第2章

水鳥れおなSTAGE2

第1話 アクセラレータの恋人役

 アイドルとファンの物語。

 真宮寺しんぐうじユマと間宮まみやしんの物語。


 それは終わりを迎えたはずだ。そうだろ、みんな?


 誕生日を迎え十七歳(高校二年生)になった俺の恋人、ユマはそれはそれはもう可愛くて、綺麗で、スタイルもよくて、俺みたいな男にはもったいないくらいの美少女で。


 少し前まで、あの大人気アイドルグループ『STAR★FIELD☆GIRL』の圧倒的センターとして、トップアイドルに上り詰めていた女の子だ。


 今は、その座を他のメンバーに明け渡して久しい(いや、まあ一か月くらいなんだが)ものの、未だ人気は根強く、ネットでは彼女のことを見ない日はない。


 俺だけのユマ。

 俺だけの絶対的推し。


 それが、俺の恋人。


 真宮寺ユマだ。


 真宮寺ユマだ。


 そんな彼女を差し置いて、俺の部屋にいるこの女……

 ユマが引退した後、スタ女のセンターという椅子に鎮座し、うちに居座り、我が物顔でくつろいでいるこの女はなんだ。


「ねえ、進。ちょっとミルクティーの味薄くなったんじゃない? 甘さが足りてないのよね。甘さが」


 そりゃ早く帰って欲しくて、砂糖入れてないからな。

 と、いう言葉を俺は紅茶と一緒に飲み込む。


「苦い味ぐらいがちょうどいいんだよ。バカにはな」


「進……あなた、ユマと付き合ってから自虐ネタかますようになったわけ? だ、大丈夫だって、進はバカじゃないわ。それに今はこの私の……その、カレシ、なんだし」


「……お前だよ。気付いてくれ、れおな」


「ちょっとそれどういうこと? 私がカノジョじゃ不満ってこと?」


 いや、そういう話はしてない。一切してない。

 この、俺の家に勝手に上がり込み、我が物顔でくつろぎ、俺に苦言を呈してくるこのカノジョ気取りの……女は……。


 水鳥れおな。


 ユマの親友で、頭ぱっぱらぱーの脳みそ。それがこいつだ。

 ユマがSTAR★FIELD☆GIRLを引退した後、俺のこいつに振り回される日々が始まったのだった――……。


 話はつい先日に遡る。



 ★



 八月一日。

 俺とユマの記念日である七月七日から早二十日強の時間が経った。


 STAR★FIELD☆GIRLの人気は一時的に低迷したが、スターアイドルオーディションという、ユマの後釜を据えるためのオーディションの開催を経て、スタ女の人気は再び爆発的に伸び始めた。

 

 そしてそこに拍車をかけたのが、ナンバー2とも呼ばれていた水鳥れおなの役者デビュー。


 映画界の有名監督が最新映画の構想を発表。


 その映画の主演にれおなが選ばれた。どうやら監督が思い描くメインヒロイン像にぴったりだったそうで……おいやめとけ、と俺がテレビに向かってツッコミをいれたのは内緒だ。


 ユマ引退後、まだオーディションの最中にも関わらず、れおなは不動のセンターとして、スタ女のトップに君臨していた。


 なぜ、あいつが。


 しかもたった十日そこらで。


 何がどうなってこうなったのか、俺にもよく分からない。

 ただ、れおな人気は以前からあった。

 ユマの親友で、スタ女メンバー内でもユマを除いて、一、二を争う人気。


 それが水鳥れおな。


 そんな絶対的アイドルが、俺の家に入り浸っているってのは、どういう状況なんだろう。

 これがSTAR★FIELD☆GIRLの呪いか?


 れおなが俺の部屋に居座る理由は一つ。

 居心地がいいから、らしい。


 バカかこいつ。俺にはユマという恋人がいるんだ。しかも高校を卒業したら、一緒に暮らすって約束もしている。


「……おい、れおな。お前いい加減に帰れよ」


 俺はれおなを睨み付け、ドスの利いた声で言った。


「大丈夫だって。ユマにはちゃんと許可取ってあるから。進は浮気しないって、ユマも知ってるから」


 れおなはいつも通りのアホ面で俺を宥める。


 ショートボブの髪を青く染めていて、まるでKポップアイドルみたいではあるが、そこらのアイドルと比較すれば、れおなは遥かに可愛い。だから余計にアホ面が目立つ。


「確かに俺は浮気はしません。ですどね、それとこれとは話が別なんですよ。俺はお前に帰れと言っています。わかりますか?」


「だから、ユマにはちゃんと許可取ってるってば。進は絶対そんなことしないからって、ユマも信頼してるし」


「たー、相変わらず話が通じないな、お前。俺は帰れっつってんだよ」


「あ、もしかして進。私が魅力的すぎて、浮気しそうになっちゃってるとか?」


「話が通じない上に、自意識過剰でムカつく」


「それでさ、私さ、進にちょっとお願いがあるんだよね」


「うーん? 脈絡がない。会話のキャッチボールをしてくれ」


「だから、お願いがあるんだって」


「そのお願いってのは?」


「それはね……」


 れおなはそこで一旦言葉を区切ると、俺の耳元に口を近づけて囁いた。


「……私のカレシ役してくれない。映画の役作りでさ……交際人数は一人って言ったんだけど、実際のところゼロなのよね。ほら私、可愛すぎて男が近づいて来れないから。ユマにも許可は取ってあるからさ……友達以上、恋人未満のカレシって設定で、ちょっと練習させてよ」


 ――はぁ……。

 なんか嫌な予感。


「それ本当にユマに許可取ったんだろうな? 俺からも確認しておくから、回答するのはその後な」


「オッケー。じゃ、そういうことで。ユマの許可が出てるってわかったら、すぐ私に電話すること! あと絶対オーケーすること!」


「回答はその後でって聞いてたか……?」


「じゃ、よろしくねー!」


 俺の返答などお構いなし。

 れおなは言いたいことだけ言うと、ふふんと上機嫌な鼻歌と共に、そのまま俺の家を出て行った。


「……マジか」

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