第11話 囮大作戦

「私とジョージさんで外を探しに行きますから、イトさんとニニカさんは、ぜっっったいに病院から出ないでくださいね」


 アピリス先生が私達二人に・・・特に私に向かって強く念押しした。


 先ほど街中で赤髪ゾンビから逃げてから、2時間ほどが経っていた。あのゾンビの言動からすると、イトさんを執念深く探していたようなので、今も近くをうろついているかもしれない。とにかく街中を探してみよう、ということになったのだ。


 アピリス先生が私達にそう言うのは分かる。あの赤髪ゾンビにいきなり襲い掛かられたら危険極まりない。イトさんは頼まれても自分から行くとは言わないだろうが、私は、まあ今までの自分の行動を振り返れば、心配されても仕方ないだろう。

 アピリス先生からの信頼が無いというか、私の性格を熟知しているというか。


 まあコッソリついていくかどうかは後で考えるとして、この場は従順なふりをしておくことにした。


「全然それはいいんだけど、アピリス先生達はどうやって探すつもりですか?」

「どうやってと言われても・・・とにかく探し回るしか・・・」

「それなら、私にいいアイディアがあります!」


 ◆


「いいアイディアって言ってた割に、こんなもんかい」


 繁華街を歩きながら、普段の白衣から着替えたスーツに身を包んだジョージは呆れてぼやいた。スーツ姿にマスクに帽子。スーツとマスクは自前だが、帽子はイトさんに借りた。


「要するに囮作戦なわけだけど、俺のこれは変装になってるのか?」

「まあ・・・。ニニカさんによると、重要なのは私の方らしいですけど」


 ニニカのアイディアとやらは単純なものだった。

 赤髪ゾンビはイトさんを探しているのだから、こちらも探しながらも、向こうから見つけてもらえるようにすればいい。そのために、ジョージさんにイトさんのふりをさせるのだ。

 イトさんのスーツが入ればよかったが、ジョージさんには少し小さかったようだ。幸いにも(ニニカにとっては意外だったようだが)ジョージは自前のスーツを持っていたので、その中で似たようなものを選んだ。

 しかし帽子を借りるとは言え、スーツに帽子にマスクなんて別に珍しくもないので、目立つとは思えない。それで効果があるのかという話をしたが、ニニカは自信たっぷりだった。


 曰く、


「この場合目立つのはアピリス先生ですよ」

「私が?なんで」

「ああー、やっぱりそういう意識ナイんですね。いくらこの街が色んな人が集まる繁華街とは言え、銀髪褐色の美女なんて、目立たない訳ないじゃないですか!」


 という事らしい。


「私ってそんなに目立ってます?」

「それについては、センセイは目立つから、その気がないなら気を付けた方がいい、って、以前も言ったと思いますけど」

「そうかなぁ・・・」


 アピリスは釈然としないようだ。彼女からしたら今この場所が異国の地で、周囲の人間すべてが、どちらかと言えば見慣れない人種である。自分が目立つという実感があまり持てないようだった。


 しかし街の住民から見たら目を引く存在である。しかも今は、敢えて目立つように白衣を着ているのでなおさら目立つ。とは言え、


(ここまで属性過多だと周りから見たら一種のコスプレと思われてるかもな)


 実際、道行く人でアピリスの事をチラチラ見てくる人はそれなりにいるが、それ以上のことは無い。こういうところは地方とは言え都会と呼べる街のいいところだ。


「しかしセンセイ、探すって言ったってどうする?歩きながらなりふり構わずあちこち覗き込むの?」


 実際アピリスは人目もはばからず、あちらこちらを覗き込んでいるものだから、さらに目立つ。


「それしかないでしょう。他に何かいいアイディアあります?」

「まあ、無いけど・・・」


 ジョージは仕方なくアピリスの真似をするが、どうも滑稽な感じになってしまう。気を紛らわせるために、世間話をすることにした。


「しかし、ニニカちゃんの事どうしますか?このままだとずっと居着いちゃう感じするけど」

「そうですね・・・やはり私達と一緒にいたら危険なので、できればもう来ないでほしいんですが」

「でも、彼女は言っても聞かないでしょ。無理やり言う事聞かせることもできなさそうだし。最終手段はもう、夜逃げしてどっか遠くへ引っ越すしかないかも?」

「うーん、でもホームページで病院の事を宣伝するなら、結局見つけられちゃうんじゃ?この街からあまり遠くに行くこともできないですし・・・」

「そう言えばそうだった」


 割と八方ふさがりであることに気づいて、ジョージは意図的に後回しにしていた選択肢を口に出した。


「あとは、正式に協力者として迎え入れるか」

「うーん・・・」


 アピリスにもその選択肢はあったらしく、即座に否定することは無かった。だがその表情は「でもなぁ・・・」という気持ちを全く隠そうとはしていなかった。


 まあ彼女の性格からしたらそうだよな、とジョージは理解していたが、ここは敢えて能天気に行ってみよう。


「まあ、正直アリなんじゃないですか?荒事に付き合わせるだけが協力者って訳じゃない。実際のところ、今病院でイトさんと一緒に留守番してくれているだけでも多少は助かるでしょ。それに、彼女がいれば街に出るのだって、こんな囮作戦だけじゃなくて、暇な時にはニニカちゃんと一緒にお出かけだってできるわけだし」


 だがその提案には、アピリスは「またか」というような表情でため息をついた。


「要するに『お友達』でも作ったらどうかって言いたいんでしょう?そうやってすぐ子ども扱いして余計な心配するんだから・・・」

「またそうやって拗ねる・・・。別に悪い意味で言ってるわけじゃないでしょ」


 ジョージもジョージで、呆れたような困ったような顔をした。


「拗ねてるわけじゃありません!大体なんですか、ニニカさんが来てから事あるごとに『理解ある大人』って雰囲気を出すようになって、カッコつけてるんですか?」

「はぁ?俺は最初からセンセイを心配して、色々サポートしてあげてたでしょう」

「サポートするなら日頃の病院業務をもっと真面目にやってください。いつもいつもダラダラして!」


 2人は、あくまで小声で、周囲からは平静を装って見えるようにしながらも、段々ヒートアップしてきた。そのまましばらく、ちょっとした口喧嘩が続くことになった。


 ◆


 とは言え基本的に真面目なアピリスは、この状況で口喧嘩を長引かせないだけの分別はあったし、そうなればジョージは自分から突っかかっていくこともしない。口喧嘩が終わればずっと無言でいるかと言えば、それはそれで居心地が悪いので、最終的にはまだこの街に慣れていないアピリスに、ジョージが色々と教えてあげながら捜索をする、という形に落ち着いた。


 アピリスとジョージがこの街に来てから、ここまで長く街中を歩き回ることは初めてだった。実際忙しかったのもあるし、アピリスとしてはそういう気分にもならなかった、というのが大きい。


(やっぱり、もっと落ち着いている時に、ニニカちゃんと一緒に街をブラブラさせてみるか)


 ジョージは心の中でそう思ったりもしていた。


 そんなこんなで、2時間ほど歩き回ったが、赤髪ゾンビを見つけることも、逆に襲い掛かられることも無かった。


「これだけ探しても見つからないか・・・・。もう時間だし、そろそろ行きますか、センセイ」

「そうですね・・・」


 時刻はもう22時を回っている。2人は街中を探すのを諦め、繁華街の外側に移動を始めた。しばらく歩くと、人通りもまばらで街の明かりも少なくなってくる。そらに進んだ先には広場があった。昼間なら子供たちが集まって遊ぶこともある場所だが、今は人の気配は無い。


 その広場の中心を横切るように歩いていると・・・・どこからか、風を切るような音が聞こえてきた。

 次の瞬間―――――


 ズザッ!!


 2人の目の前に一つの人影が空から降りてきた。


 長い赤髪に、青緑色の肌の女・・・探していた相手だ。


 その女は苛立ちを隠そうともせず2人を・・・いや、正確にはジョージの方を睨みつけて口を開いた。


「どういうつもり!?ゾンビが人間を連れて何時間もウロウロと・・・・!まさか・・・私をおびき出そうとしていたの!?」


 どうやら彼女は、アピリスとジョージを早い段階で見つけていたようだ。それでもすぐに襲い掛かって来なかったのは、おそらく昼間に街中で逃げられた時の事を警戒していたのだろう。そして、周りに逃げるための建物が無い広場に来た今を好機とみて接触してきたのだろう。


 ・・・それは全て、アピリスとジョージの作戦通りであった。囮作戦で相手の目を引いた後、相手が襲いやすい場所をわざと通ったのだ。


「よく分かってるじゃないか。そのとおり、おびき出させてもらったんだよ」


 ジョージは帽子とマスクを取る。その顔は今は青緑色ではなく、普通の人間の色だ。


「!?だ、誰よアンタ!?」


 女は驚きの声を上げる。当然だ。狙っていたゾンビ、イトさんではないのだから。


「一体どういうつもり!?ゾンビはどこ?アンタ、一体何なのよ!!」


 赤髪ゾンビは、今度はアピリスを問い詰めるが、アピリスもこの機を逃すまいと声を上げる。


「落ち着いてください!私はあなたの味方です。あなたの病気を治療しようと・・・!」

「うるさい!ゾンビじゃないなら用は無いのよ!まさか・・・あんたたちが囮になって、あのゾンビを逃がそうとしているんじゃ・・・・!?そうはさせるか・・・!!」


 女は勝手に早合点してその場を離れようとする。ここで逃げられては厄介だ。ジョージは用意していたを使うことにした。


「おっと、逃げるなよ。これを見たら、俺たちの話を聞きたくなるはずだぜ」


 そう言ってジョージは、自らの首から下げた薬袋を引きちぎると、彼の肌がみるみる青緑色に染まる。

 それを見た赤髪ゾンビはさらに驚きの表情を見せた。


「・・・!!お前もゾンビなのか!?まさか、人間のフリができるゾンビがいるなんて・・・!」


 そう言って臨戦態勢をとる。見事にエサに食いつてくれたようだ。

 その瞳は再びアピリスの方を向いた。


「お前、本当に何者なんだ!!ゾンビを2体も従えている・・・?まさか・・・ゾンビを生み出している組織の一員か!?」


「!?まさか、あなたダンテの事を知っているのですか!?」


「!!やっぱり、奴の仲間か!?」


 アピリスと赤髪ゾンビの、お互いにヒートアップして、お互い微妙に相手の話を聞いていないその会話に、ジョージは一人冷や汗を垂らした。


「・・・あれ、何か凄く良くない方向に誤解が深まってるような・・・?」

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