第24話 ゾンビバーへようこそ(後編)
「出て行って!出て行ってちょうだい!」
リュウさんはわたし達を激しい口調で追い出そうとした。だが、ゾンビがいると分かれば引き下がらないのがアピリス先生という人だ。
「待ってください!私は医者です!この人を治療することができます!閉じ込めておく必要なんてないんですよ!!」
「医者ですって!!?さっきゾンビ研究サークルとか言ってたじゃないの!どうせ面白半分でゾンビを見に来ただけなんでしょ!コッソリ忍び込んだりなんかして!」
むむぅ、ここに来て、わたしのさっきの適当な嘘が足を引っ張ってるかもしれない。ここは責任を取って加勢だ!
「本当です!私もゾンビで、先生に治療してもらったんです!」
「何馬鹿な事言ってんの!そんな嘘ついて・・・・キャァァ!?」
わたしが薬袋を取ってゾンビ化するとリュウさんは先ほどまでの勢いが消えてカワイイ悲鳴を上げた。
「え!?ゾンビ!?え!?」
わたしが薬袋をつけたり外したりして、ゾンビになったり戻ったりするのを見てリュウさんは大変混乱している。
「ニニカさん!変な遊びしないで!・・・とにかく、私が医者なのは本当です。これはゾンビなんかじゃなくて、治せる病気なんです。閉じ込めていた事情は分かりませんが、私に治療させてください!!」
「え、で、でも・・・・」
リュウさんは混乱しながらまだ踏ん切りがつかないらしい。そこに、階段の上からもう一人現れた。カンちゃんだ。
「リュウちゃん!一体どうしたの!?あ、あなた達何やってるの!!!」
◆
カンちゃんが来てくれたおかげで、リュウさんは少し冷静に話せるようになったらしい。アピリス先生は改めて自分の素性を明かし、部屋に閉じ込められた人を治療させてほしい、と説明した。しかしリュウさんは・・・・
「まだ信じられないわ・・・こんな女の子が、世界でただ一人ゾンビを治療できる医者だなんて・・・」
「ジョージさんが医者だって言った方が信憑性ありましたか」
「こっちはこっちで何か覇気が無くて頼りがいがなさそうなのよねぇ」
「ニニカちゃん、無駄に俺に流れ弾を向けないでくれ」
ジョージさんの抗議は全員から無視されることになった。それはそれとして、カンちゃんがリュウさんに囁く。
「ねぇ、この子たち、この前ネットで見つけたゾンビ専門の病院の子たちなんでしょ?悪戯かもと思って悩んでいたけど・・・ここまで来たらお願いしてみたら?」
「そう・・・そう、かしら・・・」
「もう、怖がっている場合じゃないでしょ!ショウコちゃんを治してくれるならやってみるしかないじゃない!」
「わ、分かってるわよ!そうよね。治してあげなくちゃ・・・」
リュウさんは自分に言い聞かせるように呟くと、アピリス先生に改めて向き直った。
「正直まだ信じられないけど・・・私がそばで見ててもいいなら、治療をお願いできるかしら・・・・」
そう言ったリュウさんの顔には、戸惑いと不安が滲み出ていた。
◆
カンちゃんは「お店の事は任せて!」といってフロアに戻っていった。フロアの喧騒が扉から漏れ出ていて、それが逆に、このバックヤードの地下室の薄暗さを際立たせている。
ゾンビのショウコさん、は閉じ込められた扉の奥で、今もゆっくりと徘徊し、うめき声をあげている。それだけだ。そこには何の意志も意図も感じられない。古き伝統的なゾンビだ。最近のバリエーション豊かなゾンビもいいけど、こういうのもやっぱりいいよね。私は間近で色々見たかったのだが、「そういう雰囲気じゃないから」と言われて私はゾンビから遠ざけられ、ジョージさんと一緒に階段で見張りをすることになった。ちぇっ。
「治療のためにいくつか聞いておきたいですが・・・。ちなみにあの患者さんとはどういったご関係で?」
「この子は・・・私の妹よ」
「妹さんですか・・・・。なぜここに?できるだけ経緯を知っておきたいので」
アピリス先生のその問いかけに、リュウさんは少し躊躇した後、観念したように話し始めた。
「ショウコは・・・1週間ほど前に突然私の店の前にゾンビの姿で現れたの。夜明け前だったわ・・・。薄暗かったから最初は分からなかったけど、この青緑色の肌を見て驚いたわよ。話しかけても呻くばかりで反応しないし・・・。ゾンビの噂は聞いていたから、怖かったわ。誰か人を襲うんじゃないかと・・・そう思ったら放っておくこともできずに、店の物置に閉じ込めたの」
「1週間も前から・・・。医者や警察には・・・?」
「言ってないわ・・・。わ、私だってどうにかしようと思ったのよ!?でもネットだと人体実験に使われるとか言われてるし、 何をどうしたらいいか私も分からなくなっちゃって・・・」
リュウさんは閉じ込めていたことを責められるとでも思ったのか、弁明めいた言い方をした。しかし、まあ普通の人ならあんな『ザ・ゾンビ映画』みたいなゾンビがいたら怖いのは仕方ないだろう。
「なるほど・・・その間食事とかは?」
「・・・!ちゃんを渡していたわ!でも、全然食べないのよ。食べないのにずっと同じように変わらないのよ!あの子、どのなっちゃってるの!?」
マジか、ゾンビ状態って食べなくても平気なのか?私はゾンビになってた時も何も考えずに食事していたけど、実は食べなくても大丈夫だったのか・・・?今度試してみよう。
「安心してください。彼女はちゃんと治りますよ。お話も聞けたので、治療を開始します」
「本当に、治る・・・のね・・・・。よろしくお願いします・・・」
リュウさんのその言葉には、相変わらず不安と躊躇いが含まれているように感じられた。
「ただ、治療針を撃ち込むのでちょっと見た目がショッキングかも知れません。見たくないなら見なくてもいいですよ」
そう言ってアピリス先生が取り出したニードルさんのゴツさに、リュウさんはちょっと衝撃を受けたようだ。まあ治療道具には見えない・・・。
「ええ・・!?み、見るわ、何か心配だから・・・」
「分かりました。ジョージ!」
アピリス先生はジョージさんにゾンビを閉じ込めた部屋のドアを開けさせた。ゾンビが暴れて飛び出してくることがあればジョージさんが抑えるためだろう。静かに開けたドアからゆっくりとアピリス先生が部屋に入る、が、ゾンビのショウコさんは大した反応は示さない。襲ってくるわけでもなかった。アピリス先生はそれでも慎重にニードルガンを構え、ショウコさんの心臓に撃ち放つ。リュウさんは「ヒィ!」という声を上げたが、その後気を失って倒れるショウコさんの顔に血色が戻るのを見て、ホッと胸を撫でおろしていた。
◆
治療は針を刺して終わりというわけではない。あれは大人しくさせるための応急処置で、その後もアピリス先生が色々と処置をしなければならなかった。
治るというのが本当の事だと納得できたリュウさんは、幾分か落ち着いたようだ。今は部屋の中に入り、アピリス先生がショウコさんを治療している横に椅子を持ってきて、座って見守っている。ただ、未だに不安そうな表情をしているのは変わらなかった。
「・・・・何か、妹さんが治ったら心配なことでもあるんですか?」
治療しながらアピリス先生がそう問いかける。
「え?」
「いえ・・・治療する前から、治ると聞いても少し引っ掛かりのある感じだったので」
「そんなこと・・・・」
リュウさんは一瞬そう否定したが、すぐに思い直したように、少し自嘲気味に笑った。
「そうね・・・私は、ショウコが治るのもちょっと怖いのかも知れない・・・。ゾンビになったショウコが私の前に現れたのは、私の事を襲うために来たんじゃないかって、ずっとそう思ってたのよ」
「襲う?」
「・・・ゾンビになって意識も朦朧としているのに、私のところまでワザワザくるなんて、ね。ゾンビになったら狂暴性が増すって噂もあるし、本能で私の事を襲いに来たのかなって」
「妹さんがあなたを襲うんですか?どうして?」
「妹は・・・・私を恨んでると思うから・・・・」
「恨む・・・?」
リュウさんは、はぁ、と一つため息をついてから、むしろ穏やかに喋りだした。
「この子、私のせいで結婚が破談になったことがあるのよ。私ってこういう生き方をしているでしょう?それで相手の男が、ね」
リュウさんはそこまで言うとあっけらかんとした口調で手を振った。
「私はいいのよ?私は自分で選んでこういう生き方をしてるわけだし。悪いとも思ってない。今時そんな考えの奴と結婚しなくてむしろ良かったんじゃないかと思ってるわ。クソ男よ、クソ男!」
だけど、そこでリュウさんは寂しそうに、そして自嘲気味にため息を漏らした。
「でもね、妹の泣いている姿を見るのはね、悲しいのよ。悪いと思うのとは別の話なの。ただただ悲しかったのよ」
ショウコさんはまだ目を覚ます気配はない。それを見ながら、リュウさんは続ける。
「それから妹とは会っていないわ。元々別々に暮らしていて、頻繁に会っていたわけでもないしね。妹が私に何か言ったわけではないけど、やっぱり気まずくて・・・それに、妹が私を恨んでるんじゃないかと思うと、怖くてね」
アピリス先生は黙々と治療を続けながら、リュウさんの話に耳を傾けている。
「だから、ゾンビとして私の前に現れた時もそう思ったの。ゾンビになって破壊衝動が強くなってるというなら、一番恨んでる相手のところに来たんじゃないかって・・・。ここに閉じ込めたのはこの子が人を襲わないため、って言ったけど、私は自分が襲われるのが一番怖かったのよね。治るって聞いた時もそう。ゾンビの時に喋れなかった分、治ったらこの子から強く責められるんじゃないかって・・・。この子が治るって聞いた時に、すぐに治して!と言えなかった自分に失望したわ・・・」
リュウさんは、それで喋りたいことは全て終わったようだ。それ以降は何も言わず、アピリス先生の治療を見守っていた。しばらくすると治療が終わったらしく、先生は道具の片づけを始めた。
「私には、妹さんの気持ちは分かりませんが・・・・」
アピリス先生はリュウさんの方を向かないまま静かに続ける。
「彼女は、あなたに助けを求めていただけだと思いますよ」
「・・・でも、ゾンビになったら攻撃的になるんでしょう?」
「そういう場合もありますね。でも、病気になってしまって、意識が混濁する中でも目的をもってここにたどり着いたのだとしたら、それは、単に攻撃的になってるわけじゃないと思います」
「そうかしら・・・」
「あなたの事を頼りにして来たんですよ」
「・・・・」
リュウさんは何も答えない。自分に都合のいい解釈だと感じているのだろうか。わたしもそのように感じる。少なくとも、何の根拠もない以上ただの慰めでしかないだろう。しばらく黙った後、リュウさんはようやく口を開いた。
「そうだといいけどね・・・。どうせもうすぐ目を覚ましたら本当の事が分かるでしょ」
「そうかも知れませんが、それまでは、いいじゃないですか。分からない事は、悪いほうに考えていても精神的に不健康になるだけです。それよりは、いい方向に考えていたほうがいいでしょう」
そこまで聞いて、リュウさんはアピリス先生の好意、つまり慰めを素直に受け取るつもりになったようだ。
「それもそうかもね。ありがとう。お医者さんのメンタルケアのテクニックなのね」
「それもそうですが」
アピリス先生はリュウさんに向き直り、優しく微笑む。
「私も、お姉ちゃんがいるんですよ。妹としてはそうかなって」
その言葉に、リュウさんは改めて微笑みを返した。
◆
数時間後、ショウコさんは無事目を覚ました。
「あれ?ここは・・・ここは?・・・リュウちゃん!?」
しばらく周りを見渡した後、リュウさんを見つけて驚きの声を上げた。それを聞いたリュウさんは、それまで遠慮がちに見ていたのがウソのように、ショウコさんに飛びついた。
「ショウコ!・・・よかった!」
「ええ!?何でリュウちゃんが?・・・あれ?ここ、リュウちゃんの店??」
結局ショウコさんはゾンビになった後の事をよく覚えていないらしい。夜道で何かに襲われた事までは覚えいているらしいが。まあ知性の無いタイプのゾンビの場合、ゾンビ中の記憶が無いのはむしろいいことかもしれない・・・・。
「キャー!ショウコちゃんよかった!」
「あなたゾンビになってたのよ!?もう、心配したんだからぁ!」
「えー、私がゾンビになってたなんて、本当なんですか?まあなんか変な感じになってたような気はするけど・・・。て言うか、皆のその恰好なに!?みんなの方がゾンビじゃん!」
店の営業を終わらせたカンちゃんとチョウちゃんもショウコさんに飛びついてきた。結婚破談騒動があるまでは、店に遊びに来ることもあったらしく、随分仲がよさそうだ。
「結局ゾンビだった時のショウコが私をどうしたかったかは分からなかったわね」
カンちゃんとチョウちゃんに場所を譲ったリュウさんがアピリス先生の傍まで来てそう話しかける。
「そうですね。でもまあ、分からないなら引き続き、いい方に考えておきましょう。それに、第三者の目から見て、とても仲のいい家族だと思いますよ」
「んふ、ありがと♡」
リュウさんは大分調子が戻ってきたようで、特大のウィンクをアピリス先生に投げ飛ばす。
「そう言えば、お店でゾンビのメイドカフェなんてやってたのは、ショウコさんの事を隠すためですか」
「そうなのよぉ~。隠してるとは言え何があるか分からないでしょぉ?万が一ショウコが見られても言い訳できるようにね。木を隠すなら森の中って言うでしょぉ~」
「逆に目立っちゃってる気もするが・・・」
「まあ、そのおかげでわたし達が見つけれたんで結果オーライじゃないですか?」
「うーん、でも、『メイド』は?『メイド』はなんでなんですか?」
「それは私たちの趣味よ~♡オホホホホ」
真夜中のオカマバーに妖艶な笑い声が響き渡るのだった。
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