27話 夜更かし
「新婚旅行に行ってこようと思うんだ」
結婚式から一週間ほど経ったある日の夜。
晩ご飯の最中、親父はそういって話を切り出した。
「新婚旅行?」
「あぁ。本当は家族みんなで行くことも考えたんだけど、最初の旅行は母さんと二人で行きたいと思って」
「朝陽と弥生は夏休み中だし生活も落ち着いてきたから、行くなら今かなって思ったの」
俺が問い返すと、親父と母さんがそれぞれ理由を説明してくれる。
俺たち子どもは自分たちで一通りの家事はできる。
しかし平日に親父と母さんがいなくなれば、俺や弥生の負担が増えてしまう。
親父と母さんは、きっとそれを危惧したのだろう。
家族旅行はいつでも行けるが、新婚旅行は初めの一度きり。
二人だけで行きたいと思う気持ちも理解できた。
というかせっかくの新婚旅行なのだから、ぜひとも夫婦水入らずで楽しんできてほしかった。
「荷物をまとめて明後日には出ていこうと思うんだが、留守番を頼めるか?」
「もちろん。どれくらいの間家を空けるんだ?」
「五日間かな。それ以上になると、朝陽たちも学校が始まっちゃうからね」
「五日間か……なんだか寂しくなるね」
弥生はそう言って眉尻を下げる。
言葉には出さないが、隣で葉月も寂しそうにしていた。
「なに、ほんの一瞬だよ。弥生だってあともう二年くらい経てばこの家から出ていくかもしれないんだから」
「それはそうだけどさ……」
「お土産も買ってくるから、お留守番よろしくね」
親父と母さんに諭された弥生は、残念そうに頷くのだった。
◆
「――お母さんたちがいないと、ちょっとワクワクするね」
「お前、この前自分が言ったこと覚えてるのか?」
そうして親父と母さんが家を出た日の夜。
この通り、弥生はピンピンしていた。
そういえば、彼女は非日常を楽しむタイプだった。
「だって、遅くまで起きててもお母さんにうるさく言われないんだよ? サイコーじゃん」
「だからって遅くまで起きてていい理由にはならないんだけどな」
「お姉ちゃんは元気すぎてついていけないよ。ふぁ……私は眠たいから、もう寝ますね」
「あぁ、おやすみ」
呆れか、それともただ眠いからか、はたまた両方か、大きなあくびをした葉月はそう言うと、のそのそと自室に戻っていった。
現在時刻は二十一時半。
いつも通りの時間とはいえ、やはり彼女の寝る時間は早かった。
それに比べ俺の寝る時間は二十四時過ぎ。
弥生に至っては、夜中の二時を回ることもあるらしい。
それなのにさらに夜更かしをするとか、彼女は正気なのだろうか。
「さて朝陽君」
「な、なんだ?」
活力を感じさせるその視線に若干気圧されていると、弥生は意気揚々と問いかけてきた。
「朝陽君は、夜更かしをするとしたらどんなことをする?」
「どんな……スマホをいじったりとか?」
「それもいいけど、それだといつも通りでしょ。じゃなくて、もっと普段できないようなことだよ」
「普段できないような……」
言われて考えるが、それっぽいことは何も思いつかない。
自分の部屋でできることは普段できないこととは言えないだろう。
だとすれば、弥生の言っている普段できないことは一階のリビングですることの可能性が高い。
何せ親の部屋は一階にあるからな。
夜中にリビングで何かをしていたら見つかってしまうかもしれない。
今日はそのリスクがないから普段できないことをしようと言っている、と見るのが妥当だろう。
だとすれば……。
「……あの、そんなに深く考えなくてもいいよ? 分からないんだったら分からないで」
「む、そうか。じゃあ分からない」
「あっ、そう。そこは素直なんだね」
だって、考えても分からないからな。
親の目を盗んで何かしようとも思ったことなかったし。
「ほら、私たちの部屋にはテレビがないでしょ? テレビはリビングにある大きいやつ一つしかない」
「そうだな」
「でも普段は一階でお母さんたちが寝てるから、テレビを使えない。使うとしたら、お母さんたちがいない今しかない」
「うん」
「テレビを使う夜更かしの代表例と言ったら、映画を見ることしかないでしょ!」
テテーン、という効果音が聞こえてきそうなほど自信満々に言う弥生。
対して俺は、その言葉に何も反応できずにいた。
「……なんか、あんまりしっくり来てなさそうだね」
「事実、しっくり来てないからな」
「えっ、よくあるじゃん。漫画やアニメで親のいない間にこっそりリビングで映画見るやつ」
「そもそも漫画やアニメをほとんど見たことがないからなぁ」
「えっ、そうなの!?」
「あぁ」
「それ、人生の半分損してるよ」
「そんなにか?」
まぁでも、確かに弥生は漫画やアニメに精通している印象がある。
この前部屋に入った時も、それっぽい本やぬいぐるみを見かけたような気がするし。
というか、それが大半だった気もする。
「今度見せてあげるよ、面白いのいっぱい持ってるから」
「確かに、いっぱい持ってそうだな」
「あっ……」
俺が今思い浮かべているのは、足の踏み場もない弥生の部屋。
彼女も俺の意味深な発言を聞いて、同じ光景を思い浮かべたのだろう。
どうやら、まだ片付いていないらしい。
心当たりのありそうな苦笑いが、それを物語っていた。
「と、とにかく! 今は映画だよ、映画!」
あっ、話そらした。
「せっかく今日お母さんたちがいないんだしさぁ、一緒に映画見ようよー」
「今から映画か。映画って見るの疲れるからあんまり得意じゃないんだよなぁ」
「そんなこと言わずにさー、一人で見るの寂しいんだよ。今日だけでいいから、お願い!」
「えぇー」
弥生は両手を合わせて頭を下げてくる。
本当は部屋でいつも通りダラダラしようと思っていたのだが……そこまで頼み込むなら、せっかくだし付き合ってあげよう。
「……わかったよ。でも、ペースは俺に合わせてもらうぞ。俺が眠たくなったら、そこで終わりだからな」
「うん! ありがとう!」
弥生の満面の笑みを見て、つくづく妹に弱いことを痛感する俺だった。
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