第32話 「――というわけなのです、ギルガ殿」
【ミスティア姫視点】
「皆、防御体勢っ!!」
ゼピュロスが剣を振り下ろした直後、魔力混じりの風が飛んできたのを察知して、私は咄嗟に叫びました。
皆も伊達に騎士団や魔術師隊に所属しているわけではありません。王国騎士団や王国魔術師団に配備されている単一術式特化型魔杖――「風障壁」の短杖を抜いて、咄嗟に障壁を張りました。
しかし――、
「「「きゃぁああああああっ!!?」」」
「「「うわぁああああああっ!!?」」」
「「「ヒヒィイイイイインっ!!?」」」
上空から射ち下ろすように飛来してきた無数の風の刃は、わずか一瞬の拮抗の後に容易く障壁を打ち破り、私たちに降り注ぎました。
騎乗している私の愛馬――「エカテリーナ三世号」が激しく嘶き、暴れた後に地面に倒れます。私も宙に投げ出され、地面に叩きつけられました。
「くっ……皆、無事か!?」
痛みを堪えながら、すぐに声をかけます。
幸いにして私に怪我はありませんでしたが――いえ、幸いではなく、私の身を狙っているからゼピュロスがわざと外したのでしょう――ですが、風の刃は「エカテリーナ三世号」を深く切り裂いていました。
流れる夥しい鮮血を見るまでもなく、絶命しています。
「そんなっ、エカテリーナ……!!」
私は親しい友達の死に激しく衝撃を受けましたが……今は悲しんでいる暇もありません。
周囲を見回して被害を確認します。
「おい、ジョン! しっかりしろ、ジョォオオオオンっっ!!!」
「コナー!? そんな、嘘だろ、コナー!?」
「い、いやぁあああっ、サラぁああああああっ!?」
ざっと見回しただけでも、その被害の大きさに気が遠退きそうになりました。
生き残った仲間たちは絶命した親友の名を呼んだり、泣き叫んでいます。全ての馬は力なく倒れ伏し、私の仲間たちも半数ほどは絶命しているでしょう。
ただの一撃で、この惨状です。
何てこと……っ!!
こんなの……こんなのっ、人間業ではありません!!
まさかゼピュロスが、ここまでの力を持っていたなんて……!!
「姫様っ!!」
「姫様っ、ご無事ですかっ!!?」
アナベルとクレイグは無事なようですが、どの道、このままでは全員死んでしまうでしょう。ゼピュロスが私以外を殺すと言ったように。
「――――」
その時、私の思考はかつてないほど高速で巡りました。
私は捕まるわけにはいきませんが、アナベルたちも無駄に死なせるわけにはいきません。私も助かり、皆も助かる、そんな選択肢を探さねばなりません。
そして、そのような都合の良い選択肢などないことは、分かっています。
ゼピュロスたちから逃げ切ることは、至難を超えて絶望的です。
ですが幸運を引き寄せることができれば、まだ希望はある。幸い、ここからレスカノールまではそれほど離れていません。リーンフェルト伯ならばきっと力になってくれるはず。
それに先ほどのゼピュロスの一撃、大量の魔力が魔人剣に吸われているのが感知できました。ということはゼピュロスは今、急激な魔力消耗で少なからず虚脱症状に見舞われているはず……。
――ならば。
「さあ、これで実力差が理解できただろ? 無駄に痛い目見たくなけりゃ、自分からこっちに来な、王女様」
ゼピュロスが言うのに、私はゆっくりと立ち上がります。
そして――、
「クレイグ」
「っ、姫様!?」
素早く腰から外したポーチ型の「拡張鞄」を、クレイグに投げ渡しました。
「皆で森へ逃げなさい!!」
「――っ!?」
「姫様っ!? そんなわけにはっ!!」
クレイグが目を見開き、アナベルは案の定反対するように声をあげます。だから私はクレイグの目をじっと見つめました。
もはや問答している時間も悩んでいる時間もないのです。
「バカか? 逃がすわけねぇだろが。もういい。てめぇらっ、王女以外は全員殺せっ!!」
ゼピュロスが叫んで周囲の男たちをけしかけます。ですがやはり、先の一撃をもう一度放つことはできないようです。
これこそが――好機っ!!
道の前後から男たちが押し掛けてきます。しかしそれよりも先に、私は短杖を天高く掲げました。
光系統魔術――【ブラインド・ルークス】!!
「――――!?」
「「「ぐわぁああああああっ!!?」」」
目を焼く眩い閃光が杖の先から迸り、束の間、男たちの視界を奪いました。
攻撃性を持たない、ただ光るだけの魔術。だからこそ、汎用魔杖でも発動は一瞬です。更に魔力を多く込めることで、私は閃光の強さを限界まで強化しました。
私も目を瞑っているので姿は見えませんが、クレイグたちが立ち上がり、一斉に森の中へ駆け出す音が聞こえてきます。
「姫様もご一緒にっ!!」
アナベルの叫び声が聞こえますが、そうするわけにはいきません。
ゼピュロスたちには、私の命を奪う意思はないように思えます。ならば、殺されることのない私が残って足止めしなければ。
そうしなければ、アナベルたちが無事に逃げることは難しいでしょう。
「アナベルっ、姫様の御覚悟を無駄にするなっ!! 来いっ!!」
「いやぁあああっ!! 姫様っ、姫様ぁああああっ!!」
……どうやら、クレイグはきちんと私の考えを汲み取ってくれたようですね。彼がアナベルを無理矢理に連れていってくれたようです。
後はクレイグたちが無事にレスカノールまで辿り着き、リーンフェルト伯に協力を仰いで救助に来てくれることを願うしかありません。
それに……ここはクレイグたちの逃走を助けるためにも、更なる駄目押しが必要でしょう。
目も眩む閃光がようやくにして消えた瞬間、ゼピュロスたちが動き出すより先に、私は新たな魔術の準備をします。
数多修得した魔術から選択するのは、雷系統の基本魔術【サンダー】。
前方に雷を無秩序に放射するだけの魔術ですが、単純だからこそ術式の構築も早いです。
私は未だ目元を苦しげに押さえるゼピュロスに向かって、短杖の先を突き出し――、
「舐めるんじゃねぇ!! クソガキがっ!!」
「――!?」
瞬間、ゼピュロスの姿が消えました。
「――がはっ!?」
それとほぼ同時、腹部に痛烈な衝撃が走ります。激痛に息が止まり、膝から力が抜けていきます。
どさりっ――と、私はお腹を押さえながら地面に転がりました。
横になった視界の中に、そばに立つゼピュロスの足が見えます。察するに、私は接近したゼピュロスによって殴られたのだと分かりました。
ですが、速い。
あまりにも動きが速すぎます。【身体強化】だけでここまでの速さで動くことなど、不可能なはず。
ゼピュロス……どうやら彼は、魔人剣頼りの荒くれ者ではないようです。
「てめぇらっ!! いつまで寝てやがるっ!! さっさと起きて騎士どもを追え!! 一人も逃がすんじゃねぇぞ!! もし逃がしやがったら、俺がてめぇらを殺してやるっ!! 分かったな!?」
「ひっ! す、すんませんっ、団長!! す、すぐにっ!!」
「バカが! 団長じゃなく今はお頭と呼べっつったろ!? そっちの奴らはさっさと追え!! 残りはこいつを持って帰るぞ!!」
ゼピュロスは閃光によって地面に倒れていた自分の仲間たちに向かってそう叫ぶと、集団を二つに分け、その片方にクレイグたちを追わせました。
一方、残る自分たちは――、
「チッ、糞がっ!! ……だがまあ良い。肝心の王女は手に入ったんだ。俺たちはさっさとリーンフェルトから出るぞ!!」
どうやら私を連れて、何処かへ行くらしいです。
いったい何処に連れて行かれるのでしょう? アナベルたちは無事に逃げられるでしょうか? 不安で堪りません。
――と、痛みに呻きながらも不安に苛まれる私に、ゼピュロスはしゃがんで手を伸ばしてきました。
「てめぇは寝とけ」
ゼピュロスの指が私の首に触れます。
そして次の瞬間、私の意識は暗闇に呑まれました――。
●◯●
かくかくしかじか。
「――というわけなのです、ギルガ殿」
「なるほどな。完全に理解した」
姫様一行がキプロス山から帰還する道中、正体不明の奴らに襲われて姫様は攫われ、こいつらは逃げてきた――という話を聞いた。
男騎士は悲痛な顔で、さらに続ける。
「逃げ始めた時には8人残っていた我々も、奴らから逃げ続ける内に数を減らされ、ギルガ殿に助けられるまでには、見ての通り、私とアナベル、そしてモーブオの三人しか残りませんでした……」
アナベルとモーブオ、そして男騎士……確か金髪小娘からクレイグとか呼ばれてたっけ? 生き残ったのはこの三人だけか。
「我々だけでは到底姫様を助け出すことは叶いません。ですから、レスカノールにいるリーンフェルト伯に救援を要請するつもりなのですが……ギルガ殿、今命を助けられたばかりで非常に恐縮なのですが、折り入って、貴方のその桁外れの強さを見込んで、お願いしたいことがあります。どうか、聞き入れてはくださいませんか?」
真っ直ぐにこちらを見つめるクレイグ。
はっきり言って俺は天才なので、こいつが何をお願いするか、理解していた。
どうせあれだろ? 姫様を助けろって言うんだろ?
「ふむ……」
まあ、キラキラのためならば姫様を助けることも吝かではない。
だがしかし、姫様を助けるというのは、準国宝級のキラキラには含まれていない仕事だよなぁ?
そして新たな仕事には新たな報酬があって然るべき。
ってことはだよ? つまり?
「国宝級のキラキラかぁ……!!」
「!!?!?」
楽しみだなぁ。
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