第8話 バレた!? 人気コスプレイヤーから突然のDM……。
「ふぅー、ちょっと休憩するか」
自宅の仕事場でいつものように業務をこなす。週末になると、長時間にわたって机に向かい、十時間以上作業することもざらにある。
こうした習慣から、漫画家は寿命が短いと言われることがある。座りっぱなしでいるのは健康によくないという意見もある。それで座らずに漫画を描いてみることも試みたが、結局は上手くいかなかった。
立ったままでも作業ができると謳われるディスクワーク用の机を購入してみたが、絵を描く際に腰を曲げることになり、座って描く時よりも腰に負担がかかる結果となった。結局は、いつもの机でいつものように座って作業するのが一番効果的だと気づいた。
それでも早死にはごめんなので、作業を進める一方で適度な休憩を取るように心掛けている。この日は息抜きとしてSNSで自分の名前を検索してみる。正確に言えば、退屈な時はほぼ毎回エゴサーチをしている。漫画家に限らず、有名人なら誰でも同じことだろう。自分のことが気にならない人なんて滅多にいない。
SNSには基本的には肯定的な投稿しかない。しかし、中にはアンチも存在する。
これは有名税くらいの感覚でスルーするようにしている。アンチに対しては向き合うべきではない、というのが僕が出した結論だ。
あまりに気にし過ぎると、手塚さんのように作品に悪影響を及ぼしかねない。ある意味で、漫画家にとって最も大切なのは、周囲の評価に流されずに自分を信じる強い信念を持ち続けることだろう。
「漫画家の才能で一番大切なのは持ってる技術の数なんかじゃねェ…… 大切なのはアンチに負けねェど根性だ!」と、まるで自来也先生のように言ってみたりする。
自分を奮い立たせることやメンタルケアは、創作活動において重要な要素だと思う。
また、画像を通じて目の保養をすることも、気分転換やリラックスに繋がる行為だったりする。決していやらしい気分で見ているわけではない。本当だ!
昔はルリルリ(元カノ)のコスプレ画像を見て気分転換をしていたが、今はもちろん見ない(まあ……少しだけなら見たりすることもある)。
今はもっぱらトップコスプレイヤー、テンテンのコスプレ画像を目の保養にさせてもらっている。
彼女のSNSに上げられた画像をチェックしていると、まさかの【廻れ狂想曲】のコスプレ写真を発見する。
「おおっ! すげぇええええええええ!!」
超人気コスプレイヤーのテンテンが、自分の作品のコスプレをしてくれるなんて、夢にも思わなかった。
僕は感謝の意を伝えるべく、【リツイート】と【いいね】を押した。
彼女たちコスプレイヤーから作品を知ってくれるファンも少なくはない。少なくとも僕はコスプレイヤーに敬意を持っている。
「ありがたやー」
感謝しながらテンテンのコスプレ画像を保存していると、同SNSから通知が届く。
「は……?」
通知を目にした瞬間、時間が停止したような気がした。
なぜなら――
【テンテンさんからダイレクトメッセージが届きました】
「ふぁっ!? どうして!?」
先日、元カノからDMが届いた際、めんどうなことになる前に僕はDMを閉鎖していた――はずなのだが……。
「――って、これ
コスプレイヤーテンテンから届いたDMは、
百歩譲って黄昏のアカウントにテンテンからDMが届くならまだわかるけど、なぜこっちに……。
「――なんで結城美空音の個人アカウントに超有名コスプレイヤーのテンテンからDMが届くんだよ!」
意味がわからない。
SNSのバグで【黄昏】アカウントに送られたはずのDMが、【結城美空音】アカウントに送られたとか……。
そんなことあるわけないと思いながらも、一応調べてはみる。
結果、やはりそのようなバグは存在しないことが判明した。
「なら、なぜテンテンが
きっとこのDMを見れば何かわかるはずなのだろうけど……。
ヤバい……緊張で指先が震える。
スマホを握る手が手汗でぐしょぐしょになっていた。
『はじめまして美空音くん。さっきは【いいね】と【リツイート】ありがとう。
嬉しすぎてスクショしちゃった。というか名前……みくね? でいいのかな? 黄昏といい美空音といい、とても素敵な名前だね。こっちは本名なのかな? まーそんなことはどうでもいいんだけど、一度わたしと直接会ってくれない? 超人気コスプレイヤーからデートのお誘いでーす♡ なんつてwww』
……。
DMを見た僕は、状況が飲み込めず、数秒間フリーズしてしまった。
「なっ、何これ!?」
なぜ彼女は
漫画家であることを知っているのは、家族と担当編集者、それに編集長だけのはずだ。
「なのに、それなのに……なんでテンテンが知ってるんだよ! しかもデートのお誘いってなにっ!? なんつてwwwってどういうこと!?」
僕をからかっているのか……?
その前になんでバレてんだよ。
まさかっ!?
担当編集がテンテンに僕の正体を教えたとか? いや、さすがにそれは考えられない。あの担当編集はぬけているところがあるけど、そこまで非常識な人ではない。……ないと思う。
ではなぜ、どうして彼女は
わかるワケないんだ、絶対に……。
ピロリン♪
再びDMが届く。
「――――!?」
『既読……ついてるってことは見てるんだよね? ひょっとして無視してるのかな……? それとも、どうして自分が超人気漫画、【廻れ狂想曲】の作者、黄昏だってバレたのか、考えてたりする?』
な、なんなんだよコイツ!
エスパーとか、超能力者じゃないだろうな。
『実はわたし、超能力者なんだ。……って言ったら、みくねっちは信じてくれる?』
「……マジ、かよ。つーかみくねっちってなんだよ」
『ま、冗談だけどねwww』
「冗談かよッ! つーかマジで心を読まれてるみたいで気持ち悪いな」
どうすればいいのか、返信に悩む僕のもとに、次々と彼女からDMが送られてくる。
『おーい、まだ無視続けるの?』
『ちなみにわたし高三。君は? たぶん歳下だよね? 先輩を無視するのは感心しないなー』
『わかった。なら少しだけ教えてあげる』
『実は一年前の連載当初から、君が黄昏先生だってことは気づいていたんだよね』
「は!? 一年前から気づいていただと!?」
一体どういうことだろう。頭がこんがらがってくるが、今のままだと気持ちが悪い。
どうしよう、返信するしかないようだ。
『どうして、僕が黄昏だとわかったんですか?』
返事を書くと、その場で既読が付き、すぐに返事が返ってきた。
『やっと返事してくれたね』
『そんなことよりどうしてですか?』
『意外と欲しがり屋さんだな。……まあいっか。最近はまったくアップしてないみたいだけど、昔はたまにイラスト載せてたよね。
わたし、君の描くイラストがすごく好きだったんだ』
「!?」
メッセージに添付された画像は四年前、中学一年の頃に僕が描いたイラストだった。
「どうして……こんなの……」
当時の僕のイラストはお世辞にも上手いとは言えなかった。その証拠に、【いいね】は一つしか付かなかったのだ。
『これって、ヒロインの聖楽乙音ちゃんだよね? 【コミックナイト】で【廻れ狂想曲】を見つけたときは鳥肌立ったなー。
だって大好きだったイラストが漫画のキャラクターになってるんだもん! びっくりしちゃった』
うそだろ……。
こっちこそ鳥肌ものだ。
あの時の【いいね】が、コスプレイヤーになる以前のテンテンだったなんて……信じられない。
『わたし、いつか君の描くイラストのコスプレをすることを目標に、コスプレイヤーはじめたんだ。だから、君に直接許可をもらいたいの。聖楽乙音ちゃんのコスプレをすることを。わたしと会ってくれる?』
無名時代に描いた僕のイラストを好きだと言ってくれたことは、単純にすごく嬉しい。ここに誰もいなかったことを神様に感謝してしまうほど、僕は情けない顔をしていた。
でも、だからといって超人気コスプレイヤーのテンテンに直接会う!? そんなの緊張し過ぎて心臓がもたない。
素晴らしい申し出だけど、ここは丁重に断らせてもらおう。
『あ、ちなみに断るとかいうなら、過去の投稿を遡ってリツイートして拡散しちゃうかもしれないから♡』
「悪魔かよッ!」
そんなことされたら、自分が黄昏であることがバレてしまう。それは困る!
僕は平穏に生きていきたいのだ。
ということで、過去の投稿を削除することにした。
これでリツイートを利用した暴露や脅しは通用しないはずだ。
しかし、そう考えたのも束の間。
『削除お疲れさま♡
良ければ記念にスクショ保存しとく?』
「……っ」
……まさに最悪の状況だった。
彼女はわざわざチャットにそのメッセージを貼り付けてきた。僕が過去の投稿を削除することも、彼女の計算に含まれていたのだろう。
「これは応じなければ、彼女の行動がどこまでエスカレートするか分からないな」
憧れのコスプレイヤーがこんな粘着系ストーカーみたいな行為をするなんて、予想だにしなかった。
『返事を聞かせてもらってもいい?』
なんちゅう女だ。
こちらは会わない限り、彼女に正体を晒されると脅されているのに。
この状況では、彼女の要求に従うしかない。
『わかりました。では、会って話を聞きます。その代わり、僕のことを他人に話さないと誓ってもらいます』
『オッケー。約束する』
『それなら、どこで会いましょうか?』
『自宅に行こうか?』
「……自宅?」
自宅って……僕の家か……?
さすがに住所を教えるのはまずいだろ――と思ったのだが。
『最寄り駅って○☓△だったよね?』
『なっ、なんで知っているんだよ!?』
『みくねっちって時折SNSに風景写真を投稿してるよね? あれはもう少し慎重になったほうがいいよ? ファンがみくねっちの正体に気付いたら、簡単に居場所を特定されちゃうから』
「――いや、あんたのことだろっ!」
思わずスマホの画面越しにツッコんでしまった。
『あ、そうそう、女性関係が完全にクリーンなのは、お姉さん的には100点だよ。えらい!』
「な……なんなんだよコイツ」
まさか本当に僕の、黄昏のストーカーってわけじゃないよな?
美人だし、超有名コスプレイヤーだから嫌な気は一切しないけど……。
それでもやっぱり、少し引いてしまう。
『で、会う日程なんだけど――』
彼女の提案通り、今週の日曜日に、僕は駅前のショッピングモールでストーカー……ではなく、超人気コスプレイヤーと会うことになった。
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