焦点:米国で賃金上昇の波広がる、州データに現れた「転換点」
[オークランド(カリフォルニア州)/カントン(ニューヨーク州)/ワシントン 5日 ロイター] - 米労働者が長年待ち望んでいた賃金上昇が、全米の広範囲に広がっていることが、ロイターが各州データを分析した結果、明らかになった。失業率低下がようやく賃金を押し上げ始めていることを示している。
昨年は、全米で少なくとも半数の州において平均賃金が前年を大きく上回る3%超上昇した。金融危機による歴史的なリセッション(景気後退)の10年を経て、失業率が記録的低水準に迫った州の数も急増した。
州レベルで集計されたデータは、国家統計からは見えてこない転換点を示唆している可能性がある。
過去4年にわたり、米国経済は新たに1000万人の雇用を生み出し、完全失業率は2000年以降で最低水準にまで低下している。だが、賃金の上昇は見られなかった。
とりわけトランプ大統領の就任初年、企業は恩恵を受け、株式市場が上昇したにもかかわらず、こうしたズレは、米連邦準備理事会(FRB)の専門家を悩ませ、格差拡大を懸念する政治家をいら立たせ、一般的な米国民の足かせになってきた。
トランプ大統領は、自身が推進する法人税減税を柱とする税制改革が企業マインドを高めていると強調する。また、先月30日に議会で行った一般教書演説では、米国民は長年にわたる不況を経て、ようやく賃金上昇を目にしていると語った。
確かに、1月の時間当たり平均賃金は前年比+2.9%で、約8年半で最大の上昇率となった。とはいえ、エコノミストが健全な経済の兆候とする3.5─4%の上昇率には至っていない。
ロイターによる分析と全米各地の企業への取材から、賃金上昇は製造業からテクノロジー、小売業に至るまでさまざまな業種で起きていることが明らかとなった。だが、どの程度トランプ大統領の功績としていいのかについては、企業経営者の反応はまちまちだった。リセッション(2007─09年)のピーク時に10%を記録した失業率は、ここ数年の雇用成長で6ポイント近く低下した。
「この会社にいる誰もが、ここを辞めてもっと稼ぐことができると分かっている」と、ニューヨーク州で中古車ディーラーにソフトウエアを販売するフレイザー・コンピューティングのマイケル・フレイザー社長は語る。対策として、同社は昨年末に6.1%の賃上げを行ったという。前年は3.7%の賃上げだった。
オレゴン州ポートランドのソフトウエア企業「Zapproved」は、プログラミングの学校を卒業したばかりの人たちを雇い、最大3カ月の研修を行っているという。これまで雇っていたソフトウエア開発経験者の賃金が高くなり過ぎたためだ。それでも同社では、「賃金相場に遅れを取らないようにする」ため、年2回の昇給を実施していると、モニカ・エナンド最高経営責任者(CEO)は話す。
<記録的低水準の失業率>
ロイターが入手可能な直近のデータを分析したところ、50州のうち半数の州では昨年、時間当たり平均賃金が3%超上昇していた。2016年は17州、2015年は12州、2014年は3州だった。週当たり平均賃金の上昇も30州で見られ、過去数年と比べてこちらも急増している。
また、ニューヨーク州を含む17州では、失業率が記録的低水準、あるいはそれに近づいていることも分かった。2016年は、そのような州はわずか5州だった。
「失業率が非常に低いときは、賃金の伸びが加速する傾向にある」と、アリゾナ州立大学のBart Hobijn経済学教授は指摘する。
カリフォルニア州、アーカンソー州、オレゴン州などは、賃金上昇率が3%超、失業率は記録的低水準だった。
このように米国で労働者の賃金上昇が拡大する一方、堅調な世界経済がドイツから日本に至るまで各国の賃金を押し上げている。
米ニューヨーク(NY)連銀のダドリー総裁は先月、失業率が低い州でより堅調な賃金上昇が見られたことで、長らく停滞していたインフレ率がまもなく上昇することを確信したと語っていた。
カリフォルニア州のベーグル店「Noah's New York Bagels」は、53店舗あるうち半数以上で、新規雇用者に対し法定最低賃金以上を支払っている。昨年半ばの倍の店舗数だという。
サンフランシスコのベイエリアのような失業率が低い地域では「十分な人材を確保するのは非常に難しい」と、同社のタイラー・リックス社長は言う。同社では今年、5店舗を新規にオープンするが、さらなる賃上げも予定しているという。
確かに、アイダホ州のような一部の州では、失業率が非常に低いにもかかわらず、いまだに賃金が伸び悩んでいる。一方で、デラウェア州など賃金が非常に大きく伸びていても、失業率が自州の低水準記録を依然として上回っているところもある。
また、1970年代以降おおむね減少していた労働分配率は、この10年間微増にとどまっており、労働者が差を縮めるにはまだ長い道のりがあることを示唆している。
とはいえ、州レベルのデータはその第一歩を踏み出したことを暗示してもいる。
アーカンソー州に拠点を置く、航空機のキッチンやトイレ用部品を製造するメーカー、ギャレー・サポートは昨年、未熟練労働者に対し、20%の賃上げを行った。利益は奪われるが、トランプ政権のビジネス寄りの政策によって、ボーイングのような航空会社は恩恵が得られるはずだと、同社のジーナ・ラドキCEOは語る。「賃上げ分をカバーできるほどの売り上げ増をわれわれは確信している」
工場建設に特化するケンタッキー州のグレイ建設では、現場のマネジャーの賃金は2016年以降、20%増加している。だが、年間給与最大20万ドル(約2200万円)のほか1回以上のボーナス支給という条件でも、求人の全てを埋めるには十分ではないこともしばしばだという。
「仕事があふれ過ぎていて、人材を引き抜くのに苦労している」と、同社の人事担当副社長スーザン・ブリュワー氏は語った。
(Ann Saphir記者、Jonathan Spicer記者、Howard Schneider記者 翻訳:伊藤典子 編集:山口香子)
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