第20話 ゾンビの説明会

「ゾンビゾンビゾンビ、ゾンビの事を教えてよー!!」


 わたしの理性的かつ極めて正当な要望を聞いて、なぜかジョージさんは変人を見るような目をしてきた。しかし悪いのはジョージさんである。アピリス先生の診療所に雇われた私に、パソコンを使って診療所の帳簿とかカルテの入力とかよく分からない事を教えようとしてきたのだ。医学的な専門用語とお金の専門用語とパソコンの専門用語が同時に襲ってきて頭がパンクしてしまう。わたしはそんな事よりもゾンビの秘密をアピリス先生に教えてもらうためにここに雇われたのに!


「ちょっとこの様子だとニニカさんに事務作業はまだ無理なのでは」


 アピリス先生が助け舟を出してくれた。さすがアピリス先生は優しい。なんか呆れているような顔をしているが、馬鹿な事を言ったジョージさんに呆れているんだな。


「そんなぁ・・・。あ、メアリちゃんはどう?こういうのできない?大学で習ってたり・・・」


 ジョージさんは往生際悪く矛先をメアリさんに向けた。が、メアリさんは物憂げに眼を閉じてゆっくりと頭を左右に振った。


「私は仇敵ダンテ・クリストフの行方を捜索することが使命です。後方支援はお任せします」

「・・・・・・」

「あと大学はまだ1回生なので、そういうパソコン技術はまだ習ってないんですよね」

「そんな・・・じゃあ事務作業を他の人にやってもらう作戦は!?」

「元々ジョージが事務作業をやりたくなかっただけでしょう?諦めてください。これまで通りジョージがやってください」


 アピリス先生に追い打ちをかけられ、ジョージさんは自分がサボる作戦がおじゃんになって崩れ落ちた。よし、これで面倒くさい仕事はジョージさんに押し付けられたな。


「じゃあゾンビの事教えてください!まずは、どうやってゾンビになるのか、その方法を!!」

「それはダメです」

「そんなぁ!?」


 アピリス先生に即断られて、わたしも悲鳴を上げた。


「先生、できれば私もゾンビの事はもっと知っておきたいんですが」


 メアリさんもそう言ってくれた。そうだそうだ!


「ダメですって。もし教えてしまったら、あなた達もダンテから狙われるかも知れません。奴は秘術の知識を完全なものにするために、情報を持つ者を手に入れようとしているので・・・」

「でもでも、その知識をアピリス先生がわたし達に教えて無いなんてダンテは分からないんだから、教えても教えなくても狙われる危険性は変わらないじゃないですか。じゃあ教えて!」

「私も、外道ダンテ・クリストフをおびき寄せることが出来るなら望むところですよ!」

「うう・・・と、とにかく色々専門的な知識も必要なので今はまだ教えないということで・・・」


 メアリさんの目が座った発言もあってか、アピリス先生が若干態度を軟化させてくれた。まあそのうち必ず教えてもらうとして、今はこれくらいにしておくか。

 こちらがそれ以上追及してこないのを見て、アピリス先生は気を取り直して話題を変えてきた。


「お二人にはやってもらいたいことがあるんです」

「はい!なんですか?」

「とりあえずレジュメを配ります」


 そう言ってアピリス先生はプリントをわたしとメアリさんに渡した。


「レジュメ?」


 聞きなれない言葉にわたしがそう呟くと、メアリさんが得意げに教えてくれた。


「高校生だとまだ知らないかな?説明会とかで配られるプリントのことよ」

「大学に入って覚えたばかりの単語を人に教えるのが嬉しいんだな」

「ぐぬぬ・・・ジョージさんは余計な事言わないで!」


 メアリさんは急に恥ずかしそうにしたが、よく分からないので私はプリントに目を落とした。色々なことが書いているが、上半分に大きく並んだ言葉が重要そうだ。。


 ――――――――――――――――

 人捜しのお願い

 ・ダンテ・クリストフ

 ・外因性細胞異常再生症患者

 ・パナテア

 ・Dr.アシハラ

 ――――――――――――――――


 探してほしい人のリスト化。上の2つは分かるけど、下の2つは初めて見た名前だ。すごく気になる!けど、アピリス先生が「上から順番に説明します」というので、取り合えず大人しく話を聞くことにした。


 ◆


「そこに書いているように、お二人には主に人捜しをお願いしたいんです。まず上からですが・・・」

「極悪非道ダンテ・クリストフを見つけだして、その命をもって罪を償わせるんですね」


 メアリさんはいちいち言う事が怖い。


「と、取り合えず捕まえてほしいんですが・・・」


 アピリス先生は若干引きながらも話を続ける。


「・・・とにかく、そのダンテを見つけることが一つ。次に、この病気に苦しんでいる人をこの病院に案内してほしいのが一つ。なので、世の中に流れている噂なんかも調べてほしいです」

「ゾンビの都市伝説とかですね」

「ゾ・・・まあ、そういうのです。お願いします。では次は・・・」

「次の人は、もしかしてアピリス先生のお姉さんですかね?」

「ちょっと話しただけなのに、よく覚えてますね・・・。いや、これはお礼を言う所か。そうです。私の姉も探しているんです」

「お姉さんですか?」


 メアリさんは初耳だったようだ。その問いに、アピリス先生は頷いて答える。


「パナテア。それが私の双子の姉の名前です」


 ◆


 アピリス先生のお姉さん。今まで話には聞いていたけど、名前を聞いたのは初めてだった。パナテアさん、というのか。


「彼女は私と一緒に、母から秘術を学んでいました。しかし、ダンテに母が殺された日、姉は行方知れずになってしまったのです・・・」


 アピリス先生は少しだけ表情を曇らせる。気丈に振る舞ってはいるが、お母さんが殺された事、そしてお姉さんが行方不明なことは、やはり辛く心配なのだろう。


「行方知れずって、お姉さんもまさか・・・!?」


 メアリさんが息を飲む。まさか、ダンテに何かされたのか、という事だろう。それに対してアピリス先生は首を静かに横に振る。


「分かりません。あの日の事はよく分かっていないのです。姉は私と違い、母がダンテに殺された場面に立ち会っていませんでしたが、その時からどこを探しても見つけられていないのです。ですがその後、ダンテも姉を探している事を知りました。だとすれば、姉はどこかで生きている。そう信じて私は探しているのです」

「鬼畜ダンテ・クリストフが、お姉さんが探しているのは一体?」

「さっき言ったように、ダンテは秘術の知識を全て手に入れたわけではないようです。それで、母以外に秘術の情報を知っている私や姉から残りの情報を手に入れようとしているのでしょう。私が姉を探しているのも同じ理由です。私はまだ秘術の全てを受け継いではいなかったので、皆さんを完全に治療する事もできない・・・」


 アピリス先生は申し訳なさそうに私達に頭を下げた。確かにそういう話だった。まあ私は別に気にしてないんだけどなぁ。


「ですが姉は私より優秀でした。私が知らない情報を持っているかも。だから、姉を見つければ皆さんを完全に治療できるようになるかも知れないのです」

「なるほど、そしてだからこそ、傲岸不遜ごうがんふそんダンテ・クリストフにお姉さんを奪われるわけにもいかないわけですね!」

「そういうことです・・・」


 アピリス先生はここでちょっと言いにくそうにしてから、意を決してメアリさんの方を向いた。


「・・・メアリさん、ダンテの名前呼ぶ時に、一々変な言葉つけるのやめてもらっていいですか?何か気になるので」


 お、アピリス先生がついに突っ込んだ。しかしメアリさんは心底驚いた顔をしていた。


「えっ!私そんなことしてましたか!?」

「自分で気づいてなかったんですか!?」

「ダンテへの憎しみが無意識に言葉に出ていたのか・・・!?」


 メアリさんの脳内はどうなってるんだ・・・。アピリス先生もジョージさんも困惑していた。


「まあそんなことより、お姉さんの事は絶対に助け出しましょう!一体どんな人なんですか?」


 うわ、無理やりスルーした。まあ私もそっちの方が気になるけど。


「・・・えーと、姉は私と双子なので・・・。正直顔はそんなに似てないと思いますが、私と同じ銀髪に褐色の肌なので、もし日本にいるなら、まあ目立つ方だと思います」


 なるほど、それならかなり目立つだろう。そもそもアピリス先生がかなり目立つ。先生と双子ということなので、かなりの美少女だろう。早く見たい!


「これが写真です」


 アピリス先生がスッと写真が表示されたスマホを差し出す。


「え、写真あるんですか!?しかもスマホで撮った奴!?」

「写真もスマホもありますよ。ニニカさん、私の部族の事をなんか未開の地か何かだと思ってませんか?」


 思ってた。わたしは誤魔化すためにも急いで写真を見る。


「きゃぁぁ!カワイイ!」

「先生そっくり!カワイイー!」


 わたしとメアリさんは2人で歓声を上げた。アピリス先生はそんなに似てないと言ったが、やはり双子は似ている。先生と比べると髪が少し短くて、目つきが少しクールかな。どっちにしろ神秘的な美人だ。


「早く会えるといいですね!わたしも頑張って探します!」


 そういうとアピリス先生は私に微笑んでくれた。


 ◆


 さて、お姉さんまではこれまでも聞いたことのある話だけど、最後の一人は全くの初耳だ。この人は一体・・・?


「じゃあ最後の、Dr.アシハラっていうのは?」


 わたしがプリントの名前を指さしながら聞くと、先生は再び真剣な顔に戻った。


「Dr.アシハラ。私の母と一緒に秘術の研究をしていた人です。彼女こそが、秘術の秘密を今一番知っている人になるはずです」


「え!?」


 全く予想外の話に私は思わず声を上げた。


「お母さんと一緒にゾンビの研究を?ゾンビの秘術は巫女以外には知らせない秘密中の秘密なんでしょ!?日本人っぽい名前だけど、その人も部族の巫女だったり!?」


 私は疑問が止まらず興奮して先生に詰め寄ってしまった。アピリス先生は手のひらで私を制しながら説明を続けた。


「おっしゃる通り、私達の秘術は門外不出・・・。ですが母は、『これからの時代に必要なことだ』と言って、この秘術の研究を進めようとしていたようです。そのパートナーがDr.アシハラ。部族の人ではありません。日本人の女性でした」


 研究・・・。さっきのスマホの件もそうだが、今まで抱いていたイメージがかなり間違っていたことが分かった。てっきりジャングルの奥底で現代文明を拒絶して秘密を守ってる系の部族かと・・・。そう言えば先生は街の学校に通ってたとも言ってたか・・・。


「もちろん、他の部族の人間に知られたら絶対に反対されるようなことです。だから母はDr.アシハラの事は秘密にしていましたが、私達姉妹にだけは教えてくれていました。ただ、私はDr.アシハラに数回、少しだけしか会ったことが無く、連絡先もちゃんとした名前も分からないのです。唯一の手掛かりは、彼女と話した時に聞いた「普段はニッポンのキュウシュウで働いている」という情報だけでした」

「え!?それじゃあまさか・・・!」

「はい、私が日本に来たのは、Dr.アシハラを探すためです。九州のどこかは分からなかったので、一番大きなこの街から探すことにしたんです」

「なるほど、そのDr.アシハラさんが有名なお医者さんなら、大きい病院にいる可能性が高いわけですね」

「そうですね。もし本人がいなくても、彼女を知ってる人がいるかも知れませんし」

「それで、見つかりそうなんですか?」


 そう聞くとアピリス先生は首を横に振る。


「いいえ、ネットでそれらしい名前を調べたり、時間を見つけて色んな病院に話を聞きに行ったりしていますが、今のところ全く」

「そんな事もしてたんですね。あれ、じゃあ今日スーツで出かけていたのは」

「そうです。病院に話を聞きに行ってたんです」


 そういう事だったんだ。先生超忙しいじゃん・・・。


「秘術の知識を完璧にするには、母と研究していたDr.アシハラを見つけるのが一番だと思います。ニニカさん、メアリさん、そして、ダンテに病気にされたすべての人を完全に治療するためにも、Dr.アシハラをぜひとも見つけたいのです」


 ◆


「というわけで、手掛かりも無く大変かもしれませんが、可能な範囲でいいので一緒に探してくれればと」

「何言ってるんですか!もちろんですよ!バリバリ探しますよ!」

「私も、大逆人ダンテ・クリストフは勿論、他の人たちも探しますので、安心してください!」


 わたしもメアリさんも力強く先生に約束した。わたし達の結束が今まさに強く結ばれたのを感じる。


 そこにジョージさんがスススと近寄ってきて遠慮がちに手を上げた。


「じゃあその勢いで、この事務処理作業もニニカちゃんとメアリちゃんに・・・・」

「いや」

「それはちょっと」

「ジョージが頑張って」


 決意に満ち溢れたわたし達3人とは対照的に、なぜかジョージさんは深く項垂れた。

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