16. 未練Ⅰ

「――ウォルカ。貴様、なぜ強くなろうとしている?」

「――」


 憎たらしいほどの晴天の下で、一人の少年が大の字でぶっ倒れて荒い息をしている。


 老人は剣を納め、鞘を杖代わりにして傍らから少年を見下ろす。額と口の端から血が流れ、左目は腫れ、最近村人から譲ってもらった古着はあちこちが破けて赤がにじんでいる。


 しかしそれでも、少年の目には決して絶えることのない光があった。老人の下で修行を始めて早三年、されど少年はまだほんの八歳の子どもである。剣の修行などもっての外、普通なら友達と無邪気に走り回って遊ぶのが当たり前の年齢だった。


 少年は、老人からすれば息子の子ども――すなわち孫であった。


「ウォルカよ。貴様が目指す先には、なにがある?」


 はじめ孫から剣の教えを乞われたとき、老人の心にあったのは息子への贖罪しょくざいだった。


 息子は、お世辞にも戦士に向いた男ではなかった。ゆえに老人は息子の剣を早々に見限ったし、息子も決して親と同じ道を歩もうとはしなかった。息子の興味関心は剣よりも魔法であり、王都で〈魔導律機構マギステリカ〉の門を叩き学者として働いていた。ある程度の実績を残し、晩婚ではあったが器量の良い嫁にも恵まれて、老人から見ても幸せな人生を謳歌しているように見えた。


 そして、とある学術調査で夫婦ともどもダンジョンに潜り――二度と帰ってこなかった。


 忘れ形見として引き取った孫が、どうして突然剣の教えを乞うたのか正確なところはわからない。だが彼が剣の道を望むのなら、立派に育ててやるのが己の役目だと思った。


 もし老人が息子の剣を早々に切り捨てず、もう少しだけでもまともな戦い方を教えていたなら、息子は死なずに済んだかもしれない。

 ならば忘れ形見であるこの少年を、たとえひとりとなったあとも生きていけるように育ててやろうと。それがいずれ息子と同じ場所へ行く自分にできる、せめてもの贖罪に違いないと。



 甘かった。

 孫が剣に注ぐ気炎とも呼ぶべき熱量を、このとき老人はまるで予想もしていなかったのだ。



「ウォルカよ。貴様は、なにを為そうとしている?」


 剣を握る手すらまだできあがっていないような幼い孫に合わせて、最初は優しい鍛錬から始めた。鍛錬というよりは、棒切れ遊びといった方が正しいくらいの。だが半年ほど経つと、孫がいきなり老人に噛みついた。


 こんなぬるい鍛錬じゃ、いつまで経っても強くなれない。

 もっと真面目に教えてくれと。


 その場では、ただ幼子おさなごが見栄を張っているだけだと一笑に付した。だが事実、孫の放つ気炎はまさしく炎となって老人の肌をも焦がすようだった。真剣にやってくれないなら、このまま叩き潰してやる――生意気にも、剣を通して孫は老人にそう訴えていた。


 だからつい感化されてしまって、棒切れ遊びだったはずの鍛錬は少しずつ真剣味を帯びていった。


 残りの半年は文字通りの『鍛錬』となり、

 次の一年は、到底子どもが打ち込むような練度ではなくなり、

 更に次の一年は、大人すら音を上げてもおかしくないまでになっていた。


 時折は、老人の理性が待ったをかけることもあった。――いったいなにを本気になっている。相手はまだ十にもならない子どもだぞ。

 老人の本能がこう返した。――歳など関係ない、こやつの目は本気だ。ならば応えてやるのが、この道を生きた老いぼれにできる務めではないか。


 事実、孫は決して音を上げなかった。それどころかほむらのごときまなこで、歯をむき出しにして老人の喉元を噛み千切ろうとする始末。

 この少年は、明らかに異常だ。最初は両親の死に当てられているのかとも思ったが、果たしてそれだけで三年も食らいついてこられるものなのか。


 ゆえに、老人は孫へ問う。


「ウォルカよ。――貴様はなぜ、剣を振る?」

「ッ――、」


 孫が辛うじて呼吸を整え、半分までしか音になっていない掠れきった声で答えた。


「決まっ……て、る。物に、したい……剣がッ、あんだよ……!」

「……またそれか」


 老人は嘆息した。それは孫が、鍛錬の数少ない合間を縫って試行錯誤を続けている剣。剣を鞘に納めた状態から、抜き放ちざまに斬る――言葉にすればたったそれだけの、『剣術』と呼ぶべきなのかも疑わしい謎めいた技。


「何度も言っておるだろう、あれはどだいまともな剣術ではないわ。鞘に納めた状態からしか動けぬ剣など極めてなんになる。初手の不意打ち程度になら、使えんこともなかろうな。だが魔物など一匹で襲ってくる方がまれだ。敵が飛びかかってくるたび、抜いた剣をいちいち鞘に納め直すのか? 手元が狂って納められなかったら? 待ってくれと魔物相手に頼み込むのか?」

「ッ、」


 孫の呼吸が、少しずつ整ってくる。


「――知ってるよ、そんなん」


 吐き捨てた。


「俺だって、これが実戦で使えるもんなのかはわからない。……理屈じゃねえんだよ。極めたいから極めるんだ。それ以上の理由なんてねえ」

「……本当にそれだけか。それだけのために、貴様は三年も儂の鍛錬に食らいついてきておるのか。儂の鍛錬が今や普通でなくなっているのは貴様も気づいておろう。それだけの価値があの剣にあるのか?」

「ある」


 即答。


「俺は――あの剣に惚れてんだ」

「……」


 血がにじんだ孫の口には、不敵な笑みがあった。


「並の覚悟で物にできるもんじゃないのはわかってる。そんじょそこらのやり方じゃあ、辿り着く頃にはあんたみたいなじいさんになっちまう。……だから言ってんだ、本気で教えてくれって」


 老人の喉笛を、噛み千切るように。


「俺は、あの剣であんたに一泡吹かせてやるって決めてんだよ。――ぽっくり逝って勝ち逃げなんて許さねえぞ」

「……ふん」


 老人は再び鼻で一笑に付した。しかしその実、心の中ではあまりの愉快さから呵々大笑かかたいしょうしていた。


 なかなかどうして、の回答ではないか。


「馬鹿者めが――」


 両親の仇を討つためとか、守りたいものを守るためとか、そういった涙ぐましい美辞麗句を並べられるよりもずっといい。


 老人は確信する――この少年は、剣のために狂える男だと。


 どこで覚えてきたのかも定かではない、実戦で使えるのかすら疑わしい妄想のごとき剣のために、この少年はすでに己の生涯を捧げる覚悟を固めようとしている。


 どだい、正気ではない。

 だがそうでなくてはいかん。そうでなくては、老い先短い命で育てあげる甲斐がない。


 最初は贖罪のつもりだった。孫を一人前に育ててやることが、かつて息子の才を見限った己に果たせるせめてもの責任だと思っていた。


「いいだろう。……ならばここからは、貴様を鍛えてやる」

「……は?」

「このまま鍛錬を続けたところで、儂がくたばる方が遥かに早いわ」


 もうやめだ。

 息子の忘れ形見。ただ一人の孫。そんな色眼鏡で扱うのはこの瞬間をもって終わりにする。



 残された己の命すべてを懸けて、



「あと四年。四年以内だ。――貴様が惚れ込んだ剣、儂がくたばるまでに見せてみろ」

「……こん、の、クソジジイがッ……!!」


 途中で命を落とすようならそれまで。そのときは孫の人生を壊した罪、地獄の底で永遠に償おう。

 いや――結果がどのようになろうと、己の行く先は地獄で構わない。


 だから、



「――さあ立てッ、続けるぞ!!」

「応ォ……ッ!!」



 命があるうちに、見てみたくなった。


 この大馬鹿者が斬り開く、前人未到の剣の閃きを。



 /


 ここがまるで漫画のような剣と魔法の王道ファンタジー世界――当時は本気でそう思っていた――と気づいたとき、俺の人生の目標はすぐに定まった。


 そうだ、居合をやろう。


 まことバカなことに、男という生き物は何歳になろうが剣というものが大好きだ。俺もその例にもれず、前世では健康優良な中二病男児の一人だった。修学旅行のお土産で木刀を買って帰って両親に呆れられ、庭でシュバー!とかズバーッ!とかやって妹に白い目で見られていた。


 漫画やゲームで主人公が使う剣術に惚れ込み、その技を使う自分を妄想した回数はもはや数え切れない。


 サムライの国、日本。剣に焦がれるのは、日本男児の遺伝子に刻まれた本能みたいなものなのだと思う。

 だからここがファンタジー世界だと気づき、前世ではありえない超人的な武術が実現可能だと知った俺は、まっさきにこう考えたのである。



 ――この世界でなら、創作の中でしかありえない『居合』を。

 神秘と浪漫の塊である『抜刀術』を、実現できるのではないか?



 剣を鞘に納めたままゆるく半身で構え、抜刀するや否や光だけが走り、納刀と同時に相手は為すすべなく一刀両断される――もうめちゃくちゃカッコいいと思う。憧れる。痺れる。ジャパニーズ・イアイ・バンザイ。


 だから、やろうと思った。どうせファンタジーな世界に来たのなら、あの日夢想した憧れの剣を目指してみよう。アニメの、ゲームの、漫画の中でしかありえなかったあの剣を、もしも本当に実現できたなら――想像するだけでじゃないか。


 結局のところ、俺という剣士の出発点はそこなのだった。



「――――――…………」



 ああ――たとえ片目片足を失ってしまった体でも、こうして剣を片手にゆったり鯉口を切ると――心が澄み渡る。


 義足を受け取って一日が経ち、まあまあ歩けるようになった俺は剣を振らせてほしいと師匠に願い出た。動かない的を、一度斬らせてもらうだけでいいからと。

 聖都に戻る道中で、魔物や〈ならず者ラフィアン〉と戦う羽目にならないとも限らない。この義足でどこまで剣を振れるのか、確かめておく必要があると思ったのだ。


 ……というのはただの建前で、本音はただ剣を振りたかったからである。


 〈聖導教会クリスクレス〉の庭の端の端、正面には師匠が魔法で作った土の人形。俺の視界にあるのはただそれだけ。万が一にも剣が届くことのない安全な場所で、祈るように固唾を呑んでいる師匠たちは――もはや意識にも入らない。


 あのジジイに死ぬほどしごかれたせいで、気がつけば俺は根っからの剣士になってしまっていた。最初は抜刀術を形だけでも実現できれば満足だったはずなのに、いつしか果てなき剣の高みへ登り詰めるようになっていた。


 だからベッド生活でも体を動かさねば落ち着かないし、

 素振りをすれば爽やかな汗を流せるし、

 剣を構えれば、生きていると実感する。



 ……やっぱり、認めるしかないなぁ。

 俺は、どうしようもなく――剣が好きなのだ。



 ジジイから最期の餞別として贈られた、まるで日本刀と見紛う細身の片刃曲刀タルワール。〈摘命者グリムリーパー〉戦で死ぬほどき使っただろうに、今でも刃こぼれひとつなく俺の手に収まってくれている。


「っ……」


 あ――やば。

 なんかちょっと、いろいろあふれそうになってきた。


 片目と片足を失って、剣士としての未来を閉ざされて、けれどあのバッドエンドを覆せたのだから安いものだと思っていた。強がっていたのではなく、当時の俺は心の底からそう思っていたのだ。

 思っていたのに――



 諦めたくない。

 やっぱり、諦めたくない。



 剣を振り続けておよそ十年、ようやく自分なりに納得の行く抜刀術を会得してからはほんの数年。数年しか経っていなかった。まだまだこれからのはずだった。これからもっと、理想の剣を追い求めて更なる高みへ登り続けていくのだと思っていた。


 ダメだ。

 ダメに決まっていた。



 こんな道半ばで終わってしまって、悔いが残らないはずなどなかったのだ。



「ウォルカ……? だ、大丈夫かっ……?」


 師匠の呼びかけで意識が浮上する。痛みをこらえるように両手を握って、今にも張り裂けてしまいそうな師匠の顔が見えた。

 ユリティアも、アンゼも同じ。あのアトリですら、唇を引き結んで言葉を失っているように見える。


 これは、完璧に見抜かれた……かもな。ああクソ、バカ野郎が。本当にただ一閃試してみたかっただけで、こんなつもりじゃなかったのに。


 少し鋭く息を吐き捨て、意識を切り替える。今は、とにかく本来の建前を果たそう。この義足でどこまで剣が振れるのか。剣を諦めきれないのならなおさら、今後の方針を考える上でも確かめておいて損はない。


「――……」


 伊達に十年がむしゃらに剣を振り続けてはいない。そうと決めてしまえば、俺の心は再び静謐に澄み渡っていく。意識から師匠たちの存在が消え、目の前の土人形と、構えた一振りの剣にだけすべての集中が注がれていく。


 右足を前、左足を後ろに――この右半身を基本とする俺の構えでは、右目の失明によって正面の視界が半分近く潰れてしまっている。意識して首の向きを変えなければ、土人形すらロクに見えない。だが関係はない。義足を突き刺すようにして、地面をしかと踏みしめる。重心を浅く落とし、静かに深く息を吸って、


「――――――…………」


 ああ……なんだか、少しだけ思い出せる気がする。


 


 自分自身が剣と一体化しているような感覚。

 これはきっと、〈摘命者〉と戦ったときの記憶だ。頭では忘れてしまっても、体がこんなにも色濃く覚えている。刻み込まれている。


 今までとは、違う領域に足を踏み入れているような。

 そうだ。あのときも、俺はきっとこんな風に――


「ッ――!!」


 放った。




 なにかがへし折れる音が聞こえた。

 視界が真上にひっくり返り、一発でなにもわからなくなった。




「いっ――たぁ…………」


 一瞬意識の寸断があって、次に俺が見たのは視界いっぱいに広がる青空だった。

 どうやら俺は、後ろにひっくり返って転倒してしまったらしい。いきなりの出来事だった上に、抜刀の途中だったのでまったく受け身が取れなかった。


「ウォルカ!! ウォルカぁっ!!」

「先輩っ!!」

「ウォルカ……!!」

「ウォルカさまっ……!!」


 軽い頭の痛みに呻いていると、みんなが大騒ぎしながら駆け寄ってきた。全員全身から血の気が引いていて、師匠に至ってはもう完全に涙目だ。


「け、怪我! 怪我は!? ウォルカぁ!!」

「……大丈夫、大丈夫だ」


 幸い剣は手放さなかったので、ちょっと頭と背中をぶつけた以外はなんともない。ひっくり返ったまま左手を挙げて応じると、師匠はへたり込んで俺の手を取り、そのまますんすんと鼻をすすって泣き始めてしまった。そ、そこまで大袈裟にならなくても……。


 しかしユリティアもアトリもアンゼも、全員がひどい表情をしている。いやだから大袈裟だってば。全員アンゼのクソデカハートが感染うつったのか。


 というかそもそも、俺はどうして後ろにひっくり返りなんか。義足をしっかり突き立てていたのだから、まさか滑って転んだはずもなかろうに、


「…………は?」


 左足を見て、すぐに原因はわかった。

 わかったが、頭の理解がしばらくのあいだ追いつかなかった。



 義足が、壊れていた。

 接合部ソケットがひび割れて砕け、支えとなるあしが真っ二つにへし折れて――



 なるほど、なるほどたしかに抜刀を支えてくれるはずの義足が折れてしまったなら、バランスを崩して後ろにもひっくり返るだろう。だがなぜいきなり壊れたりなんか、昨日受け取ったばかりの新品なのに――いや、そんな、まさか。


 答えを口にしたのは、ユリティアだった。声を震わせながら、


「せ、先輩……義足が、先輩の抜刀に……耐えられなくてっ……」

「……、」


 俺の抜刀術を可能にしているのは、剣を正確に操る積みあげた研鑽と、瞬間的に駆け巡らせる濃密な〈身体強化ストレングス〉。


 今になるまで、まるで意識したことがなかったけれど。

 本来過剰ともいうべき密度で〈身体強化〉を爆発させるゆえ、下半身――とりわけ構えを支える軸足に、尋常ではない負荷がかかるものだったとすれば。

 今までは、負荷に負けないよう強化するから問題なかっただけだとすれば。


 義足に〈身体強化〉は入らない。

 そもそも魔力自体が通らないのだから、負荷に対して強度が足りずに――


「……ははっ」


 まあ、あくまで日常生活用の義足だ。

 最初から上手く行くとは思っていなかった。なにせ、見た目はほとんど棒切れをくっつけているようなものなのだ。いかにもへし折れそうな見た目をしている義足が、本当にへし折れただけのこと。期待なんてしていなかったのだから、なにも気を落とすような結果ではない。


 それに、この義足でダメだったからといって可能性が絶たれたわけではない。これ以上の強度を持ったモデルが存在するはずだし――ああ、でも魔法で強化できなければどのみち――魔力を通す素材で作った義足なら――それってミスリルクラスの希少素材になるんじゃ――だったら手に入れればいいだけで――でも手に入れるなら師匠たちに頼むしか――そんなのなんていって頭を下げれば――俺の身勝手でそこまで巻き込むのは――そもそもミスリルで義足なんて作れるのか――そこまでして剣に執着する意味は――


 そう、こんなのは予想通り。

 最初から、なにも期待なんてしていない。


 深刻になる必要はない。ダメ元の選択肢が案の定潰れただけ。他にも、まだまだいろんな可能性があるはずで――




「ああ、…………………………………………ちくしょう」




 なのに、なんで。

 なんでこんなにショック受けてんだろうな、俺は――。




 /


 ――無論、そこまで深刻になる必要はないというウォルカの考えは間違っていない。


 彼の義足は紛れもなく日常生活用であり、走るや跳ねるといった激しい運動は想定されていない。〈身体強化〉を使用するなどもっての外だ。もし義足の製作者がこの場にいたならば、そういう使い方をするなら最初から言えと雷を落としていただろう。


 至極当然の結果であり、これだけでもう抜刀術が使えないと悲嘆するのはまったくの早計である。

 しかし、仲間を守れたなら安いものだと思っていた片目片足の喪失が、自分にとってどんな意味を孕んだものだったのか――それをウォルカに理解させるには充分だった。


 ウォルカは弱冠十七歳という若い冒険者だが、はじめて剣を握ってからすでに十年を数えている。人生の半分以上を剣に捧げ、幼少期から血のにじむ修練を積みあげてきたのである。


 たとえ〈摘命者〉との死闘を経て、その剣技が更なる境地に足を踏み入れていたとしても。

 

 そもそも剣が振れなければ、なんの意味もないこと。


 ゆえに、積みあげてきた研鑽が足元から崩れていくような感覚に駆られ、つい弱音をこぼしてしまったとしても仕方のないことだろう。


 もっとも、ウォルカが弱さを見せたのはこの一瞬だけだ。畢竟ひっきょう、これはあくまで義足の性能による部分が大きく、もう抜刀術が使えないと確定したわけではないのだから。ほどなくして彼は気持ちを切り替え、義足をたった二日でぶっ壊した件について老シスターからこってり油を搾られつつ、以降は聖都へ帰ることを最優先で考えるようになる。


 ウォルカにとっては、剣に対する想いを再認識できたよい機会ですらあった。

 それだけの、一日だった。




 ――ウォルカがほんの一瞬だけこぼした、小さな弱音が。

 ただの一度も剣を振るえず、胸を詰まらせ悔やむ姿が。


 仲間たちに、いったいどう映っていたのかを除けば。


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