第三十七話 血を通じて知る
ふと宙を舞う呪刀ではなく、離れた位置で呪刀を操る黒い人形に目を向ける。
小さな子供のような形。その大きさを見ていると本当に小さく、守ってやりたい存在のように思えてしまう。
(……ひっく、うぅ)
ダイの小さな泣き声が聞こえる。さびしいんだよ、と言いながら小さな手が動き、その動きに合わせて呪刀も動く。
(うう、やだ、やだ……ひとり、やだよ……)
その言葉は深い悲しみが含まれている。ダイは己が両親に見捨てられたと思っているのだ。両親の愛を自分に取られたと思っている。
だから愛される者を憎む。愛を与えられる存在を彼は許さない。それが今回の数々の事件を引き起こした。憎む相手ではない。愛する者をその手にかけてしまう恐ろしい邪念と転じて。
ダイが愛されていたことを証明できれば……。
彼の両親はもういない。ダイを知っている存在はこの世にはいない。
けれどそのことが証明できれば。
その方法は……両親が触れていた“モノ”が何かないだろうか。大事に触れていたモノとか。
「……あった……!」
思いついた。すぐここにあるじゃないか!
下手をすれば命に関わる、でもやるしかない。
カルは緊張を緩めようと深く息を吐く。
そしてタキチを持つ手を下ろすと、何も身構えないまま、その場に仁王立ちした。
(カル、何してんだよっ!)
これでは呪刀の標的となる、だがこれでいい。
カルは動かず、呪刀を見上げて叫んだ。
「ダイ、お前は愛されていたんだ! それが知りたきゃ、お前の両親が育て上げたこの血肉を調べてみろ!」
「何やってんだ、お前っ!」
キユウが止めようと走り寄ってくる。
しかし、それは間に合わない。彼の動きよりも早く、呪刀が動き出しているのだから。
両親の記憶が残るもの。それは我が身を流れる血と、両親の触れていたこの肉しかない。
それに触れればわかるはずだ、両親の想いが。
愛する子供に対する、二人の悲しみと愛が。
「来いっ! ダイ、父さんと母さんの愛を感じてみろっ!」
やめろ! キユウとタキチの声が同時に響く。
その声を打ち消すように、刀が空を切る音がカルの耳に届く――その刹那、カルの腹部に呪刀が突き刺さった。皮膚を破る、激しい痛み。内臓がプツリと切れる感覚、腹の中で出血しているという、血の温かさ――気持ちが悪かった。
でもこんなの、ダイの抱いていた長年の苦しみに比べたら大したことはないっ!
カルは深く刺さってくる刀の感触を、歯を食いしばって受け入れる。腹の肉に、奥に、冷たい感触がゆっくりと伝わってくる。
(あ、あ、あぁ……おとう、おかあ……?)
ダイの声が震え出した。黒い人形がわなわなと信じ難いものを見せられているように悶えている。腹部に刺さる呪刀を通じて、カルもダイが何を見ているのかを感じ取っていた。
頭の中には、つい半年前まで一緒に過ごしていた両親の姿が映し出されていた。
だが側にいるのはカルではなく、生きていた頃のダイだ。我が子をあやし、あやされ、幸せそうに過ごす家族の記憶。それが今、カルの頭の中にも届いている。この幸せが続き、ダイが大きくなり、もっとたくさん幸せを感じるはずだったのに。
間もなくして、ダイは突然の死神に襲われてしまう。
涙も出なくなるほど悲しみ続けた両親はダイの墓を立てたが悲しみは癒えることはなかった。
このままではいけないと感じたダイの父は、偶然にも知り合いが子供を残して亡くなったという話を耳にした。
その知り合いこそ、自分の母であるリラ。
残された子供が自分だ。
いつまでもこのままでは自分達も前に進めない。ダイの父は自分を引き取り、ダイの母に引き合わせた。
ダイの母は、最初は戸惑っていた。それでも次第に境遇の似たカルを受け入れるようになり、新しい生活を始めようと思い立って、バスラを離れることを決めたのだ。
『ごめんなさい、ダイ……でも、あなたのこと、愛している。ずっと、ずっと』
バスラを離れた後も、両親は何度もこの言葉を心の中で呟いていた。カルの知らない所でバスラの方角に手を合わせ、毎日毎日、欠かすことなく、ダイを想って祈りを捧げていたのだ。
両親はずっと、忘れることなく想い続けていたのだ――亡くなるまで。
(う、うぅ……おとう、おかあ……)
カルの腹部に刺さっていた呪刀がずるりと抜け、地面に当たって金属音を立てる。
カルは傷を――あふれ出る血を手で押さえながら小太刀を見つめた。
小太刀はカルの鮮血に染まっていたが、次第に黒く染まっていた刀身に変化が生じる。黒い霞が立ち上るように霧散していくと、それはただのサビた小太刀となり、元の姿を現したのだ。
「こ、この小太刀は……そうだったのか……元は俺の物、だ」
懐かしさを感じた小太刀の正体。
それは母が残した忘れ形見だ。バスラを離れる際にダイの両親が、ダイの墓に供えたのだ。
新しい“兄弟”を守ってあげて欲しい。ダイにそんな望みを託して、この墓に供えられていたのだ。
「ま、まさか、それで、刺される、とは思わなかったけど、な……」
腹部の傷を押さえるが指の隙間から血があふれ続けている。
もうダメだ。身体も自力で支えられなくなった。
力をなくしたカルは地にうつ伏せに倒れ、握っていたタキチもカランと地面に転がった。
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