第34話 「はぅあっ!?」


「んじゃあ、さっさと俺のキラキラ……もとい、姫さんを助けに行くか」


 何よりも重要な報酬に関する話も纏まったところで、そろそろ大切なキラキラのために動こうかと思う。


 なので、俺はクレイグに確認した。


「ところで、肝心の姫さんが何処に攫われたのか、分かってるのか?」


「あ、はい。それはですね……アナベル、『対の指輪』を」


 と、クレイグは気絶から目覚めたばかりの金髪小娘に言った。


「了解です」


 金髪小娘はキリッとした顔で頷くと、おもむろに左手を宙に掲げる。


 その左手薬指には、小ぶりな宝石のついた指輪が嵌まっていた。魔力が宿っていて、かつ、竜眼で見ると細かな魔力回路が刻まれ、更には指輪や宝石が魔力触媒になっていることが分かる。つまり、魔道具ってことだな。


 宝石は小ぶりながら、まあまあの品だ。……じゅるり。


 ……しかし、この世界の風習には詳しくないが、金髪小娘が薬指に指輪を嵌めているところをみると、地球とは違って、嵌める指によって意味などはないのだろうか? 前世の記憶のせいで少々奇妙に思ってしまうぜ。


「ギルガ殿、この指輪は『対の指輪』と言いまして、二つで一つの魔道具になっています。その機能は、対になっている指輪の在処ありかを示すという単純なものです」


「なるほどな。つまり、もう一つの指輪は姫さんが持ってるってことか」


「はい、ご明察の通りです。これを使って、姫様の居場所を割り出すことができます。まあ、もっとも……これを使うまでもないかもしれませんが……」


 ん? どういうことだ?


 と疑問に思っていると、金髪小娘が声をあげた。


「クレイグ殿、『対の指輪』が起動しました!」


 小娘の方に視線を転じると、宙に掲げた指輪の更に少し上のところに、淡い光の球体が出現するところだった。


 その光の球体は、出現の直後、見る間に形を変えていく。


 やがて変形の動きを止めた時、光の球体は1メートル近くもある光の矢印へと姿を変えていた。


「これは?」


 だいたい予想はつくが、聞いてみる。すると、クレイグがすぐに答えた。


「これは、矢印の向きで対となる指輪の方角を示し、そして矢印の長さで指輪までの距離を示しているのです。正確な距離を読み取るには、矢印の正確な長さを計測する必要がありますが……ご安心ください。アナベルは姫様の専属護衛騎士ですので、いざという時に『対の指輪』を使用するため、目測で物の長さや距離をほぼ正確に測る技能を修得してあります。……アナベル、どうだ?」


「はい。方角はここより南西……やや西よりの西南西でしょうか。距離は、矢印の長さが現在1メルト7サンチですので……直線距離で6キルメルトと420メルトの場所です。クレイグ殿、地図を」


「了解した」


 出会ってからの醜態とは打って変わり、きびきびとした口調で金髪小娘がクレイグに指示する。


 言われるままにポーチ型拡張鞄から地図らしき物を取り出したクレイグは、それを金髪小娘の前で広げた。


 小娘は物も言わず、じっと地図を見つめ始める……。不思議だ。急に出来る女感が、そこはかとなく漂っているような気がする……。いやでも、さっき失禁したんだよなぁ、こいつ。やっぱり俺の勘違いかもしれん。


 しかし意外なのは、クレイグが広げている地図が思ったよりも精巧なことだ。軍事機密指定の地図なのか?


「やはり……っ!!」


 と、急に小娘は焦燥の滲んだ声で呟く。


「レスカノールがクゾォーリ領に近いことが仇となったようです。位置的に、すでにゼピュロスどもは領境の関所を越えて、クゾォーリ領に入っていると思われます……。これは、少々面倒なことになるかもしれません……!! ですが、これではっきりしましたね、クレイグ殿」


「ああ、どうやら奴らは、バッゾ・クゾォーリ侯爵の手の者だったようだな」


 クレイグは驚きもなく、断定するような口調で言う。おそらく、偽盗賊どもの正体に最初から心当たりがあったのだろう。


「気づいてたのか?」


「ええ、ギルガ殿。あれだけの兵士がいるということは、確実に盗賊ではありません。そして姫様の身柄を攫ったということは、姫様を政治的に利用しようという意図。まさか兵士を持つ存在……十中八九、何処かの領主が、王家に身代金を要求するようなバカな真似はしないでしょう。あとは他国の線も考えましたが、さすがに国境から離れ過ぎていますし、それはあり得ないと判断しました。ならば、近辺の領主で最も姫様を攫う可能性が高いのは、貴族派閥のクゾォーリ侯爵かと」


「ふぅん……」


 まあ、相手が誰だろうと、どうでも良――――はぅあっ!?


 いやどうでも良くはないっ!!


 その瞬間、俺の脳髄に電流が走った!


 閃いたのだ!


 賢い俺は、クレイグの短い説明で状況の全てを理解した。すなわちこれは、悪徳領主による姫様の誘拐! 動機? そんなもんは知らん! たぶん姫様にえっちなことしたかったとかそういう理由だろ知らんけど!!


 だが! これが悪徳領主による誘拐ならば!


 この誘拐犯は王家に弓引いた大罪人ということになる!!


 大罪人! ああ大罪人! 何て良い響きだ大罪人!!


 相手が大罪人ならば、つまりそれは何をしても良いってことだろ!?


 悪人には何をしても許されると、古事記にも憲法にも記されてあるっ!!(注・違います)たぶんこの国の法律にも書いてあるだろう間違いない!!(注・書いていません)


 そして何をしても良いならばっ、姫様救出にかこつけて火事場泥棒みたいなことができるじゃねぇか!?


 悪徳領主ってことは、どうせ領民から不当に搾り取った税金で贅沢の限りを尽くし! 財宝を溜め込んでいるに違いない!!


 許せねぇっ!! 数多の領民たちの嘆き! 悲しみ! 怒り!!


 今っ! 無力な民たちに代わり俺がその恨み晴らしてやるっ!! その手間賃として財宝や財産は俺が有効に活用してやるっ!! ぜひそうしてくださいという皆の願いが聞こえてくるっ!!(注・幻聴です)


 そう! つまり! 俺が正義だぁあああああああああああああああああっ!!!(注・たぶん違います)


「しかし、困ったことになりましたね」


 あん?


 クレイグが深刻そうな顔で続ける。


「できればゼピュロスたちが領境を越えるより先に捕まえられれば最善だったのですが……これではリーンフェルト伯に救援を頼んでも、大勢の兵士たちをクゾォーリ領に入れるわけにもいきません。そんなことをすれば侯爵と伯爵の間での紛争になってしまいますし、更に悪いことには、姫様誘拐の証拠は現時点で私たちの証言しかありません。そうなると、リーンフェルト伯が不当に他領へ侵略を開始したと見られかねませんし……少数精鋭で密かに姫様の救出を試みるしかないでしょうか……」


「っ!?」


 他の兵士? リンなんとか伯の兵士……だと?


 それはダメだ……!! そんな奴らがいては、思う存分正義を執行することができないだろうが!?


「しかし、戦力は多いに越したことはありません。今からレスカノールへ行き、リーンフェルト伯に救援を――」


「ダメだッ!!!」


「――え? ……ギルガ殿?」


「そんな時間はねぇっ!! 今すぐっ! ここにいる俺たちだけで! 姫さんを救いに行くんだよ!!」


「はい? いや、ギルガ殿、流石にそれは……!!」

「アンタいきなり何言ってんのよ!? 話聞いてた!? 相手は侯爵で、しかもその領地に乗り込もうって話なのよ!? 侯爵が何人手下を抱え込んでると思ってるのよ! 相手が多いんだから、こっちも少しでも多くの協力者を集めるべきでしょ!?」


 クレイグとエルフが反対する。


 だが、俺の答えはもう決まっていた。


「バカ野郎ッ!!! 街に戻って領主に話通して兵士集めて準備して! クソなんとか領に乗り込むまでどれだけの時間が掛かると思ってやがるっ!!? それまで姫様がどれほど心細くっ、一人で不安と恐怖と戦っているか……っ!! 真に姫様の無事を願うならばっ! 体だけでなく心まで救わずして何とするかぁっ!!?」


「――――っ!!? ギルガ、殿……っ!! あなたという人は……っ!!」


 金髪小娘が雷に打たれたような表情で、俺の名を呟く。その表情に俺に対する恐怖はない。あるのはただただ、感銘の色のみ。


 良し。小娘は説得できたようだな。


 俺は更に続ける。


「やるぜ! 俺は一人でもやるぜ!! お前らも見ただろう!? 俺の力を!? 俺ならばできる!! 姫様の心が取り返しのつかない傷を負うよりも早く! 姫様を救い出すことがな!! それが最善の選択だ!! 分かったな!? 分かったら黙ってついて来やがれっ!!!」


 さて、反応は……。


「ギルガ殿、まさか、そこまでの覚悟で……っ!! 私は自分が恥ずかしい……っ!! 王国民であるにも関わらず、報酬のために殿下の救出を手伝おうなどと……!! 良し分かった! 私もギルガ殿について行こう!!」


 レオナ陥落!!


「流石はギルガ殿でござる! 義を見てせざるは勇無きなりという言葉を、これほどまでに体現した傑物とは出会ったことがござらん! 勇者とはまさにギルガ殿のこと!! 拙者、まことに感服致した!!」


 シズ陥落!!


「ギルガ殿……!! 確かに、貴殿の桁外れの力ならば、あるいは……!! 分かりました! 私も、ギルガ殿に懸けてみたいと思います……!!」


 クレイグ陥落!!


「……!!(こくんっ、こくんっ)」


 モブ夫陥落!!


「いや……あんた、そんな性格だったっけ……?」


 エルフ陥落っ!!(注・違います)


 これで反対する者はいなくなった! ならばもう出し惜しみはいらねぇな!


 ドラゴンの姿に戻る……のは、誘拐犯どもが悪徳領主のところに戻る前に捕まえては意味がないのでやめておくことにして。


 まずは……。



 生命系統魔術――【ヒール・サークル】!!



「――っ!?」

「これは……ポーションで治りきらなかった傷が完治した!?」


 白く暖かな光が舞い、クレイグたちを包み込む。生命系統の範囲魔術でクレイグたちを癒す。これで更なる治療の手間を省略!


 続いて……。



 生命系統魔術――【ブレッシング】!!



「嘘!? まさか、補助魔術!? アンタこんなこともできるわけ!?」

「おお……!! 何だ!? 力が湧いて来る!!」

「これは凄いでござるな!!」


 白く神聖な光がその場にいる俺以外の全員を包み込み、身体能力、スタミナ、魔力抵抗に自己治癒力など、諸々の能力を底上げする!!


 実は俺は、火系統の次に生命系統魔術が得意なのだ! 「里」にいた時、クソガキ竜どもでいっぱい練習したからな!


 とにもかくにも、これで全ての準備は整った!


「お前ら全員【身体強化】は使えるな!? これで長時間走っても疲れないはずだ! このまま走ってクソなんとか領を目指すぞ! その後、関所とかで馬を調達(強奪)! 『対の指輪』が示す通りに進み、姫様を奪還する!!」


「了解であります!」

「了解です、ギルガ殿!」


 金髪小娘とクレイグがはきはきと敬礼する。


「うむ! そしてモブ夫!!」


「も、モーブオでありますギルガ殿!」


「お前には別任務を言い渡す! お前はレスカノールまで行き、領主に姫様誘拐のことを伝えろ! ただし、姫様の身柄はすでに他領にあるゆえ、軽率に兵を派遣すべきではないと! 姫様は俺たちが必ず奪還するから、何かこう……あれだ! 姫様を奪還した後の準備とか後処理とかそんなのを頼むと伝えろ!!」


 正直、俺のドラゴンアイで見たところ、モブ夫はこの中で一番体力なさそうだし、ついて来られても足手まといというか、逆に遅くなりそうなので別行動してもらう!


「りょ、了解であります!」


「うむ! では行けモブ夫!」


「ハッ!」


 モブ夫は敬礼して走り出した。


 これで良し!


「それでは俺たちも行くぞ! 全員、ついて来い!!」


「「「了解!!」」」


「いや……何よ、このノリ……」


 待ってろよぉ、悪徳領主!


 今から俺が、正義の鉄槌を下しに行ってやるからなぁっ!!!!



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