]
- 雑心所(ぞうしんじょ、pakinnaka cetasika, パキンナカ・チェータシカ)(6)
- 不善心所(ふぜんしんじょ、akusala cetasika, アクサラ・チェータシカ)(14)
- 【痴系】
- 【欲系】
- 【怒系】
- 瞋(しん、dosa, ドーサ) - 怒り
- 嫉 (しつ、issā, イッサー) - ねたみ、嫉妬
- 慳(けん、macchariya, マッチャリヤ) - 物惜しみ
- 悪作(おさ/あくさ、kukkucca, クックッチャ) - 後悔
- 【その他】
- 浄心所(じょうしんじょ、sobhana cetasika, ソーバナ・チェータシカ)(25)
- 【共浄心所】
- 信(しん、saddhā, サッダー) - 仏法僧など、善なる対象に対して心を澄ませること
- 念(ねん、sati, サティ) - 気づき、自覚
- 慚(ざん、hiri, ヒリ) - 罪を恥じること
- 愧(き、ottappa, オッタッパ) - 罪を恐れること
- 無貪(むとん、alobha, アローバ)
- 無瞋(むしん、adosa, アドーサ) - 慈しみ
- 中捨(ちゅうしゃ、tatramajjhattatā, タトラマッジャッタター) - 心の平静さ
- 身軽安(しんきょうあん、kāyappassaddhi, カーヤッパッサッディ)
- 心軽安(しんきょうあん、cittappassaddhi, チッタッパッサッディ)
- 身軽快性(しんきょうかいしょう、kāyalahutā, カーヤラフター) - 体の身軽さ
- 心軽快性(しんきょうかいしょう、cittalahutā, チッタラフター) - 心の身軽さ
- 身柔軟性(しんにゅうなんしょう、 kāyamudutā, カーヤムドゥター) - 体の柔軟さ
- 心柔軟性(しんにゅうなんしょう、 cittamudutā, チッタムドゥター) - 心の柔軟さ
- 身適合性(しんちゃくごうしょう、kāyakammaññatā, カーヤカンマンニャター)
- 心適合性(しんちゃくごうしょう、cittakammaññatā, チッタカンマンニャター)
- 身練達性(しんれんだつしょう、kāyapāguññatā, カーヤパーグンニャター)
- 心練達性(しんれんだつしょう、cittapāguññatā, チッタパーグンニャター)
- 身端直性(しんたんじきしょう、kāyujukatā, カーユジュカター)
- 心端直性(しんたんじきしょう、cittujukatā, チットゥジュカター)
- 【離心所】
- 【無量心所】
- 【智慧の心所】
- 慧根(えこん、paññindriya, パンニンドゥリヤ) - 真理に対する智慧
- 【共浄心所】
説一切有部
編集→詳細は「五位 § 諸説」を参照
説一切有部の『倶舎論』では、心所(心所法)を以下の全46種とする。
- 心所法(しんじょほう、caitasika dharma, チャイタシカ・ダルマ)(46)
- 大地法(だいじほう、mahā-bhūmika dharma, マハーブーミカ・ダルマ)(10)
- 大善地法(だいぜんじほう、kuśala-mahābhūmika dharma, クシャラ・マハーブーミカ・ダルマ)(10)
- 大不善地法(だいふぜんじほう、akuśala-mahābhūmika dharma, アクシャラ・マハーブーミカ・ダルマ)(2)
- 大煩悩地法(だいぼんのうじほう、kleśa-mahābhūmika dharma, クレーシャ・マハーブーミカ・ダルマ)(6)
- 小煩悩地法(しょうぼんのうじほう、parītta-kleśabhūmika dharma, パリーッタクレーシャブーミカ・ダルマ)(10)
- 不定地法(ふじょうじほう、aniyatabhūmika dharma, アニヤタブーミカ・ダルマ)(8)
大乗仏教
編集唯識派・法相宗
編集唯識派及びその東アジア後継である法相宗では、『唯識三十頌』に則り、心所(心所法)を以下の全51種とする[6]。
- 心所法(しんじょほう、caitasika dharma, チャイタシカ・ダルマ)(51)
- 遍行心所(へんぎょうしんじょ、sarvatraga, サルヴァトラガ)(5)
- 別境心所(べっきょうしんじょ、viniyata, ヴィニヤタ)(5)
- 善心所(ぜんしんじょ、kuśala, クシャラ)(11)
- 煩悩心所(ぼんのうしんじょ、kleśa, クレーシャ)(6)
- 随煩悩心所(ずんぼんのうしんじょ、upakleśa, ウパクレーシャ)(20)
- 小随煩悩(10)
- 中随煩悩(2)
- 大随煩悩(8)
- 不定心所(ふじょうしんじょ、aniyata, アニヤタ)(4)
ボン教
編集ボン教の『蔵窟』 (mdzod phug)では、心所('du byed)を以下の全51種とする[7][8]。
- 遍行心所 (5)
- 受 (tshor ba)
- 想 ('du shes)
- 思 (sems dpa')
- 触 (reg pa)
- 作為 (yid la)
- 別境心所 (5)
- 欲 ('dun pa)
- 信解 (mos pa)
- 念 (dran pa)
- 三昧 ('dzin pa)
- 知恵 (shes pa)
- 善心所 (11)
- 養育 (gso ba) - 憐憫の気持ちを起こすこと。 (悲)
- 無貪 (ma chags)
- 不受 (mi len) - 自分のものにしない心。 (不偸盗)
- 正語 (smra ba, bden pa) - 変わらない言葉を喋る心。
- 喜 (kun dga') - 諍いが静まった心。
- 静寂な音声 (ngag zhi) - 実に静まった心。
- 柔和な言葉 (tshig 'jam) - 喜ばしい言葉を生じさせる心。
- 神の心 (lha sems) - 一切に平等で落ち着いた心。 (捨)
- 慈 (byams pa) - 極めて優れた友愛の心。
- 真実の行 (bden pa) - 確証を見せること。
- 不逸脱 (mi 'da') - 義(don)から後戻りしない心。
- 根本煩悩心所 (6)
- 瞋 (zhe sdang)
- 痴 (gti mug)
- 慢 (nga rgyal)
- 貪 ('dod chags)
- 嫉 ('phra dog)
- 無明 (ma rig)
- 随煩悩心所 (20)
- 悪見 (lta ba)
- 疑 (the tshom)
- 忿 (khro ba)
- 恨 (mkhon 'dzin)
- 覆 ('chab pa)
- 遍計所執 (kun brtags)
- 慳 (yang pa, ser sna)
- 誑 (sgyu ma)
- 諂 (g.yo ba)
- 驕 (rgyag pa)
- 害 ('tshe ba)
- 無慚 (ngo tsha med pa)
- 憂鬱な夢 (non rmis) - 落胆が増すこと。
- 掉挙 (rgod pa)
- 不信 (ma dad)
- 懈怠 (le lo)
- 放逸 (bag med)
- 失念 (brjed ngas)
- 散乱 (g.yeng ba)
- 迷乱 ('khrul pa)
- 不定心所 (4)
- 悪作 ('gyod pa)
- 睡眠 (gnyid)
- 尋 (rtog pa)
- 伺 (dpyod pa)
脚注・出典
編集- ^ a b スマナサーラ 2007, Introduction.
- ^ Primary Minds and the 51 Mental Factors by Alexander Berzin (see section "Count of the Mental Factors")
- ^ ウェープッラ&戸田 2013, pp. 47–52.
- ^ スマナサーラ 2007, Chapt.1.
- ^ a b c スマナサーラ 2007, Chapt.2-i.
- ^ 「仏教の言葉の「心王(しんのう)・心所(しんじょ)」について、いくつか種類があったと思うが、それぞれの名称を確認したい。」(山梨県立図書館) - レファレンス協同データベース
- ^ 熊谷 et al. 2022, p. 109.
- ^ Mdzod phug text (Dan Martin), Version: January 2010、2023年6月2日閲覧。
参考文献
編集- ウ・ウェープッラ、戸田忠『アビダンマッタサンガハ 南方仏教哲学教義概説〔新装版〕』中山書房仏書林、2013年。ISBN 978-4-89097-076-6。
- 熊谷 誠慈 (編集)『ボン教: 弱者を生き抜くチベットの知恵』創元社、2022年。ISBN 978-4422140308。
- アルボムッレ・スマナサーラ『ブッダの実践心理学 アビダンマ講義シリーズ』サンガ〈第3巻 心所〉、2007年。ISBN 978-4901679305。