9. つぎはぎ
心地よい微睡みに漂っていた魔女は、それまで沈黙させていた体を動かして、外れていた首を戻す。継ぎ接ぎの痕跡など現れず、ぴったり繋がる首の皮は、金髪に隠れる
再び体と繋がったからか、少なからず魔女の意識は明瞭になった。温室に差し込む光は黄色みが増しており、夕暮れの気配を感じさせる。予定よりしぶとく生き延びてしまった気もするが、ようやっと終われるのだ。
だが、その前に、やらなければならないことがある。ぼうっとした頭や、ふわふわと浮遊感に包まれる足の不安定を味わいながらも、魔女は立ち上がった。
花の模様が組み込まれたテーブルの上では、死に際の夢を共にした男の首が鎮座している。宿っていた全てが抜け落ちた顔を、
髪の色も、瞳の色も、冬の色をしたかなしい人。魔女と同じ呪いにかかっていた人。この温室で、少しは凍土が解けただろうか。魔女がかけた言葉が、何かの足しになっただろうか。
死に際の夢を共にした程度で、何を浮かれているのやら。それでも、魔女は思わずにいられない。縦に細長い姿見の中、重なって映ったこの人とは、似た者同士だと直感したから。
何もかもが違っている中、一握りの共通点だけで、わずかな時間を共にした同士。色も素材も違う布を
少し前まで話していた首を、
頭が完全に明瞭ではないからか、感傷が強まっているのか、魔女はじっと首を見ていた。腕で優しく包みもした。先に逝った男を慰めているのか、これまでの自分を慰めているのかは分からない。別にどちらでも良かった。魔女はただ、やりたいことをやっていた。
無言で首を抱いたまま、魔女はこつりと歩き出す。足音は硬いのに、踏み進む足は相変わらず不安定な心地がする。さもありなん。目が覚めているとはいえ、魔女は未だ夢心地。外で古城の崩れる音がしても、温室は
しかし、椅子は主である魔女を待っていたのではない。魔女は既に、先客を座らせていた。頭のない、軍人の男の体を。
丁寧に姿勢を正されて座っている体は、頭と同様、彫像のようだった。ほんのりと日に当たり、温もりを留めているのも同じ。凍原に立ち続けていた姿だけは、春の只中に腰を落ち着けた姿へと変わっている。
留められた陽光の温もりが離れていく。一緒にいてくれと継ぎ接ぎ留め置いた魔女から離れ、あるべき場所へ戻っていく。形は変わってしまったが、男は気にしないだろう。終われることこそ本望なのだから。
魔女は一人分の距離を空けて、椅子に眠る軍人の男を眺めた。影が重なってしまうため、自らの立ち位置を少しずらしもした。魔女が返した首、添える形に直した手、緩やかに腰かける体の全てが、
春から外れた男は、ようやく春に戻ってきた。魔女はどうだろう。楽しかった春の中へ、戻ってこられただろうか。答えは魔女しか出せないが、男が琥珀になれたなら、魔女もそうなれるはずだ。
こつり、魔女は踵を返す。安楽椅子でくつろいでいるような男に背を向け、自分の椅子へと帰っていく。頭が落っこちても不思議ではないほど、ふわふわした心地で歩いていく。
遠く、崩落の音が聞こえた。天窓からは、黄色みを増した空に昇る土煙も見える。色褪せた絵画を思わせる光景に、魔女はいつか、時を忘れて何かに没頭する感覚を思い出した。見ていた空が一瞬にして、青から
ずいぶん長旅をしてきた気分だというのに、魔女はずっとここにいた。ずっとここで、春を待っていた。何もかもが
戻ってきた円形の広場では、静かに盛りを迎えた花々が咲いている。あとは散って、落ちるのを待つだけの花々と向き合う形で、魔女は再び腰を落ち着けた。
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