花嫁を略奪された俺は、ただ平穏に暮らしたい。【書籍第2巻発売中!】
浜辺ばとる
第1話 その結婚ちょっと待ったされたんだが
「その結婚ちょっと待った!」
結婚式の真っ最中。
チャペルに似つかわしくない大声とともに木製の扉が勢いよく開かれた。
神父から定番の問いかけのあと。
新婦がお決まりの『誓います』という返事をする直前。
狙い澄ましたかのようなタイミング。
突然の出来事にその場にいる全員の視線が当事者の青年に注がれる。
なんだこれは。タチの悪い余興か?
席に座って現場を眺めているだけなら俺も少しは楽しめたのかもしれない。
だけど俺は新郎として祭壇に立っている。
花嫁略奪される側というのは、冗談でもたまったもんじゃないな。
シンプルに気分が悪い。
この余興は俺の数少ない友人の仕業ではないようだ。
冗談でもこんなことをするやつを俺は知らない。
となると、
隣にいるウェディングドレスをまとった彼女は
俺の婚約者だ。
彼女とは三年前に
それから先方の両親に気に入られ、俺を
しかし、男の子宝に恵まれずに困っていた。
そこで俺に白羽の矢が立ったわけだ。
父親同士が見知った顔だったらしく、あれよあれよと話は進んだ。
その時に初めて父親からお褒めの言葉を頂いたことを覚えている。
それ以来、あの人は俺と彼女の関係が良好かを逐一確認してくるようになった。
横目で彼女を見る。
「
小さく漏れ出た声は震え、瞳には涙を浮かべていた。
まさか、これは余興じゃないのか――。
俺がそう思い至っているなか、青年はレッドカーペットを駆け上がってきた。
つい先ほど彼女が父親とともに
余興だと思っているのか、はたまた呆気にとられているのか、誰も止める気配はない。
「なんだ君は、結婚式の最中だ」
俺は一歩前に出て青年の前に立ちはだかる。
もしこれが物語なら完全に俺が悪役か当て馬だよな。
婚約者なら当然の行動をとっただけなのに、なぜかそんなことを考えてしまう。
「悪いが俺は
「
「いいや、今じゃなきゃいけない話なんだ!」
人の話を聞けない様子と場をわきまえない態度で思い出した。
彼はたしか、俺と
たしか、
あの時も苦労させられたけど今回は結婚式だぞ。
一体なにを考えているんだ?
「
腰のあたりに強い衝撃が走る。
あれ、
「どうしてって……、
「だって
「それがさ。俺ずっと浮かない顔をしてたみたいでさ。今日
へへっ、と照れながら頬をかく
この男、女の子とのデートしてたのを放り出してここに来たのか。
来る方も来る方だが、見送る方も見送る方だ。
「
「だろ? ほんとあいつには助けられてばっかだ。そんで無我夢中で走ってるときにのことばかり頭に浮かんでさ。気づいたんだ、これが真実の愛だってさ」
真実の愛?
何言ってるんだこいつは。
そんなこと寒いことを言われて
「
引いていない!?
頬を赤らめてむしろ喜んでる!?
「――好きだ
青年が取り出したのはオモチャの指輪だった。
「それは……っ!」
「ようやく思い出したんだ。君があの日結婚を誓い合った女の子だったってことに」
「あの日、私があげた指輪……。今も持っててくれてたんだね」
「当たり前だろ? 忘れるわけない」
いやいや、さっきようやく思い出したって言ってただろ。
俺はなにをみせつけられているんだ?
「いい加減にしてくれ。今は俺と彼女の大事な日、結婚式だぞ」
辛抱たまらなくなった俺は冷静に言い放つ。
返ってきたのは予想外の方向からの反応だった。
「
なぜ俺が責められているんだ?
「やっぱ
「なんだと……?」
「初めの頃は顔はかっこいいなって思ってましたが、表情も乏しくて感情表現が豊かじゃないしおまけに身長も高くて威圧感あって怖いです。あなたみたいな人より
たしかに俺は昔から近寄りがたい雰囲気があると言われていた。
背も高く、三白眼だ。印象を少しでも和らげようとメガネをかけてるが、どうなのだろうか。
学生時代は遠巻きにひそひそと噂話をされることも少なくなかった。
目の前の青年、
身長もほどよくて怖がられることはないだろう。人に道を聞かれる経験も多そうだ。
ちなみに俺は人に道をたずねられたことはない。
たずねたら逃げられたことならあるが。
それにしても散々な言われようだ。
感情を出すのが下手なだけで感情がないわけじゃない。
さすがに悲しくなってきた。
褒められている彼はどこか得意げだ。
「
「――はい、喜んで」
返事をきいた
そして指輪をうっとりの眺めながら
「きれい……」
「
「
衝撃で動けない俺をよそに、二人だけの世界は進んでいく。
「じゃあ、行こうか」
「
「最後に
手渡してきたのは、俺が以前渡した婚約指輪だった。
これは母から受け継いだ指輪だ。
それを返すというのは本気なんだろう。
あのとき喜んでくれたのは嘘だったのだろうか。
胸が痛い。
「そして、婚約破棄いたします」
言葉がでてこない。
そうか。俺はまた、選ばれなかったんだ。
「あ! あの男だ! 見つけたぞ!」
開かれた扉から警備員が数人あらわれる。
その事態でやっと余興ではないことに気づいた式場が騒然とする。
「早くここから逃よう!」
「ええ、あなたとならどこまでも!」
警備員を突き飛ばしながらも二人は進んでいく。
二人の頭にはドラマのエンディングのように、疾走感のある音楽が流れていることだろう。
祭壇にひとりみじめに残された俺は、去って行く背中をみることしかできなかった。
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