第7話 元型・4(苑)~里海の願い~
1.
「協力……?」
里海は、苑が発した言葉を吟味するように口の中で転がす。
思案するような表情を、真摯に自分を見つめる苑のほうへ向け、慎重な様子で口を開いた。
「協力って、具体的にはどんな?」
苑は里海とは逆に、はっきりとした口調で答えた。
「誰かと結婚しなければ、この話はどこまでも私に着いて回ります。だけどもし、里海さんとの婚約が整えば多少の自由は許されます。結婚した後も、里海さんと合意の上ならば、家を出て別の場所で暮らしていたとしてもそこまでうるさく詮索はされないでしょう」
里海は苑の顔を眺めて呟いた。
「なるほど、つまり僕との結婚を隠れ蓑にして、自由にやりたいと」
苑が頷くのを確認してから、里海は再び思案するように言葉を続ける。
「しかし、ずっとそのまま、というわけにはさすがにいかないんじゃないかな? 当然、後継者は? という話にもなるだろうし」
里海の問いに、苑は答えた。
「十年くらいはその状態を続けて、別れた後に分家のかたの中で、九伊の血を大事にする価値観を持つかたに、養子になってもらうのはどうでしょう?」
里海は懐疑的な眼差しをして、首を傾けた。
「それで、九伊の人たちが納得するかな?」
苑は里海を見つめたまま、静かに言った。
「本家の当主の座に十年いる間に、それくらいのことは出来るようになっていて下さると期待しています」
「なるほど、そういう取引なわけか」
「悪くない話だと思いますけれど」
里海は笑った。
この部屋に入って来たときとは違い、心の底から楽しそうな笑いだった。
「苑さん、あなたは僕が想像したより、ずっと面白い人だ。僕は最初にあなたと会ったとき、良家の娘であることだけが取り柄の子だと思っていた」
里海の言葉には僅かな皮肉と悪意がこもっていたが、苑は興味を示さず黙っていた。
里海はそんな苑の様子をしばらく見つめたあと、何事か考えるように目線を手元に落とした。やがて思い切ったように顔を上げた。
「苑さんが腹をうち割って話してくれたから話すけれど、僕も苑さんにお願いがあるんだ」
「お願い?」
苑は首をわずかに傾けた。
里海の眼差しが今までとは打ってかわった真剣なものになったのを見て、少し意外そうな顔になる。
「どう話そうか悩んでいたけれど、苑さんが『取引として結婚したい』と言ってくれて、肩の荷が下りたよ」
里海は苑の顔を真っすぐに見つめた。そこには嘘偽りのない、切実な光があった。
「僕には好きな人がいる」
予想外のことを言われて、苑は一瞬驚いた顔になった。
先ほどまでも抜け目のない表情が嘘のように、里海の顔は真剣だった。
想いの強さが、痛いほど伝わってくる。
里海は、その相手に本気で恋をしている。
「あの……」
思わぬ展開に、少し戸惑いながら苑は言った。
「もし、里海さんがその方とお付き合いをしたい、というなら私は構いません。形だけとは言え、私が里海さんの妻になることに、嫌な気持ちにならないでもらえればいいんですけれど」
「その相手と付き合っていたい、というのもそうなんだけれど」
里海は、少し躊躇ってから思い切ったように言った。
「その相手を、この屋敷に引き取りたいんだ。それを認めて欲しい」
「ええっ?!」
部屋中に響き渡る叫び声を上げたのは、苑ではなく紅葉だ。
「いくら何でもそれは」
紅葉は非難を込めた目で、里海を睨みつけた。
「……非常識すぎませんか」
「まあ、普通はそう思うよね」
里海は苦笑を漏らしてから、苑のほうを向く。
「苑さん、その人は……僕の好きな人は、禍室なんだ」
「かむろ?」
苑は怪訝そうに、里海の顔を見返す。
苑の反応に、今度は里海が驚いた顔になった。
「禍室を知らないの?」
「そんなはずはない」そう付け加えんばかりだった。
里海の驚きの余りの大きさに、苑と紅葉は視線をかわした。
里海は大きく瞳を見開き、苑の顔を凝視する。
「驚いたな。君の父上は、君に何も言っていないの?」
どことなく不安そうに苑が頷くのを見ると、里海は呆気にとられたように呟いた。
「『穢れ払い』はどうするつもりなんだ……」
「『穢れ払い』?」
苑が反応すると、里海は急いで首を振った。
「何でもない」
それから軽く咳払いをして、もう一度苑の顔を見直した。
「苑さん、本当に『禍室』を知らないの?」
苑は里海の言動が理解出来ず、困惑した様子で頷いた。
「ええ。九伊に関係がある方なんでしょうか?」
里海は、ひどく奇妙な眼差しで苑を見つめた。半ば嗤うような半ば非難をこめた眼差しだった。
その眼差しでゆっくりと苑の姿を撫でたあと、里海はおもむろに口を開いた。
「僕から話していいのかは分からないけれど、分かる範囲で説明するよ」
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