焦点:固定電話に迫る「2025年問題」、NTT悩ますサービスの前途
[東京 20日 ロイター] - 1890年の開通以来、1世紀以上にわたり国民生活を支えてきた固定電話の“終わり”が始まろうとしている。
電話網(PSTN)の要となる交換機はすでに製造が停止されており、現存機器の寿命は長くてもあと10年。この「2025年問題」を避けるため、NTT<9432.T>はPSTNをIP(インターネットプロトコル)網に移行する計画だが、携帯電話など通信手段が多様化する中で、固定電話の存続にこだわるべきではないとの議論もある。
<問われるユニバーサルサービス>
総務省の「通信利用動向調査」によると、昨年末の固定電話の世帯保有率は75.7%と過去最低を更新、20代世帯は11.9%まで落ち込んだ。情報通信政策研究所がまとめた「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」(2014年)では10─20代の平日利用率は1%に満たず、固定電話をほとんど利用していない実態が浮かび上がっている。
若年層を中心に固定電話離れが加速するなか、刻々と近付いているのが交換機の寿命だ。NTT東日本によると、今ある交換機は早ければ2020年ごろから使えなくなる見通し。現在は加入者の減少で空いた交換機を予備機として保管し、それを故障機と取り替えるなどして対応しているが、「それをやっても2025年が限界」という。
NTTは交換機が寿命を迎える前に、コアネットワークをPSTNからIP網に移す計画だが、その実現に向けては解決すべき課題も多い。
そのひとつが、国の「ユニバーサルサービス制度」との関係だ。東西会社の固定電話は郵便などとともに全国一律サービスが義務付けられており、勝手にサービスを止めることはできない。この制度が変わらない限り、移行時に残っている固定電話は原則、そのまま引き継ぐことになるが、固定電話は毎年、1000億円程度の赤字を計上しており、できれば止めたいというのが本音だ。
こうしたなか、総務省の有識者会議は昨年末、「固定電話の維持に特化した現行のユニバーサルサービス制度は、見直しの検討を行うことが適当」との方針を示した。
仮にユニバーサルサービスが固定電話でなくなれば「極端なことを言えば、マイグレーションしなくていいということにもなる」(東日本関係者)。マイグレーションには多額の費用がかかるだけに、NTT内からは「固定の音声に対するニーズがこれだけ減ってきている中で、何に投資すべきなのかよく考えないといけない」(持ち株会社関係者)、「日本だけまたガラパゴスを作っても仕方がない」(東日本幹部)といった声も聞こえてくる。
PSTNで実現している機能やサービスをIP網でどこまで引き継ぐかという点も議論が必要だ。たとえばPSTNには他の通信事業者も利用するハブ機能があるが、IP網で実現するには相応の投資が必要となる。緊急通報や公衆電話にも単純に引き継げない機能がある。米国では一足先に一部地域でマイグレーションが始まったが、一部サービスの停止や対応機器の費用負担で、消費者が反発するケースも少なくない。
<国民の負担が増す懸念も>
NTTは今秋に、議論のたたき台となる「ユニバーサルサービスのあり方」と「PSTNマイグレーションの見直し」を発表する予定だ。
情報通信総合研究所主任研究員、清水憲人氏は「音声がユニバーサルサービスであるべきか議論が必要だろう。若者が電話をしない中で、音声電話の維持にエネルギーをつぎ込むことが社会経済的にどうなのか。過去の遺産を引きずったままいけば、国民の負担にもなる」と指摘。東日本の中堅幹部は「固定電話が必要となればIP網に巻き取っていくことになるが、携帯電話は考えなくていいのか。技術は何か、誰がやるべきなのかをしっかりと議論すべきだ」と国の議論に注文をつける。
「通信量からみた我が国の音声通信利用状況」(2013年度)によると、携帯電話とPHSが関わる発着信は全体の5割を超える一方で、加入電話から加入電話への発着信は全体の14.1%にとどまっており、通信の主役はすでに携帯電話に移っている。
ある携帯電話会社の幹部は「ユニバーサルサービスには技術革新のスピードが速い携帯電話はなじまない」と議論の行方に警戒する一方で、「人口減少で国がコンパクトシティを推進しているときに、本当に山の中の集落まで公共サービスを提供すべきなのか考えないといけない」とも語り、見直しの必要性自体には理解を示す。
米国では、ユニバーサルサービスの補助は、高コスト地域だけでなく、低所得者支援や学校・図書館支援などにも振り向けられている。
総務省は当分は固定電話は維持すべきとの立場だが、中堅幹部の間には「ネットにつながれば音声もメールもできる。特定の技術、特定の事業者に限定しない方がいいのではないか」という考え方も出てきている。
志田義寧 編集:北松克朗
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