第6話 時の流れ

 ジンがオオトリの人間になってから一年がすぎた、時間の経過とはすごいものでジンはこの一年でしっかりとオオトリの人達と打ち解け、本当の家族であると認識していた。


「親父殿!稽古をつけてくれ!」


 朝食を取り終えて書斎で書類整理をしているジゲンのところにジンが刀を持って入ってきた。


「む?ジンか、そうだな少し息抜きに振るか」


 ジゲンがジンに同意して椅子から立ち上がろうとすると待ったの声がかかる。


「いけません、旦那様、今日中にやらなければならない書類が溜まっております」


「だがなあ、ジャス少し息子との息抜きの時間があってもいいとは思わんか?」


「なのでしたら、計画的に書類をこなされていればよかったのです。書類を貯めるのは旦那様の数少ない欠点ですぞ」


 ジャスに苦言を呈される。図星のようでジゲンは、唸って中腰のままの体制で固まる。


「だがなぁ、ジャス少しだけでも息抜きせんと仕事も捗らないというものだぞ?」


 諦めが悪く、なおも食い下がろうとするジゲンにジンも乗る。


「そうだよジャス、一時間くらいならいいんじゃないの?」


 親子揃って刀バカな二人にジャスは軽くため息を吐いて、ターゲットを変える。


「坊っちゃまも、坊っちゃまですぞ。今日の課題は終わりましたかな?」


「うっ!そ、それは」


「剣の稽古もオオトリ家の人間として立派な心掛けではありますが、その結果座学などがおざなりになるのはオオトリ家執事兼教育係として許し難いことです」


 ジンの背中を冷や汗が伝う。


(まずい!ジャスが俺をターゲットにしてきた......仕方がない、これ以上は俺の身も危ない)


「お、親父殿!稽古はまた後日にしよう!俺は庭で素振りでもしてくるよ!」


「ジン!裏切るのか!」


 急にジンが意見を変えてジゲンを裏切るったことにジゲンは目を開いて驚く。


「それじゃ!親父殿もジャスも頑張って!」


「ジン!貴様父親を売るのか!」


(すまない!親父殿!だけど俺にはジャスに勝てるビジョンが浮かばないんだ!)


 ジンは即刻書斎から退室して走り去る。背後からジゲンの、「裏切り者おおぉ」という叫びが聞こえたが、ジンは決して振り返らなかった。



 ジンはジゲンを見捨てて、庭で素振りをしていた。


(俺から誘って俺から裏切るとは、親父殿には迷惑をかけてしまったが、あれ以上は俺も危なかったから、だからまぁ仕方がなかったと言うことにしておこう)


 などと、自分本位に納得してるところにジンを呼ぶ声が聞こえて、素振りの腕を止める。


「にーしゃま!」


 声の主をすぐに特定して、自然と頬が緩みながらジンは振り向く。

 振り向くと手を目一杯に広げたオウカがトテトテとジンに走って飛びついてくる。

 ジンは六歳でオウカ四歳なのだがジンの身長は六歳にしては大きな方なのでオウカを問題なく受け止めると優しく頭を撫でる。

 そっとオウカを地面に立たせるとジンが自分に抱きついた経緯を尋ねる。


「どうした?オウカ、にいちゃんに何か御用かな?」


 二歳、歳の離れた目に入れても痛ないほど可愛い妹にジンはデレっとしながら問う。

 オウカはぎゅーっとジンの胸に顔を埋めて、数秒グリグリした後パッと顔を上げてジンの問いに答える。


「オウカも、けんのおけいこする!」


「そ、それは......」


 オウカの答えに困ったジンはどう返事をするかと迷ってしまう、そこに救いの声がかかる。


「オウカ、ジンちゃんが困っているでしょう、まだオウカには剣のお稽古は早いわ」


 ジンが声のする方に顔を向けるとお腹が大きく膨らんだルイとそれに付き従うように歩いてくるジョゼだった。


「母上!」


 ルイに驚いたジンはオウカを抱き上げると、ルイに近づく。

 ルイはこの一年で新しい命を体に宿していた。


「母上、体に触ります。それに躓きでもしたらことです。部屋に戻りましょう」


 ルイを心配してジンが家の中に戻そうとするもルイは不満そうに頬を膨らます。


「まったく!ジンちゃんもあの人も心配性すぎるわ!少しくらい運動しないと逆に体に悪いわよ!」


「悪い悪い!」



 可愛く拗ねる母とそれに乗っかる妹に先程より困惑したジンは助けを求めてジョゼに視線を向けると、ジョゼは少し笑いながら答える。


「坊っちゃま、そんなに心配されなくても奥様の言う通りですよ、少しくらいは運動もしなければ」


「そうは言っても」


 ジョゼの助けを得られなかったジンはアタフタするが落ち着きなさいとルイに言われて仕方がないかと諦める。

  ルイに言い包められたジンは一度素振りをやめてルイ達とお茶を楽しんでいた。

 

「やっぱりジョゼのお茶は世界一ね〜」


 ルイがニコニコ上機嫌でジョゼのお茶を褒めるとジョゼは微笑んでゆっくりと頭を下げる。

 そのやりとりの横ではジンとオウカが騒がしく言い合いをしていた。


「にーしゃま!おちゃ、おわったらオウカもけんのおけいこしたい!」


「んー、でもオウカにはちょっと早いんじゃないかな?」


「やー!するの!!」


「それよりオウカ鬼ごっことかしないか?」


「やー!けんのおけいこするの!」


「そんなにしたいのか?」


「うん!」


「わかった!」


「やったの!」



「でも親父殿と母上が許可したのなら一緒にやろう。それなら文句は言わないぞ」


「ええ!」


「ええ!じゃない、許可が出なければ許しません!」


「わかったの、でもきょかがとればいいの?」


 オウカが首をコクンと傾げながら言う。


「ああ、男に二言はない」


「わかったの!」


 そう言い終えるとオウカはさっそくルイに駆け寄って許可をねだりに行った。


(まぁ、母上ならば大丈夫だろう、親父殿はオウカにすぐ籠絡されるだろうが。)


 そう思っていたジンだが、思いの外すぐにオウカがトテトテと帰ってきて。


「かーしゃまいいって!」


「なに!?」


 予想外のオウカの回答にバッ!とルイに顔を向けると微笑みながら口をパクパクしている。


 よ・ろ・し・く・ね


 ジンの予想に反して乗り気なルイに今度はジンが意味もなく口をパクパクさせるが、オウカの嬉しそうな顔を見ていると、ダメなどとは言えず。 「親父殿がオーケーしたらだからな」 と力なく言うだけだった。


 

 オウカを連れて書斎まできた。

 ドアをノックして返事を待つとジャスの声が聞こえる。


「どうぞ」


 ドアを開けて中に入ると親父殿とジャスが書類と睨めっこしていた。


「親父殿、仕事中申し訳ない」


「なんだ、裏切り者のジンではないか」


「まだ言ってんのかい、それより厄介なことになった」


「なんじゃい」


 ジゲンが恨めしそうに目を細める。するとジンの後ろからオウカが顔を出してジゲンへと突っ込む。


「とーしゃま!おしごとおつかれしゃま!」


「おお!オウカがきたか!でかした!ジン!」


 オウカを見てすぐに機嫌を直したジゲンは嬉しそうにオウカを抱き止める。

 オウカにはジャスも口を出さず微笑んでいる。


「はぁ」


 多分この後怒られるジンはため息を吐くのだった。

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