ユフラテス戦役・終結
クテシフォン同盟政府は、帝国に対して無条件降伏を申し出て以降、皇帝ルクスの惑星クテシフォン到着までの間、徹底抗戦を求める諸侯によるクーデターや帝国軍の侵攻からパニックに陥った市民の暴動によって非常に不安定な状況にあった。
ヴォロガセス公爵家の私兵である治安警察を総動員してクーデター軍や暴徒の鎮圧に奔走するも、盟主を失って足並みの揃わない同盟政府の対応は尽くが後手後手に回ってクテシフォンの街は戦火に包まれていく。
そんな惑星クテシフォンの治安が回復の兆しを見せるのは、皇帝ルクスの派遣した先行隊の到着を待たなければならなかった。
先行隊を指揮するロッキー・アイケルバーガー中将は、クテシフォン同盟の暫定政府とのコンタクトを取り付けると、艦隊を都市主要部の上空に展開。さらに政府の重要施設の各所に地上部隊を配置し、治安警察と協力して、クーデター軍や暴徒の鎮圧を図った。
結局、惑星クテシフォンの治安が回復してある程度の秩序が戻ったのは、皇帝ルクス率いる帝国軍本隊が到着する前後となった。
惑星クテシフォンの衛星軌道上に展開する帝国軍本隊は、大気圏内に降下せずにその座標に留まり、ルクス自身も旗艦ヴァリアントの艦内から動こうとしなかった。
「アイケルバーガー中将からの報告によれば、市内の治安には些かの不安があるとの事。そんな場所に陛下が赴かれるのは危険です」
そう言ってルクスのクテシフォンへの降下を止めたのは、皇帝親衛艦隊司令官ロデリック・フォックス大将。
いくら治安が回復傾向にあるとはいえ、ルクスの身に危険が及ぶ恐れのある場所へわざわざルクスを行かせるわけにはいかないと考えて、艦隊を衛星軌道上に展開させてその威容をクテシフォンの市民に見せつけるよう進言したのだ。
「クテシフォン同盟の暫定政府には、彼等の方から皇帝陛下の下へと来させれば良いのです」
敗者が勝者に慈悲を願うのだから、向こうから拝謁を求めに来るのは当然の事。
そういう意見はフォックスだけでなく、他の高級士官の中にも多く出ており、ルクスもとくに反論しなかったために、フォックスの意見が通る事となった。
「陛下、クテシフォン同盟暫定政府首班のパコック伯爵が謁見を求めております」
「早速来たな。ヴァリアントへの乗艦許可を出す。誘導してやれ」
◆◇◆◇◆
旗艦ヴァリアントの艦内に設けられている玉座の間。
銀河帝国軍の宇宙戦艦には、いつ皇帝の行幸があっても対応できるように標準装備が義務づけられているものだが、正真正銘の皇帝御座艦という事もあり、ヴァリアントの玉座の間は他の戦艦のものよりは、装飾が多く豪華絢爛な造りをしていた。
パコック伯爵は玉座の前まで案内されると、玉座に座るルクスに対して跪いて臣下の礼を取る。
「お初にお目にかかります。クテシフォン同盟暫定政府首班エレバン・パコックにございます」
「うむ。貴公に尋ねるが、暫定政府は帝国に対して無条件降伏するという事で良いのかな?」
「む、無論にございます。今の我等には陛下とも帝国とも交戦の意思は一切ありません」
「宜しい。過去はともかく私に恭順するというのであれば、貴公等を悪いようにはしない事を約束しよう」
「あ、ありがたき幸せ」
ルクスの言葉にパコックは安堵の息を漏らす。
「責任を負うべき貴公等の指導者だったヴォロガセス公も既にこの世を去った事だしな」
ルクスとしては、暫定政府の者達は極力自身の手駒として活用する算段でいた。
これからのアルサバース星域の秩序回復のためには、アルサバース星域の内情に詳しい人材が必要不可欠であり、彼等の知識と経験は大きく役立つと考えたためだ。
「ただしクテシフォン同盟は解体とする。そしてアルサバース星域の統治は、新たに創設予定の大本営直轄アルサバース統治委員会によってなされる。貴公等にはその末席を任せたいと考えている」
クテシフォン同盟が反皇帝派の寄せ集めとして誕生した経緯もある以上、ルクスには同盟を存続させるメリットも理由も存在しない。せいぜい同盟の政府機能を部分的に継承するだけで充分だろう。
新たに創設されるアルサバース統治委員会は、クテシフォン同盟の残党狩りをしつつアルサバース星域の秩序を回復する事を目的としている。
クテシフォン同盟は、ヴォロガセス公爵がアルサバース星域の支配権を確立するために発足し、そこに反皇帝派の諸勢力を集めたという経緯もあり、必ずしもアルサバースの一般市民から好意的な印象を受けているわけではなかった。
大多数の市民には、帝国とクテシフォン同盟の戦争も雲上の権力争い程度にしか認識されていないというのが現実だ。
「戦火で荒廃したアルサバースの復興は勿論だが、アルサバースに住む多くの帝国臣民の信頼を回復し、希望を与える事こそ為政者の務めだ。そのために貴公等の力を借りたい」
「勿体なきお言葉。陛下の下で身命を賭して働かせて頂きます」
この数日後、ヴァリアント艦内にて降伏文書の調印がなされ、クテシフォン同盟は解体。ユフラテス戦役と呼ばれるようになる銀河帝国とクテシフォン同盟の戦争は終結を迎えるのだった。
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