40話 ご褒美

 ――期末テストが終わり、クラス別の順位表が張り出される。

 そこには人集りができていてとても見れる状況じゃなかったので、俺は空いた時間を狙って順位表を見に行った。


 中間テスト時はほとんど勉強をしていなかったため下位だったが、今回は弥生と勉強した甲斐もあり上位に食い込んでいた。


「勉強しただけでこんなに上がるのか……」


 正直、手応えはあった。

 中間テストの点数が軒並み赤点ギリギリだったのに対し、期末テストは七、八割ほど取れた。

 だから大幅に順位が上がるだろうと期待していたが、いざその順位を目にすると戦慄すらしてしまう。


「だって朝陽君、もともと地頭は良かったからね」

「弥生……」


 一人で観に来ていたはずが、いつの間にか隣に弥生がいた。

 まさかいるとは思わず内心でびっくりする。


「酷いよ、私を置いて先に見に行っちゃうなんて」

「それは……ごめん」


 俺が一人で見に来ていたのは偶然ではなく、ちゃんと理由があった。


 最近、弥生はやけに俺に構ってくる。

 口には決して出さずとも、まるで口説いているかのように距離を近づけてくるのだ。


 学校ではまだその様子はない。

 きっと公共の場ではセーブしてくれているのだろうが、いつ俺にくっついてきてもおかしくはなかった。


 だから俺は弥生を異性として意識しないように距離を遠ざけていたのだ。


 まぁ、その時点ですでに意識はしているのかもしれないが。


「というか、弥生はまた一位だな」

「今回も頑張ったからね」

「もう無理して頑張る必要もなくなったんだし、少しは手を抜いてもいいんじゃないか? 本当は嫌いなんだろ?」

「嫌いだけど、今回は朝陽君と一緒に勉強できたから頑張れたの」

「二人でしたら、ってやつか」

「そういうこと」


 夏休み前、弥生は「二人で勉強したら捗るし楽しい」と言っていた。

 勉強が楽しかったかどうかは置いておいて、確かに捗りはした。

 それに勉強自体はそこまで楽しくなかったかもしれないが、勉強を通じて弥生と会話をしたり一緒に高め合っている感覚が楽しかったのは事実だ。


 そういう意味で言えば、弥生の言っていることは本当だった。


 決して勉強が楽しくなったわけではないが。

 でも、この気持ちはきっと弥生も同じだろう。


 だって彼女も勉強は嫌いだから。


「……ねぇ」

「なんだ?」


 弥生は俺の学ランの袖を親指と人差指できゅっと摘む。

 俺を見上げる彼女の表情はどこかムスッとしていて、急な変化に少し戸惑った。


 彼女はいつもそうだ。


 上機嫌でいたかと思えば、急に不機嫌になったりもする。

 それに振り回されることもたくさんあったが、意外と苦ではなかった。


 なんというか、不機嫌な彼女も可愛く見えてしまうから。


 ……って、こんなこと考えちゃダメだ。


「なんか、ないの? 一位だって取ったし、朝陽君の順位だって上げたんだよ?」

「それはまぁ、ありがとうだけど……」


 実際のところ、別に俺は頼み込んで順位を上げてもらったわけではないんだが。

 何なら逆なんだが。


 それに、弥生の言いたいことが一ミリも分からない。

 彼女もそれを察したのか、袖を掴む力を強めてぼそりと呟いた。


「……ご褒美、ほしい」

「ご褒美?」


 弥生が頷く。


 コクリ。


「たくさん頑張ったから」


 確かに弥生は頑張っていた。

 嫌いなはずの勉強を自ら進んでしていたし、俺にまで教えてくれた。


 でも、彼女の言うご褒美なのだからきっとハグとか、一緒に寝るとか……下手したらそれ以上のことを要求されるかもしれない。

 だから、迂闊にイエスと言うことはできなかった。


「ご褒美くれなかったら……泣く」

「なんでそんな子どもみたいなことを……!?」


 思わずノリで突っ込んでしまったが、どうやら彼女は本気らしい。

 瞳をうるうるとさせて、悲しそうに眉尻を下げられてしまった。


 それが演技なのか本当なのかは分からない。

 でも、そうされては断れなかった。


「……どんなご褒美がいいんだ?」

「デート、したい」

「デ……!?」


 予想外の単語に眉をひそめてしまう。


「朝陽君の心臓に負担がかからないようにするからっ。だから……ダメ?」

「っ……」


 下がる眉尻。

 不安そうな上目遣い。


 俺は、その表情に滅法弱かった。


「……分かったよ」

「本当に!?」


 ぱぁっと顔を明るくする弥生。

 俺が頷けば、彼女は嬉しそうに頬を緩ませた。


「……本当、おねだり上手になったよな」

「それほどでも」

「褒めてない。というか、早く離れてくれ。またに見られてる」

「っ! う、うん……」


 俺と弥生の間にできた隙間から、俺はを伺う。

 視線の先には教室の出入り口があり、その影からいつものように弥生ガチ恋勢が俺たちを、というか俺をいやらしそうに見ていた。


「ご、ごめんね」

「弥生が謝ることじゃない」


 あいつらがいるせいで、俺たちは思うように接することができない。

 本当に、厄介な存在だった。


 ……まぁ、今だけは弥生に距離を取れてプラスだったのだが。

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