焦点:左派色強いMMT、トランプ氏政策と親和性持つ皮肉
[セトーケット(米ニューヨーク州) 7日 ロイター] - 現代貨幣理論(MMT)の提唱者として知られるニューヨーク州立大学ストニーブルック校のステファニー・ケルトン教授は、ロングアイランドのセトーケット港を見下ろす自宅から、米政府の経済政策運営に革命を起こしたいと考えている。
しかしそれは常に不愉快な思いを味わうことになる。連邦政府は、デフォルト(債務不履行)や外国債権団による制約、インフレ高進といったリスクにわずらわされることなく、雇用保証でも環境対策でも好きなだけ支出できるというMMTの主張は、主流派の経済学者から「左派的なフリーランチ(ただ乗り)論」だとツイッターなどで批判の嵐にさらされている。
また米議会が巧みな予算策定と規制を用いれば、物価をコントロールする役割を連邦準備理事会(FRB)から接収できる、と考えているMMT推進派は、非現実的な連中とのレッテルを貼られてきた。
ケルトン氏自身、野党・民主党の大統領候補指名を目指すバーニー・サンダース上院議員のアドバイザーも務めているという面でやや苦しい立場になっている。伝統的に財政規律を重視してきたはずの与党・共和党が擁するトランプ大統領が、実はケルトン氏の理論を最も受け入れている人物に見えるからだ。
実際ケルトン氏は、トランプ氏と議会共和党が2017年終盤に1兆5000億ドルの大型減税を通過させるため、邪魔になる予算上のさまざまな制約を課すのを許さず、連邦債務を22兆ドル超に膨らませたと指摘している。
民主党もゲームに参戦する態勢のようだ。
議会では最近、今後2年間で歳出を2兆ドル引き上げることで与野党が合意。来年の大統領選を巡っても、民主党の候補指名を争っている人々はいずれもこれまで財政規律に言及するのをほぼ避けている。
左派系シンクタンク、ワシントン・センター・フォー・エクイタブル・グロースなどは、経済の新たな「自動安定化装置」の検討を開始した。不況時に連邦歳出を議会の手続きなしで高めるという仕組みで、ケルトン氏は経済が悪化した場合には失業者を吸収できる雇用保証制度によってこうした安定化が達成できると論じている。
サンダース氏をはじめ、野心的な歳出案を打ち出して大統領選に出馬している民主党の候補者は、正式にMMTへの支持は表明していない。それでも金融政策はもはや新たな景気悪化への処方せんにならないかもしれないとの認識が広がっていることもあり、MMTは全米的な議論に一定の影響を及ぼしている。
<新常態>
オバマ政権やクリントン政権の経済政策に深く関与してきたサマーズ元財務長官など、ケルトン氏を批判する人々の一部も、米国が以前ほど借金を懸念しなくてよく、公共投資の不足をもっと気に掛けるべきで、将来の経済政策では財政にずっと大きな役割を与えるべきだということには同意している。
ただどうしても受け入れられないのは、ケルトン氏らが、連邦債務が拡大し過ぎるリスクがあるとの主流派経済学者の主張について、米政府が自国通貨で借り入れをしていることを踏まえれば大げさであり、過剰なインフレの脅威は規制と増税で抑え込めると強調している点だ。サマーズ氏は、こうしたMMTの理論を怪しげなことを意味する「ブードゥー経済学」だと呼び、全面的に否定した。
一方ヘッジファンド運営会社ブリッジウオーター・アソシエーツの創業者レイ・ダリオ氏といった論客は、ケルトン氏が掲げるような政策は「新常態(ニュー・ノーマル)」の経済では「避けがたい」存在になっているとみている。
金利が歴史的な低水準に沈み、物価が低迷している今、中央銀行当局者たちも、果たして次の景気悪化局面を乗り切る金融政策手段があるのか、それがないならどうやって経済を浮揚させるべきか自問自答しているありさまだ。
MMT推進派によれば、こうした現実こそが、議会が完全雇用と適切な需要を確保するために素直にお金を使い、財務省が小切手を切り、FRBがそれをカバーするために紙幣を刷るという方向への政策転換が必要なことを表しているという。
(Howard Schneider記者)
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